第2話 揺れ動く心


 ソルレイト様が留学してきてから二週間がたった。

 あのあと、空いていた私の隣の席を指定席にして今日もご機嫌で授業を受けている……けれど。


「……ソルレイト様、ちょっと距離感がおかしいのではないですか?」

「え? そうかな? 僕とサラならこれが普通でしょ?」

「いえ、明らかにおかしいですよね?」

「ええー、これでも我慢してるのになあ……」


 腕はもちろんのこと、肩や足までピッタリ寄り添っている。ふたりで長い机とベンチシートを共用するので物理的な障害がないに等しい。先生は見て見ぬ振りだし、ソルレイト様は当然のように愛称呼びしてくる。

 こんな風に寄り添われるのは何年振りだっただろう……なんて考えてしまった。離れていく温もりを寂しく感じながらも、それが私の通常だと自分に言い聞かせた。




 それなのにいくら私が距離を取っても、ソルレイト様は必ず見つけ出して駆け寄ってくるのだ。


「ああ! サラってばこんな所にいたんだね!」


 何とか死守していたランチを食べる場所まで見つかってしまった。周りが怖がるから誰もこないような校舎の陰にいたのに、ソルレイト様は星空の瞳を輝かせて見えないはずの耳と尻尾をブンブン振り回している。キラッキラした笑顔が目に沁みて直視できない。


「今日から毎日一緒に食べようね!」

「は……いえ、ダメです」


 隣に寄り添うように腰を下ろして、本当に嬉しそうに頬を染めて笑うソルレイト様の笑顔に、思わず頷きそうになってしまった。


 ダメだわ。このままでは……私と関わってもいい事なんてひとつもないのに。化け物王女と一緒にいたら円滑な学院生活が送れなくなってしまう。とても心苦しいけど、これからは冷たくするしかないわ。それがソルレイト様のためなのよ。


「ソルレイト様、今後はむやみやたらに私に近づかないでください。私が化け物王女と呼ばれているのは、もうご存知でしょう? 私と関わってもいいことなんてひとつもありませんわ」

「ああ、それね。確かに聞いたけど正直気分が悪くなったよ。僕のサラを化け物呼ばわりした人たちには意識改革しておいたから安心してね? それに僕はサラといるだけで毎日幸せなんだから、いいことづくめなんだよ」


 意識改革という単語が気になったけど、聞いてはいけない気がする。

 私がどんなに冷たく突き放しても、ソルレイト様はまったく引いてくれない。むしろ私が作る心の壁をあっさりと乗り越えてくる。私は望んではいけないのに、もしかしたらとほんの僅かな希望が頭の片隅をかすめていった。


「…………そんな事初めて言われました」

「ふふっ、だからサラは僕のそばにいないとダメなんだ。わかってくれた?」

「それでも私は……誰かを愛することはありません」

「ふーん、そう。まあ、今はまだそれでいいよ」


 そう言ってソルレイト様は可愛らしいお口でサンドイッチを頬張った。

 グラグラと私の根本が揺れている。決して愛を求めないと心に誓ったのに、こんなに簡単に揺さぶられるなんて。ただまっすぐに、ひたむきに注がれる愛に抗えるのか、自信がなくなっていた。






 竜人というのは番を見つけると成長期と呼ばれる期間に入り、生体つまり大人の身体へ変化するらしい。それまではどんなに年齢を重ねても子供の姿のままなのだ。それを知ったのは、ソルレイト様が想像以上の美青年になってからだった。


 子供の姿だったから可愛い子犬を愛でるようなものだったのに、可愛らしさはそのままに神殿の彫刻も顔負けの美青年になって攻撃力が半端ない。長身の私ですら見上げるくらいのスラリとした身体は適度に筋肉がついていて、見惚れてしまうほどスタイルがいい。


