お局さん…

〈ユキナ視点〉








トオル「お疲れ様でーす」





シーンと静まり返っている部屋に

陽気な声が響き…

肩が小さく跳ねたのが自分で分かった…






( ・・・なっなんで今… )






今は12時20分で…

基本、全職員休憩時間となっており

経理課の皆んなも出払っていて

この部屋にいるのは

カロリーメイトをかじっている私だけだ…







トオル「おっ!いるじゃん!笑」







溝口トオルは部屋を見渡し

角にいる私を見つけると

パチンッと指を鳴らしてから

ニッと笑ってコッチに歩いてくる





よりによって…

営業課の溝口トオル…





彼は…営業課でも群を抜いて

成績を上げている社員で

その彼が経理課ここに来る理由は…








トオル「いやぁー、人がいて良かったよ!

   俺、午後イチ取引先に行かなきゃいけなくてさ

   コレ!コレだよ!

   急いで精算してくれない?笑」






「・・・・ぇっ… 」







ツカツカと早足で近づいて来ると

私の顔の前に一枚の領収書が置かれ

ヤッパリと目を逸らした…






営業課は出張や…

今から行く取引先への訪問などで

毎日の様に経費が動くし…

手土産代や接待代など…

よく領収書や請求書が届く課だけど…






( ・・・クラブ…飲み屋だよね… )






領収書下に押されている社盤は…

接待に使われた飲み屋さんの様だけど

あり得ない額が書かれていて

アッサリ受理出来ない額だった…




接待は…ハッキリ言って

グレーゾーンの領収書も多く

今朝の朝礼で厳しく見直す様にと

言われたばかりだし…






トオル「急いで!」






「・・・あの…一度預かって…

    課長に…その…相談を…」






トオル「・・・ん?なんで?」






あの溝口トオルの顔を見ながら話なんて

私が出来るわけもなく…

領収書に顔を向けたままそう伝えると

彼は「なんで?」と

不思議そうな声をあげているけど…

「怪しいからです」なんて言えない…






「私一人の判断…では…」







トオル「・・・一人の判断って…

   入ったばかりの新入社員じゃあるまし!

   俺とあんまり変わんないでしょ?笑」








私は…今年の冬で27歳を迎えるけれど…

まだ半年以上も先の話で…

今は…まだ26歳だ…





隣りで領収書を受理しろと言っている

溝口トオルは…

オーストラリア人のお爺さんをもつ

クォーターらしく…

本来の年齢よりも若く見えるが…






トオル「30半ばなら

  そこそこベテランじゃん?笑」







「・・・・・・」






33歳の自分よりも…

数個年上の30半ばだと思われているんだと分かり

呆れた様な…ホッとした様な…

変な気分だった…






トオル「えーっと…白石さん!」






私の社員証を覗き込んでいるのが分かり

パッと社員証に手を当てて

入社年が含まれるIDコードを隠したけれど

溝口トオルは気づかなかった様で

「お願いしますよー!笑」と

7つも下の私に敬語を遣ってきた…






「・・・がっ…額が大きいので…

  口座振り込みに…しましょう…か?」






少しでも時間を稼ぎたく

口座に振り込むと提案すると

「口座?」と言って

小さく「なるほど…」と呟く声が聞こえ…






トオル「うん!OK!

   じゃーそれでお願いしようかな」






怒っている感じも

疑っている感じもなかったから

ホッと安心し「では…預かりますね」と

ずっと目を向けていた領収書に手を伸ばすと

パシッと手を掴まれた






トオル「シュレッダーなんかにかけて

   証拠隠滅なんてしないでよ?白石さん…笑」






「・・・ぁっ……しっ…しまッ…せん…」







手を掴まれるなんて

何年もない事で…




自分でもバカみたいに取り乱しているのは

分かっているけれど

周りの視線以上に耐えきれず

「はっ…はな…して」とギュッと目を閉じた






トオル「白石さんって!

   堅いんだか…うぶなんだか分からないね!笑」







溝口トオルは手を離すと

声を上げて笑いながら

「じゃー宜しくねおつぼねさん」と

部屋から出て行き…






掴まれた手を

もう片方の手で必死に摩りながら

数年ぶりに感じた人の温もりを

早く忘れようとしていた








   




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