5.殺戮刑事課捜査会議招集

◆◆◆


「ギョボホホ……殺戮刑事ィ!!貴様を記念すべき百人目の犠牲者にしてや……ギョブェッ!!」

 誰もが思うものだ。

 今日と同じ平和な日々が永遠に続くものであると。

 殺死杉刑事も息継ぎなしノンストップ九十九人連続殺人事件の犯人を殺しながら、そう思っていた。

 

 穏やかな午後の日差し、アスファルトの地面にこびりつくドス黒い血液、ばらまかれた肉片。

 血の匂いを持ち去って遠い何処かへと風が吹き、その遠いどこから野犬を呼ぶ。

 野犬のゴワゴワとした毛並みを撫でる殺死杉が、何故この穏やかな時間が崩れ去ることを疑えよう。


「ケヒャ……?」

 殺死杉の上着のポケットの中のスマートフォンが長めの振動を行う。緊急の連絡だ。

 スマートフォンを取り出し、画面を見る。

 発信源はバッドリ惨状。


「もしもし……バッドリくんですか?」

「あっ!大変!大変なんですよ殺死杉さん!」

 電話越しですら表情が浮かんできそうな慌てた声。

 尋常の事態ではない。


「……何があったんですか?」

「ゴ、業魂ゴータマ課長が……捕まってしまったんです!」

「もう一度聞きます。一体、何があったんですか?」

 業魂――殺戮刑事を束ねる殺戮刑事課の長である。

 その戦闘能力もさることながら、真に恐るべきは殺戮刑事でありながら、殺戮衝動に呑まれることのないその精神性である。

 その彼が何故、捕まることがあるというのだ。


「け、警視総監から偉い順に……十万人の警察官が暗殺されたんです!!」

「な、なんですってェーッ!?」

 十万人の警察官の暗殺――これが、どれほど凄まじい惨劇であるか説明するまでもないだろう。

 この国に存在する百万人の警察官の十分の一が削減された上に、偉い順に暗殺されたために指揮系統も大変な混乱状態にあるのである。


「そ、それで……被疑者として連れて行かれちゃったんです!十万人暗殺出来る実力者だし、動機だって……自分より偉い人間を全員ぶち殺して権力の階段をジェットパックでぶち昇ったんじゃないかって……」

「落ち着いてください、バッドリくん……業魂課長はそのようなことをしません」

 震えるバッドリの声、何がどうなっているのかわからず怯えに近い感情すらあるのだろう。そんなバッドリを落ち着かせるように殺死杉が断言する。


「スゥー……落ち着いてきました……でも……」

 殺死杉の声に若干の落ち着きを取り戻し、バッドリが禁止する法律の無い薬物の煙を深く吸い込む。不安感が消えていき、全身で甘露を食べているかのような甘ったるい感覚がバッドリの体を包んだ。


「いいですか、業魂課長ならわざわざ暗殺なんかしなくても、警視総監のところに行って『明日からやっていいかな?』と言うだけで終わりです」

 強すぎる暴力は行使するまでもなく望みを叶える。

 殺戮刑事課の課長である業魂ならば、警視総監の就任など自動販売機にジュースを買いに行くついでに出来ることだろう。


「ハッピーに包まれてきました殺死杉さん……でも、業魂課長が急にいっぱい殺したくなったってことも考えられるんじゃないですか?」

「それもありません」

「えぇ~……でも、業魂課長って僕らを何の意味もなく殺そうとするじゃないですか」

「業魂課長が大量の人間を殺したいと思ったら、人類完殺がスタートラインです、絶対に十万人なんて中途半端なことはしません」

「えぇ~……」

 業魂と付き合いの長い殺死杉にはわかる。

 殺戮刑事課の長、業魂は殺戮衝動を完璧に制御しているが――もしも、その殺戮衝動が完全に解放されたのならば、この世界の人類を完全に抹殺し――しかし、それでも満足せずに数多の並行世界に赴くことは間違いない。


