あおぎ…

〈ユキナ視点〉










課「なんだコレは?」






午後の就業チャイムが鳴ると同時に

部屋に戻って来た課長に

溝口トオルから預かった領収書を渡すと

眉間に皺を寄せて

けわしい表情へと変わっていった…






「あの……営業課の…溝口トオルさんが…来られて…」






課「溝口トオル?

  はぁ…またアイツか…」







課長も彼の実績は知っているし

「うーん」と唸る声を上げたまま

睨む様に領収書を見ている…






フクタニ「また高額領収?」






「・・・はい…」






溝口トオルと本当の同期である福谷さんに

眉を下げて答えると

「はぁ…」とタメ息を吐いて…






フクタニ「・・・向こうの課長と話ますか?」






課「ばか!なんて言うんだ?

  営業課おたくのナンバーワン営業マンが

  こんな高い領収書を提出してきて困りますって

  溝口あいつの実績で会社中を鼻高々と歩いている

  里中課長にそう言うのか!?」






「・・・・・・」







そう…

いくら眉を寄せる様な

高額領収でも…

営業課が持って来るんじゃ何も言えなく…

結局は受理する事になる…





だけど課長の了承を取らずに

受理してしまえば私の責任になるし…







課「・・・白石ッ!」






顔を俯けていると機嫌の悪い声が響き

「はい…」と少しだけ視線をあげて

課長の胸元辺りを見ると

「取りに来る様に溝口に言え」と

更に機嫌悪く言われた






「それが…午後はアポイントがある…らしく…」






「その…」と声を小さくして

振り込みにすると約束してしまった事を伝えると

「振り込み?」と低い声が耳に聞こえてきた






課「なんでわざわざ手数料のかかる

  振り込みなんかをしてやらなきゃいけないんだ!

  自分の足で取りに来て

  受け取り印を押す様に伝えろッ!」






結局…

行き場のない課長の怒りは

私の上へと落ちて来て…




いつ帰って来るかもわからない

溝口トオルに内線を

何度も鳴らすのもなと悩んでいると






課「ついでに鼻高々としている

  里中の奴にこの書類も渡してこい」






「・・・・はい…」







総務も…広報課も…

どの部署へのお遣いも嫌だけど…

営業課は…特に行きたくなかった…






渡された書類と一緒に

付箋紙メモに経理課に受け取りに来てほしいと

溝口トオルへの伝言を書き込み

重い足取りで営業課へと向かい

「ハァ…」と何度目か分からないタメ息を吐いて

扉を開けて中に入ると…






「・・・ぉっ…お疲れ…さま…デス…」






入り口近くの席の物音がピタリと止み…

きっと見知らぬ私が入って来て

作業の手を止めているんだろうと思い

顔を俯けたまま挨拶をして

溝口トオルの席を探しながら奥へと歩いていった






( 里中課長の席にも行かなきゃ… )






ナンバーワン営業の溝口トオルと

営業課の課長…

嫌なお遣い先だなと

気持ち悪くなっていく喉の奥に

ゴクリと唾を飲み込みながら歩いていると






トオル「あれ!お局さん!笑」






( ・・・へっ… )






いない筈の溝口トオルの声が耳に聞こえ

その場で足を止めると

「お局さん?」と周りから

笑いを含んだ声が聞こえだし

熱が一気に顔に集中していく…






( ・・・ヤダ… )






視界に映る

明るいはずのグレーの絨毯じゅうたん

ドンドン暗く見えてきて

呼吸もしずらくなっていった…






( きっ…気持ち悪い… )






トオル「どーしたの?笑」





「・・・ぁっ…あの… 」






視界に一つの革靴が映り

溝口トオルが私に近づいて来たんだろうけど

そのせいで余計に周りがコッチを見ている気がした…






カイ「お局さんってなんすか?笑」







トオル「ん?白石さんのニックネーム!笑

   俺と同じく経理課の中堅組みだからな」






女「溝口先輩と同じって事は…33歳?

  お局って30後輩辺りからじゃないんですか?」







何人かの足音が近づいて来て

更に空気が吸えなくなっていく…






( ・・・ダメッ… )






気持ち悪さと息苦しさで

膝を曲げて座ってしまいそうになり

体に力を入れて必死に立っていると

グイッと胸元辺りを引っ張られ

よろめきそうになった私の右肩に

誰かの手が当てられた…







アスカ「お局になるには10年早いみたいですよ」






( ・・・・青城せいじょう…くん? )







私の肩を支えていない方の手で

また…私の社員証を掴んでいるのが見え

よろめいた原因が分かった






トオル「10年?」






アスカ「誕生日まだだから…26歳ですよこの人」






( ・・・・・・ )






トオル「・・・エッ!?」






溝口トオルの驚く声とは別に

周りからの「嘘!アタシより下?」と

ガヤガヤと煩く聞こえてくる話声に

また呼吸がしずらくなり

胸に抱きしめていた資料を強く握りしめると

「ください」と淡々とした声が聞こえた






「・・・ぇっ…」






アスカ「・・・書類それ持って来たんですよね」






顔を下げているから分からないけど…

彼は…目の前にいる青城君は

周りの様に面白がっている様子もなく

私の胸にある書類をよこせと言っている…






トオル「つーかよく分かったな、青城あおぎ






( ・・・あお…ぎ? )






アスカ「社員証のID見れば分かりますよ?笑」






トオル「あー!なるほど!

   うちは滅多に中途採用はとらないしな」







( 青城で…あおぎ? )







数秒前まで私が思っていた名前とは違い…

「あおぎ」と言う名前には…

聞き覚えがあった…






( ・・・あれは… )






生徒「先生!私…アオギ君が好きなの…笑」






頭の中に女の子の声が聞こえてきて

数年前の記憶が少しずつ…蓋を開け出した







( ・・・アオギ君は…クラスでもモテていて… )






生徒「はかま姿とかもうカッコイイのッ!」







確か…弓道部だった筈だ…

袴姿の彼を…見た気がする…






顔を少しずつ上げていき

社員証をまだ握ったままでいる

青城あおぎ君の顔を恐る恐る見上げると







アスカ「俺…先生の事が好きだよ…」







まだ幼さの残る短い黒髪だった彼は

部活後に私の元へと来て…

顔を赤くして…そう…言ってきた…







アスカ「・・・この人は…入社5年目の26歳ですよ」







「・・・・・・」







一重独特のキレのある目なのに

その奥にある瞳はまあるくて…

どこか可愛く見える彼は…





あの日の…

赤く照れた顔を

汗を拭く真似をして

隠そうとしていた

6年前の彼と重なった…





















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る