第7話 テムの町への帰還
ゆらゆらと揺れている気がして私が意識を取り戻した時には、既にテムの町へ着いていた。
「え?ここは……」
「お、起きたかい、ノアちゃん。つい先ほどテムの町へ着いたよ。これから町長にカザルとニーナの埋葬を申請しに行くところだよ」
まだぼんやりとぼやける視界に映ったのは、グレイおじさんの顔だった。どうやら寝たまま抱っこされていたらしい。
えっと、私、どうしたんだっけ……?ハッ!私ったらグレイおじさんの顔を見て安心して、何も説明もせずに泣きわめいてそのまま寝ちゃったんだ!
「あ、あのっ!お父さんとお母さんはっ!」
「ああ、大丈夫だよ。あの後みんなで馬を埋葬して、荷馬車と荷物を片付けてから出発して今着いたところだ。それにちゃんとカザルとニーナの亡き骸も一緒に帰って来たよ」
ああ……。ちゃんとお父さんとお母さんとお母さんも連れて帰って来てくれたんだ。
そのことにホッと安堵すると同時に、やっぱり夢では無かったのだと、もう両親とは二度と会えないのだという実感が襲って来る。
「ううっ。ありがとう、ございました。お父さんとお母さんも連れて帰って来てくれて……」
「うん。今回のことはとても残念だったけど、私もカザルとニーナとは長い付き合いだからね。だから埋葬までは私もきちんと見届けるから、安心していいよ」
「わ、私、一人でどうしたらいいか分からなくてっ!……グレイおじさん、本当にありがとうございます。これでお父さんとお母さんも安らかに眠れると思います」
ぐぅっと、また涙が滲みそうになったが、また泣いてこれ以上迷惑をかける訳にはいかない、となんとか堪えて抱っこのままだったがお礼を言えた。
それでも、町長さんにグレイおじさんが墓地への両親の埋葬の許可を貰い、町の警備兵にも襲撃にあった当初のことを説明し、そうして両親が亡くなったことが町に周知され、隣近所の付き合いのある人達が埋葬へ立ち合いに来てくれると、もうダメだった。
「ノアちゃん……。ノアちゃんが無事でうれしいよ。カザルとニーナは残念だったね。でも、ノアちゃんのことを守れたことは、あの二人は喜んでいるだろうよ。ノアちゃんも良く頑張ったね。ノアちゃんが頑張ったから、こうしてカザルとニーナもこの町に一緒に戻れたんだろう?さあ、お父さんとお母さんを見送ろうね」
「おばさん……おば、さんっ!!お父さんとお母さんが……うううっ。私、私っ!!」
お父さんとお母さんが忙しい時は、いつも面倒を見てくれた隣のナタリーおばさんにそっと抱き寄せられると、そのぬくもりに無事に戻って来たことを実感して涙が溢れた。
「よく頑張ったね、ノアちゃん。でも、泣くのはちゃんとお父さんとお母さんを見送ってからだよ」
背中を優しく撫でられ、そっと背を押されてしっかりとお父さんとお母さんが埋葬されるのを見送り、グレイおじさんにお礼を言ったところまでは覚えているが、その後のことはナタリーおばさんに抱きしめて貰い、こみ上げる悲しみに身を任せて泣きわめいたまま、また意識を失ったのだった。
次に目を覚ましたのは、幼い頃から馴染みのある、隣のナタリーおばさんの家だった。遊びに来て疲れて寝てしまう時にいつも掛けてくれている布団が掛けられている。
服も着替えさせられており、そしてあちこちに包帯が巻いてあって治療もしてあった。
……そういえば、私も打撲と切り傷があちこちにあったんだっけ。それどころじゃなかったから、痛みなんて忘れていたけど。
「おや、起きたのかい?……カザルとニーナの葬式は無事に終わったよ。グレイさんは明日の朝発つそうだよ」
「あっ!お世話になったのにお礼をまだ……」
あの時も泣き疲れて寝てしまったから、結局荷物がどうなったかは聞いていないし、お礼もしていない。せめて残っていた鍬を受け取ってくれたらいいのだが。
「ああ、荷馬車に残っていて使えそうな荷物を持って帰って来ている、って言われたから隣の店舗の倉庫に入れて貰ったよ。それと、子供なんだからお礼なんて考えなくていい、これからが大変だろうから、って伝えてくれってさ」
「グレイおじさん……。おばさんもありがとう」
いつもお店に来ると様々なお菓子をくれて、テムの町しか知らなかった私に、他も街のことを色々と話してくれていた。そんな優しいグレイおじさんが来るのを、いつも楽しみに待っていたっけ。でも、これからは……。
