第3話 責任、取ってもらえるわよね?


 手足は太い鎖で繋がれて、小さな窓からは優しい月の光が差し込んでいる。

 薄い毛布が一枚とボロボロのベッドがあって、用を足すためのバケツが無造作に置かれていた。


 ベッドに座り膝を抱えていると、カツンカツンと小さく響いた足音がやがて私の牢獄の前で止まった。視線を上げれば、そこにいたのは私に憎しみの眼差しを向ける父だった。


「お父様……」

「ふん、大人しくしているようだな」

「お父様、私は何もしていません! これは誰かの罠です! お願いします、しっかりと調べてください!」


 やっと話を聞いてもらえると、鎖を引きずりながら父の前に立った。このチャンスを逃したら次はないかもしれない。鉄格子を掴む手に力がこもる。


「知っている」

「え?」

「お前が何もしていないことは知っている。だが、お前の処刑が決まった。最後の情けで私が自ら告げにきたのだ」

「……知って……? 処刑って、どういう……?」


 縋るように父を見上げても、昏い闇を湛えた瞳はむしろ歓喜にあふれていた。


「お前のような化け物がいるせいで、私の英雄としての威光が陰っていたのだ! やっと、やっとお前を始末できる! 明日の処刑が終われば、私はまた英雄王として名を馳せるのだ!!」

「何を……今でもお父様は英雄ではないですか」

「黙れっ! お前のような、化け物のような存在のせいで私は最強ではなくなったのだ! お前のせいで名ばかりの英雄王と呼ばれてきたのだぞ!」


 父の言葉に何も言い返せない。娘の私の方が強くなり、父の英雄王の名が廃りはじめていたのは事実だった。


「しかも竜人に言い寄られているのだろう? お前が竜人の伴侶になったら、ますます私の名声が地に落ちるだろうが! お前さえいなくなればすべて解決するのだ! この国で一番強いのは、英雄は、私でなければならんのだ!!」


 ずっと、父の逞しい背中に憧れを抱いてきた。

 ずっと、父から認められたかった。

 ずっと、父から愛されたかった。


 だから父の命令に従って魔物の討伐をしてきたのだ。いつかは私を見て欲しかったから。

 なのにどこで間違えたのか、処刑されるほど私はいらない存在だったのだ。


「だから、私を罠にハメたのですか……?」

「罠? 違うな、お前は私が英雄王として再出発するための礎となるのだ」


 自分のために犯してもいない罪を背負って死ねという父に、私はもう何も言えなかった。笑いながら去っていく背中を呆然としまま見つめていた。

 やがて足音も聞こえなくなり静寂が私を包み込んだ。






 空っぽの心に浮かび上がるのは、子犬のような可愛らしい笑顔だ。嬉しそうに私の名を呼ぶ、愛しい人の声。そっと触れてくる温かい手のひら。

 たとえ父に愛されなかったとしても、たとえ誰にも信じてもらえなかったとしても、たとえ明日処刑されてしまうとしても。

 ソルに会えてよかった。こんな化け物みたいな私だけど、ソルから注いでもらった愛だけは心にあふれてる。

 絶望の底にいてもそれだけが私を支えてくれていた。


「ソル……学院に戻れなかったから、心配してるかしら。会いたいな……」


 そうだ、ソルに会いたい。私はまだ自分の気持ちを伝えていない。

 ————このまま終われない。終わりにしたくない。


 私は目覚悟を決めた。

 この腕輪すら外れれば城ごと破壊して脱出できる。父の本心がわかった今、もうこの国にいる理由もない。ただ黙って処刑されるなんて、そんなこと受け入れられるわけがない。

 足掻いてもがいて、絶対に生き延びるんだ!




 翌朝、私を処刑場に連れていくために看守がやってきた。

 チャンスがあるならここしかない。鎖を外す隙をついて看守を倒して逃げ出した。


 このまま逃げてソルに会いに行こう。その後はもうどうなってもいい。倒れた看守から剣を拝借して騎士たちを倒しながら、なんとか王城の庭園まで移動した。あと少しで城から抜け出せる。