 最初に出会ってから二年が経ち、あと半年でこの学院も卒業する。ソルレイト様はあの日から変わらず私の側にいてくれた。

 最近では私まで愛称呼びを強要されて断りきれずに頷いてしまった。最初の頃と変わらず、いやあの頃よりも一層熱を帯びた星空の瞳に見つめられて、いい加減抵抗するのも難しくなってきている。


「サラ、聞いてる? 卒業パーティーのパートナーになって欲しいんだけど!」

「えっ、ごめんなさい。ソルと卒業パーティーに?」

「そう! 僕のパートナーになってくれるよね?」


 いつもの場所でランチを食べながら、ソルは私の顔を覗き込んでくる。上目遣いで不安に揺れる瞳と、いつものように外を向いた犬耳と丸まった尻尾が見えた。


「……わかりましたわ。よろしくお願いします、ソル」

「やったー! はああ、緊張した〜……これで卒業パーティーはサラを独り占めできるっ!」


 そんなことをしなくてもほぼ毎日私を独占していると思うのだけど?

 私は基本一人でいるし、私を見つければ尻尾をブンブン振っているかのように駆け寄ってくるし、何かのペアになるときは必ずソルと組んできたのは独り占めに入らないのかしら?


 もういい加減諦めようか。

 こんなにも私だけに気持ちを注いでくれている。何よりもソルが私の好みドンピシャなのだし、これ以上自分の気持ちを誤魔化すのは無理だと思う。

 卒業パーティーでソルにプロポーズの返事をしよう。そして今まで冷たくしてしまった分も、たくさんの愛を示そう。

 だから、もう少しだけ待っていてほしい……私の愛しい人。


「あっ、魔物討伐の呼び出しですわ」

「えええええ! もうさ、それ僕が代わっちゃダメなの? これでも竜人なんだけど。腕には自信があるんだけど」


 左腕に付けているバングルの魔石が赤く光っている。騎士団長も対のバングルを付けていて、緊急時に魔力をこめるとこうして私に知らされるようになっていた。今までも何度も呼び出されたことがあって、赤く光る魔石を見た瞬間にソルはしかめっ面になっている。


「ふふっ、ソルの強さはよくわかってます。でもこれは王命ですから」

「むぅ、本当に気をつけてね。いざとなったら僕が助けに行くからね」

「ええ。その時は待ってますわ」


 そうして魔法で転移した私は、二度とこの学院に戻ってくることができなかった。




     * * *




 転移した先は国境付近の小さな町だ。

 いつもであれば魔物と戦う騎士たちがすぐ側にいるのに、妙に静まり返っていて不気味なくらいだ。


「おかしいわね……魔物はどこかしら?」


 まるで人の気配もない町に、もしかして既に魔物にやられたのかと町の中を調べ始めた。

 町の人たちは家の中や道の真ん中で既に絶命していた。死因は剣で切られたり刺されたりしたもののようだ。騎士たちもいない状況に嫌な予感が背中を駆け上がる。


「もしかして、何かの罠……?」


 そう気付いた時には遅かった。私が振り返ると騎士団長が険しい顔で立っていて、その後ろには臨戦状態の騎士たちが何十人も控えている。


「サライア・フォン・スピア! 魔物の討伐だけでは飽き足らず、罪のない民たちも手にかけるとは許し難し! その場ですぐに捕らえよと国王陛下のご命令である! 覚悟なされい!!」

「違うわ! 私がきた時にはすでに殺されていたのよ!」

「なんと往生際の悪いことだ! 潔く認められないのか!?」


 ダメだ、聞く耳を持ってもらえない。でもどうして、こんなことに? 一体誰が私を罠にハメたというの……?


 騎士団長の指示で、私は剣を奪われ魔力封じの腕輪を付けられた。さすがにこの状態では何もできない。きっと城に戻れば父が話を聞いてくれるはずだ。いくらなんでもこんな事をそのまま鵜呑みにするわけがない。

 そう思って素直に捕らわれた私は、転移の魔道具を使って牢獄へと運ばれた。


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