「あっ!ということは業魂課長は冤罪ってこと!?じゃあ、助けに行ったほうが……」

「いえ、業魂課長ならば本気で出たいと思ったら出てくるでしょうから、放っておいても問題はありません……それよりも」

「それよりも?」

「流石に殺戮刑事課捜査会議の招集を行わなければならないでしょうね」

 そう言った後、殺死杉は深くため息をついた。

 嫌で嫌でたまらない――声だけで、それがわかる。

 殺死杉がため息をついた分、バッドリがクスリを吸う。


「……ってコトは!」

「……はい、私の殺人的分け前を奪う殺戮刑事が全員集合です」

 ひどく不服そうに、殺死杉が言った。


◆◆◆


 村を囲む数十メートルを超える鉄超えてアダマンチウム壁。

 村の周囲を巡邏し、蟻の一匹でもあれば処刑する自走式アイアン・メイデン。

 村内には殺人ドローンが飛び回り、村人の一人一人が殺人光線銃を持っている。

 某県の深い山奥に、決して侵入者を許さぬその村はあった。


 何故、それほどまでに侵入者を拒むのか――創っているからだ。

 何を。神だ。

 その村は皆が同じ神を崇めており――そして、この世に物質として存在するべきであると考えた。

 今ある汚れた世界を滅ぼし、新たなる世界を創造する神――その名を知るものはいない。


 名を知るものは全て死んだ。


 村の全てが燃えていた。

 アダマンチウム壁、自走式アイアン・メイデン、殺人ドローン、村人、そして神。

 機械も人も壁も、そしてまだ完成していない神も何もかもが。


 そんな中、優雅に紅茶を楽しむ小柄な老婦人が一人。

 おかま帽をかぶり、シャネルスーツをひしと着こなしている。

 大正時代のモダンガールを思わせる服装である。

 炎が全てを燃やす中、彼女の周囲だけを炎が包んでいない。


 ティーカップを持ち上げて紅茶の芳醇な香りを楽しみ、いざ口に含まんとしたその時――彼女の鞄の中でスマートフォンの着信音が鳴った。

 薄く笑い、彼女はティーカップを元の場所に戻した。

 机として使えるように積み上げた黒焦げのデス教四天王の死体である。

 いや、彼女が座る椅子もそうだ。

 死体を家具として再利用するSDGs――S【死】D【DEATH】G【頑張る】s【ちっちゃい死】の精神である。


「もしもし……村焼むらやき式部しきぶですけれども」

 優雅な所作で鞄からスマートフォンを取り出し、殺戮刑事の一人、村焼式部がスマートフォンを耳に当てた。


「あら……バッドリさん、ええ……捜査会議……わかりましたわ、楽しみにしていますわね」

 そう言って、村焼は上品に笑う。

 彼女の笑みを照らす燃え盛る炎はいつまでも消える気配を見せない。


◆◆◆


「……警察官十万人暗殺!!」

「どうやら、俺たちの天下が来ちまったみたいだなァ!」

「乾杯だぁ!!」

 建物内の全員が十万人の死をつまみに杯を傾ける。


 静岡県静岡市死頭丘町――海に面したその町に、静岡殺人鬼ギルドはあった。

 普段は全員が揃うことなど滅多にないのだが、この日ばかりは静岡殺人鬼ランキングの一位~十位までが勢ぞろいし、酒を酌み交わしていた。

 普段は飾り気のなく無機質な印象を受ける静岡殺人鬼ギルドも、この日ばかりパーティー帽を被った生首や、電球を咥えさせた生首で飾り付けられ、ちょっとした祝勝会の様相を呈していた。


「いやぁ~!それにしても誰が十万人も殺したんだろうなァ?」

 静岡殺人鬼ランキング十位、メリケンサックのヨシダが頭蓋骨の器から酒を飲み。


「キシシ……いやいや全くでヤンスなァ」

 静岡殺人鬼ランキング九位、メリケンサックのキシジマがヨシダの器に酒を注ぐ。


「フフ……誰であろうと我らにとっては都合の良い事です」

「東京進出と行こうじゃねぇか!東京の殺人鬼を見てみてぇしなァ!」

 静岡殺人鬼ランキング八位、メリケンサックのサカタと静岡殺人鬼ランキング七位のメリケンサックのゴウリキが未来への展望を語れば、静岡殺人鬼ランキング六位から一位までの全員は死んでいる。


「は……?」

 四人には状況が理解できなかった。

 先程までは生きていたはずだ、音頭も取ってもらったし、乾杯もした。

 隠し芸やビンゴ大会の準備も行っていたはずである。

 その静岡殺人鬼ランキング六位から一位が皆、腹部を切り裂かれて死んでいる。


「お、いいじゃん。ナイスデザイン」

 腰に刀を差した男が、メリケンサックのヨシダの頭蓋骨の器を手に取って言った。

 静岡殺人鬼ランキングの十位から七位までが一斉に殺人態勢に入る。

 