 あと少しで愛しいソルに会いに行ける。




「まったく手間をかけさせおって」


 背後から聞こえた凍えるほど冷たい声は、昨夜私を絶望の底に叩き落とした英雄王のものだった。

 魔力を封じられた私はなす術がなかった。痛みを感じる間もなく一瞬で意識を失った。




     * * *




「殺した人たちを返せよ!」

「化け物の本性を出しやがって! さっさと死んじまえ!!」

「どうせ他にもやってんだろ! この化け物が!!」

「人殺しっ! あんたなんて人殺しの化け物よ!」


 意識が覚醒して視線を上げれば、怒りに満ちた民の声が聞こえてくる。

 私はすでに磔にされていて、足元には薪が積まれていた。魔力封じの腕輪はふたつに増えていて、どうやっても私を処刑したいらしい。


 私の存在に怯えていた民も騎士たちも、お前のような化け物など要らないと叫んでいる。そこへ炎が揺れる松明を持った処刑人がやってきた。


 ソルに……会えなかった。

 最後にあの子犬みたいな笑顔が見たかった。


「ソル……」


 ポツリと呟いた声は風に乗って空に消えた。そっと瞳をつぶってあの笑顔をまぶたの裏に描く。

 そして淡々と刑は進められ、足元にある薪に火がつけられた。


 私は業火に包まれる————はずだった。




 いつまでもやって来ない熱さに瞳を開く。

 目の前にいたのは、透き通るような水色の髪を風に靡かせ、宙に浮いている愛しい人だった。


「っ! ソル!」

「サラ、助けに来たよ。遅くなってごめんね、今すぐ降ろしてあげる」

「待って、そんなことしたらソルが……」

「いざとなったら助けに行くって言ったでしょ。ほら来て」


 私をくくりつけていたロープをなんでもないように引きちぎって、お姫様のように抱きしめてくれる。

 その温もりを感じて、一気に気持ちがあふれだした。

 もう抑えることなんてできなかった。



「ソル……好き。貴方が好き。私は貴方がいてくれたら、それでいい」

「やっと言ってくれた……! ふは、ヤバいな。嬉しすぎる」



 こんな場所でこんな状況で告げるべきでないと理解してるけど、言わずにはいられなかった。次なんてないかもしれないんだから。

 また今度と言って、手が届かなくなるかもしれないんだから。


「貴様っ! 邪魔をするなっ! 今は罪人の処刑中だぞ!!」


 青筋を浮かべた英雄王が、物見台から降りてきた。おそらく竜人であるソルに対抗するためだ。ソルは私を抱きかかえゆっくりと地面に足をつける。そして、そっと宝物を扱うように優しく降ろされた。


「へえ、罪人って誰のこと? まさか僕が唯一愛するサラのこと?」

「其奴は魔物だけで飽き足らず、民まで手をかけた化け物だっ! いくらラクテウスの王太子でも国の決定には手を出せんだろう! その化け物はこの場で処刑するのだ!!」

「何を言ってる? 民に手をかけたのはお前だろう?」


 その時、ソルの空気が変わった。

 フワフワした空気は霧散して、肌に突き刺さるような覇気が渦を巻くように放たれる。罵声を浴びせていた民も、処刑に携わっていた騎士も、英雄王すらも身動きひとつ取れない。





「僕の番に手を出すというなら、国ごと滅殺するだけだ」





 その一言で、ソルの魔力が解放された。

 いつもの星空の瞳は紅蓮の炎のように色を変え、圧倒的な力の前になす術がない。


 ソルが手をかざせば一瞬で氷に覆われて粉々に砕け散っていく。城も剣も魔法もかき消して、私を守るようにすべてを凍らせた。私に罵声を浴びせていた民も、私を捕らえた騎士たちも、私を殺したかった英雄王も、何もかも私の前から消滅していく。


 それなのにソルの魔力が止まらない。まだ足りないと獲物を探すように何かを追いかけている。


「ソル! もういいの! もう大丈夫だから!」


 私の声は届いていないのか、こちらに振り向かず前を見据えたままだ。怒りで我を忘れているのだ。私のためにすべてを破壊してもなお止まれないでいる。

 ソルの強く激しく深い愛に視界が歪んだ。ポロリとこぼれ落ちた雫が頬を濡らしていく。


「大丈夫よ。私にはソルがいるから、もう大丈夫だから」


 だからあの優しくて可愛らしい笑顔の貴方に戻って。

 ソルの頬に手を伸ばして、優しく触れるとやっと私を視界に収めてくれた。

 

「ソル……ありがとう。私のためにありがとう」


 数度のまばたきで優しい星空の瞳に戻り、我に返ったソルはすぐに辺りを見回す。眼前に広がる荒野と化した景色に愕然としていた。


「……これ、僕が?」


 曖昧に微笑んだけどそれだけで理解したようで、ソルが勢いよく膝をついて頭を地面にこすりつけた。いわゆる土下座というやつだ。


「ごめんっ! サラの祖国をこんなにしてごめんなさい!!」

「いいのよ。私のためを思ってくれたのでしょう?」


 私のために我を失うほど怒ってくれたことが嬉しかったと言ったら、貴方はどう思うのかしら?

 あの絶望の中で私を支えたのは、貴方が惜しみなく注いでくれた愛だったのよ。それ以外もう何もいらないわ。


「そうだけど……暴走してすべて塵にしちゃった……」

「そうね、故郷が消えてしまったわね」


 私はソルの正面に膝をついて、身体を起こす。額に土がついていてそれがまた可愛らしかった。

 そっと土を拭き取って、しょぼくれた子犬のようなソルの頬を包み込む。


「でもいいの。私にはソルがいるわ。私の心を独り占めした責任、取ってもらえるわよね?」

「うん、もちろん。ずっとずっとサラだけを愛するよ。そして僕がサラの故郷になる」


 そっと重ねられた唇から伝わる熱が、私の心に深く深く染み込んでいった。



 その後、ふたりのあいだに可愛い男の子たちが生まれるのは、もう少し先のお話。





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最後まで読んでいただきありがとうございますヾ(*´∀`*)ノ


この作品と同じ世界観の長編もあります。こちらも読んでいただけると嬉しいです。サラとソルもちょこちょこ出てきます(*ฅ́˘ฅ̀*)♡︎


『離縁された王太子妃は専属執事に溺愛されて艶やかに華ひらく』

https://kakuyomu.jp/works/16816927861751355678


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竜国の王太子に番認定されましたが、化け物王女と呼ばれているので「貴方を愛することはありません」と言っているのに、溺愛されています 里海慧 @SatomiAkira38

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