第6話 通販スキルの初使用

 目の前に出現した透明な板に、通販スキルを使う、と念じてみると、その板の上にキラキラと文字が浮き上がってきた。


『ーーー只今交換物質0です。チャージして下さい』


「ハア?かるっ!なんでチャージなのよ!ファンタジー感が一気に無くなったわ……」


 いや、確かに元々この世界に『通販スキル』なんかある訳ないから、私の為にあの神が地球の物を参考にしてスキルを作ったのだろうが、なんでチャージ?それにどうせ参考にするのなら、インターネットとか通販を可能にするとか融通をきかせて欲しかった。


 でも、私の為にスキルを作ることまでしてくれた対価が八歳で家族を失うことだったとしたら……。いや、そんなことを考えている暇も資格も今の私にはないんだ。お父さんとお母さんをテムの町に連れて帰って、安らかに休ませてあげなきゃ。


 こみ上げる苦い気持ちを両親の亡き骸を見て無理やり飲み込み、とりあえず傍にあった石を取り上げて板の上に乗せてみる。すると。


「あ、消えたっ!……チャージ2?ええっ、数字制なの?もしかして一度いれたら物質が分解されて物質質量化してしまう、とか?」


 交換物質とチャージ2という数字にどういうことなのか考えても分かる筈もなく、何気なく両手を離しても消えずに空中に浮かんだままの透明な板に映し出されたチャージ2という文字を押してみると。


「あっ!収納物質リスト、小石1って出た!……もしかして」


 恐る恐る『小石1』という文字を押してみる、と。


 カツン。


 透明な板の下から小石が出て来て、そのまま地面へと落ちた。


「す、すごいっ!ここまでは、小説で読んでイメージしていた通販スキルと同じ感じだ!この透明な板、っていちいち言うのは面倒だし、タブレットでいいか。このタブレットには、アイテムボックスのような機能があるってことだよね!」


 収納機能に時間経過があるかどうかまでは分からないが、今はそれは別にいい。今やるべきこと、それはーーー。


「……お父さん、ごめんね。お金と品物、使わせてもらうね」


 本当は今でも、大事に育ててくれた両親を死に追いやった自分が、このままのうのうと生きて行っていいのかは分からない。それにこれからどうやって生きていけばいいのかも。

 でも今は、自分に出来る最善をするって決めたのだ。もしここを最初に通りかかった商隊が私を奴隷に売り飛ばそうとした時、とりあえずこの場を逃げて生き延びた後で、戻って来てお父さんとお母さんをテムの町へどうにかして連れて戻らなければならないのだ。


 そっとお父さんの上着の裏をさぐり、ポケットからお金を取り出すと、銀貨一枚だけ謝礼として必要になるかもしれないからポケットに入れると、それ以外のお金は皮の袋に入れたままタブレットへ乗せる。


『ーーーーチャージ520』


 一応チャージを押して、お金が表示されることを確認してから、周囲に散らばっている鍋や布などを次々とタブレットへ乗せて行く。


『ーーーーチャージ1260』


「鍬はどうしようかな。……三つだけは収納しておこう。もしかしたらこれからの生活で必要になるかもしれないし。それ以外の大きい物は……テムの町に連れて行って貰う対価になるかもしれないよね?」


 今回は町の農家から注文を受けたらしく、鍬は纏まった本数があった。何本かは壊れているが、それでも十本くらいは使えそうな状態だった。


 農家の人には申し訳ないが、店もどうなるか分からないし収納させて貰おう。でも、あまり多いと荷物だけ奪われる気がするしね……。そこら辺のバランスが難しいけど、これで交渉してみるしかないかな。


 一番の心配は、子供一人が相手だと、まともに相手をしてくれる相手がいるかどうか、なのだが。そこは今考えてもどうにもならないので、鍬をタブレットに収納することにした。

 鍬は鉄の重さと柄の長さが私の身長近くあるので、タブレットに収納する為に持ち上がるか心配だったが、そこは念じるとタブレットの位置が私の身長の範囲内で移動出来ると判明したので、どうにか鍬を収納することができた。