「「「「なんだテメェ~~~ッ!!」」」」

 先程まで、このような男はいなかった。

 上背のある男である、ブランド物のスーツを着こなし、髪型はオールバック。

 髪色の中に混じっている赤いものは血か――分析しようとした瞬間に、メリケンサックのゴウリキが首を刎ねられて死んだ。

 誰一人として、男の刀の動きを見ることは出来なかった。


「殺すこと……風の如く、ども殺戮刑事――武田皆殺信玄です」

 皆殺信玄が刀に付着した血を振り払い、鞘に納めた。


「う、ウワ~ッ!!一斉攻撃です!!」

「それならッ!!」

 圧倒的な実力差――ほとんど恐慌状態に陥りながら、メリケンサックのサカタとメリケンサックのヨシダが皆殺信玄に殴りかかる。


「殺すこと……さっきと同じ如く」

 しかし、気づけば二人の首は宙を待っていた。

 いつ皆殺信玄は刀を抜いたのか、再び刀は鞘に納まっている。


「あ~ッ!」

「ヒェ~~~ッ!!!勝てねぇでヤンス~~~~ッ!!!」

 メリケンサックのキシジマがランカーの死体に背を向け、猛ダッシュで静岡殺人鬼ギルドを脱け出して叫んだ。


「皆ァ~~~~ッ!!!!殺戮刑事でヤンスよォ~ッ!!!!」

 地の利は我にあり――キシジマは思った。

 死頭丘町は殺人鬼しかいない不思議な町である、そこに住む全ての殺人鬼と力を合わせれば――途中まで浮かんだ考えをキシジマは振り払う。


(他の殺人鬼が殺されている間に遠くまで逃げるでヤンスよォ~ッ!)

 勝てない相手に闘いを挑むことはない、圧倒的な個に対しては数の優位も無意味。クレバーにそう判断を下して、田舎町でコツコツとキルスコアを重ねようと決意したキシジマ、だが――おかしい。殺戮刑事が来たと叫んだにも関わらず、あまりにも静かすぎる。何の反応もない。


「あぁ、全員殺してっから」

 疑問に答えるように、皆殺信玄が背後からキシジマの肩に手を伸ばして言った。


「ヤ……ヤンス……」

「先に言っとくと静岡県にさ、死頭丘なんて町はなくてさ。俺が作ったんだ……殺人鬼をおびき寄せるために」

 殺人鬼をおびき寄せるために町を作った――何を言っている。


「殺人鬼にとって居心地が良い街だったろ?俺がコツコツコツコツ土地から作ったからさ……ホラ」

 皆殺信玄がアスファルトの地面を蹴りで破壊する。

 アスファルトの下には――無数の骸骨。

 まさか、死頭丘という町は――ある答えがキシジマの中に浮かんだ。


「人は城……人は石垣……人は堀……多分、君の想像以上だぜ?」

「ヒェ~~~~~ッでヤンス~~~~~~~~ッ!!!!」

「折角集めたんだから、もうちょっと時間を掛けて楽しみたかったんだけど……悪いね、捜査会議に呼ばれててさ」

 風の如く、殺すから。

 キシジマが最期に聞いた言葉は、皆殺信玄が耳元で囁いたソレだった。


◆◆◆


 都内某所――監獄王ケルベコロスの支配する地下数十階にも及ぶ刑務所迷宮、その最下層に殺戮刑事ニコラ・デスラは収監されている。

 面会は自由、ニコラ・デスラは会いに行ける囚人である――数多の罠と魔物、そして宝が存在する、刑務所迷宮を攻略できれば、の話であるが。


「……収監番号一番!」

 看守がニコラ・デスラの牢獄の前で、彼の刑務所迷宮での名前を呼ぶ。

 返事はない――だが、看守はそれを当然のように受け入れている。


「異常なし」

 その牢獄の中には、ただニコラ・デスラの右腕が一本だけあった。


 殺戮刑事ニコラ・デスラは現在も無事に収監されている。


【続く】

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刑事というか刑死、殺死杉刑事 春海水亭 @teasugar3g

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