「……ノアちゃん。これからどうするんだい?カザルとニーナの親はどちらももう亡くなっていただろう?」
「……うん。おばさん、とりあえず今日は家に帰るね。帰ってゆっくり考えてみる」
今後の身の振り方も含めて、落ち着いて前世の佐藤乃蒼の記憶を思い出してしまったノアの、ノアーティとしてのこれからのことを考えなくてはならない。そうは思っても、今は家に帰ってテムの町に戻って来たことを実感したかった。
「そうかい。一人で大丈夫かい?今夜は泊まって行ってもいいんだよ?」
「ありがとう、おばさん。明日とか、もしかしたら泊めて貰うかもしれないけど、今夜は帰りたいの」
「そうかい。じゃあ、ほら、スープを作っておいたから飲んでおいき。ほとんど昨日から食べてないんだろう?せっかく助かったんだから、少しだけでもお腹に入れた方がいいよ」
そう言ってテーブルにスープの入ったお皿とパンを置いてくれた。
スープから立ち昇る湯気を見て、そういえば自分の喉がひどく乾いていることを思い出す。
……あれだけ泣いていたのに、そういえばグレイおじさんにお水を飲ませて貰った以外に何も飲んでも食べてもいなかったや。
そっと添えられていたスプーンに手を伸ばし、一口すくって口に入れる。
薄い塩味の、少しの野菜がくたくたにまで煮込まれただけのスープなのに、喉からお腹へと落ちる温かさに、涙が一雫流れ落ちていたのだった。
隣の家を出て、見慣れた生まれ育った家へと戻ると、スープを飲んで温まった温もりはどこかガランとした冷え冷えとした空気にすぐに消えてしまった。
たった三日前までは、この家は温もりに満ちていてただただ幸せだった。
『ノアー!ほら、今日はおやつにお菓子があるわよ。早く手を洗っておいで』
『ノア、倉庫から荷物を取って来るから、お客さんの相手をしておいてくれないか』
『あっ、ノア、またピラガを残して!好き嫌いしてちゃ大きくなれないわよ』
『まあまあニーナ。ノアはずーーとお父さんと一緒にいるんだからいいよなー』
『ちょっとあなた!またそんなことを言って!』
倉庫にも、お店にも、居間にも、溢れんばかりに暖かな思い出があるのに、今は静まり返ってどこにも温もりは残ってはいない。
私は確かに前世の、佐藤乃蒼としての記憶を思い出したけれど、でも今はノアとしての記憶はきちんと私自身のものとしてある。
ただお父さんとお母さんに愛されて笑って過ごしていた子供のノアーティとは、少し性格は違ってしまったかもしれないが、それでも今の自分はテムの町の、この雑貨屋の娘のノアだ。
「お父さん、お母さん……」
フラフラと家の中をお父さんとお母さんの思い出を辿りながらさ迷い歩き、最後にお父さんとお母さんの寝室へたどり着いた。
『もう私も小さな子供じゃないもん!一人で寝られるんだから!』
そう言って、自分の部屋を貰って一人で寝るようになったのは6歳の時だった。それでも雨の日の夜や寂しくなった夜などは、良く両親のベッドにもぐりこんで三人で眠っていた。
「一人だと、ベッドも広くて冷たいよ……」
ボフンと倒れ込んだベッドの広さと布団の冷たさに、とうとうまた涙が溢れて止まらなくなった。
「お父さん……お母さん……!ご、ごめんなさい!私が、私が前世の記憶を持って転生して来たから、お父さんとお母さんがこんなことにっ。わ、私のせいで、私が家族は邪魔になるかも、なんて考えたからっ!ごめんなさい、ごめんなさいっ!!」
うわぁああぁああ……っ!!
泣いても、悔やんでも、もうお父さんとお母さんとお母さんは私のことを「ノア」と呼び掛けてくれることは二度とないのだと。
一人冷たい布団をさらに涙で濡らしながら、ただただ謝り続けていたのだった。
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明日はGW初日なので3話更新します!(私は仕事ですが( ´艸`)
明日で1章が終わり、明後日の2章からはもふもふ登場カウントダウンなので、もう少し明るくなる予定です。
どうぞ宜しくお願いします<(_ _)>
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