「あっ!ここだけ荒らされていないのも不自然だよね……。なんとか誤魔化さなきゃ。……結界って今まで聞いたこと無かったし。この世界に存在しているスキルなのかも分からないしね」


 テムの町にも小さな討伐ギルドの派出所はあるが、魔物が出るのは主に今いる森なので、テムの町を本拠地にしているギルド員はそれ程多くはない。

 ギルド員はほぼ肉体派の男性なので気性が荒い人が多く、娘命な父親が討伐ギルドへ近づくことを禁止していたので、どんな組織かは実際のところは知らないのだが。


 一般的な知識としては討伐ギルド員はギルドからの依頼で周囲の魔物を倒したりもするが、町の農家の手伝いなどもする。所謂なんでも屋に近く、ファンタジー小説でいうところの冒険者と同じような存在だ。

 登録するのにスキルが必要だとは聞いたことがないし、攻撃に使えるような魔法スキルを所持しているのは、やはり庶民では珍しくほとんど聞いたことが無かった。それを考えれば魔法を使える人はギルド員でもほとんどいないだろう。

 そこから考えても結界のスキルがもしこの世界に存在していたとしてもかなり希少な存在だと容易に想像がつく。



 辺りを見回して確認し、壊れている鍬や木箱を少しずつ引きずって倒れた荷馬車の周囲に散らす。


「ごめんね。お前の埋葬も、頼んではみるからね。……今までありがとう」


 倒れて無残な亡き骸を晒す馬にそっと語り掛けつつ、なんとか両親の亡き骸以外は違和感のない襲撃現場になったことを確認した時には、大分陽が高くなっていたのだった。





 ガタガタ、ザワザワという音がしんと静まり返った森に聞こえて来たのは、全てやることを終えて両親の亡き骸の傍に座り、昨日からほとんど飲まず食わずだったことを喉の渇きで思い出してへたり込んでいた時だった。

 おそらく時間的にはお昼くらいだろう。


 この音は……。ザッカスの街の方から、ってことはテムの町へ行く人達!なんとかこ、交渉しないと!


「うわっ、荷馬車が襲われたのかっ!おーーーい、誰かいるのかー?」

「っ!……た、助けて下さい」


 ドヤドヤと近づいて来た人の声と気配に、不安から震えてか細い声が出て、いかにも襲撃されて弱っている感じとなったようだ。


「こ、子供かっ!おい、大丈夫かっ!!」


 うをっ、これは魔物から襲撃されたのか……。よく生き残りがいたな。


 そんな声を聞きながら、両親の亡き骸の傍で震えながら待っていると、革鎧をつけて剣を腰に帯びたいかにもギルド員らしき男性が四人程近づいて来た。


「あ、あのっ、その、昨日、ザッカスの街から出るのが遅くなって、私達だけでっ!!」


 説明しないと!と思い、昨日からの出来事を反芻しながら話そうとすると、自分のせいで両親が死んだのでは、という想いまで意識してしまい、人と会えた安心感からかこみ上げる涙で声が詰まってしまった。


「ん?もしかして、テムの町のカザルの雑貨屋の荷馬車じゃないか?どうしてこんなことに……。ああ、ノアちゃんだけでも無事だったのか。良かった」


 どうしても声がつまり、続きを説明できずにいると、聞いたことのある声がした。顔を上げて声がした方を見ると、小さな頃から見覚えのある、店に商品を降ろしてくれている行商人のグレイおじさんがいた。


「グ、グレイ、おじさん……。お、お父さんと、お母さんが……。ううっ、うっ、うわーーーーーーっ!!」


 知った顔を見た瞬間、とうとう張りつめていた緊張の糸が切れ、大声を上げて泣き出してしまった。


「おお、ノアちゃん、もう大丈夫だ。もう大丈夫だからな。……そうか、カザルとニーナが、ノアちゃんを命がけで守ったのだな……」


 泣きじゃくる私を抱きしめ、あやしながら事情を聴いてくれたグレイおじさんに途切れ途切れに事情を話すと、ギルドの人達が馬を埋葬し始めてくれたのを横目に、昨日からの疲れと人のぬくもりにうとうとと眠りに落ちてしまったのだった。




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