第5話 通販スキル

「あ、朝……。ああ……、私、生き残ったんだ」


 ぼんやりとうっすらと明るくなって来た空を見て、ポツリと呟いていた。




 昨夜の、「また襲われる!」という恐怖から、無我夢中でいつの間にか結界を張れていた。


 うずくまり、でも襲って来ない衝撃に恐る恐る目を開けて目に入ったのは、真っすぐに自分めがけて突き出された鋭利な角と、その奥に真っ赤に光る魔物の目だった。


「いやあっ!!」


 とっさに伏せ、頭を抱えたが、またいつまでもたっても衝撃は襲って来ることはなく、もう一度恐る恐る目を開けて顔を上げると、何度も突撃しては跳ね返される大きな角と牙を持つウサギの魔物の姿があった。


 どうやら結界を張れたらしい、とそう思い脱力しそうになったが、ウサギがぶつかる度にどんどん体から何かが放出されていることに気づいて青ざめた。


 ……結界を出した時以外に、維持にも魔力か何かを使っている、ってこと?え?そうしたら私の中の魔力か何かがなくなったら……。


 ゾッと背筋を冷気が這い上がり、ブルッと震えてしまった。

 それからは角ウサギが諦めてどこかへ行くことを祈るようにビクビクしながら見守り、やっと諦めて森へ消えて行ったあともしばらくは結界を解くことはできなかった。



 その後も何度か森から魔物が出て来る度に夢中で結界を張り、もう魔力か何かが尽きる!と何度も思いながらまんじりともできずに朝を迎えていたのだ。


「……ここで待っていれば、ザッカスの街か、テムの街から朝一番に出発した人が通りかかるはず、よね」


 もう自分の力で両親の亡き骸を埋葬する気力はとうになく、だったら誰かに助けを請わなくてはならない。

 ただ、この世界は前世の日本で過ごした記憶よりも殺伐としている。


 魔法が少なからずあるし、魔石を使った便利な家電のような道具もある。でもそうした便利な生活を送れるのは極一部の特権階級だけであり、ほとんどの人の生活水準は日々食べるだけで精一杯の生活で、人を殺して強奪する、などは小さなテムの町でも普通に起こる出来事だった。


 私、ノアはそんな殺伐とした世界はほとんど伝聞だけで触れたことは無かったが、それは両親の愛で真綿のように包み込んでくれていたから八歳の今まで不自由なく暮らしてこれただけで、いくら店と家があっても八歳の女の子が一人で無事に暮らせるとは到底思えない。


「……商隊が連なって来るはずだもの。全員が悪い人、ってことはない、よね。でも……」


 第一の希望は、親切な人に両親の亡き骸と一緒にテムの町まで送ってもらうことだ。テムの町まで着けば知り合いもいるし、共同墓地への埋葬は問題なくできるだろう。


 それからどうなるかは……全く今の時点では分からないけどね。でも、とりあえずせめて両親を安らかに眠らせてあげたい。


 それが自分が少しでも救われたいからだとしても。それでも優しい両親の亡き骸を無残に放置されたり食い散らかされるのだけは我慢がならないのだ。


「こんな小さな女の子が困っているのだもの。それくらいは……」


 いや、こんな小さな、八歳の女の子が一人で両親が死んでいることが一目でわかるのだから、そのまま奴隷に落とされる可能性も忘れてはならない。

 この世界には奴隷がいるのだ。



 確か五歳くらいの頃。店先で遊んでいると、町を通る旅人や商人がボロボロの服を着た人を連れているのを疑問に思ってお父さんに質問したことがあった。


『ねえ、お父さん。なんであの人だけあんなにボロボロなの?』

『……ノア。いいかい、あの人の首を見てごらん?首輪をしているだろう?』

『首につけている輪っかのこと?』

『そうだよ。あの首輪をしている人たちはね、奴隷なんだ』

『どれい?どれいってなぁに?』

『……そうだね。自分の意思で、行動できなくなってしまった人たちだよ。まだノアには難しいかもしれないから、いいかい、あの首輪をしている人にも、そういう人を連れている人にも近づいてはいけないよ?』


 あの時は父親の言っている意味があまり理解できずに、とりあえず返事をしていただけだったが。


 ……どれだけノアが大切にされていたか分かるわよね。でも、きちんと生きていく上で危ないことややってはいけないことも、きちんと教えてくれていた。もっともっと教わっていないことがたくさんあるし、まだまだお父さんとお母さんの温もりに包まれていたかったのに。


「そう言う資格は、私にはもうない、んだよね。それにもう、お父さんもお母さんもいないんだから」


 目の前にはもう冷たくなってしまった両親の亡き骸があるのに、それでももう二度と会えないと自覚する度に胸にぽっかりと穴が空いたかのような喪失感が襲ってくる。


 もしあの朝、高熱が下がっていたら。それか高熱が下がらずにいて、ザッカスの街の出発時間がずれていたら。

 そう、どうしても考えてしまう。それと同時に、例え時間をずらして出発していたとしても、神がそういう運命を設定していたのなら、どうしても両親の死は避けれなかったのではないか、と。


「考えたらダメよ。今は、とりあえず商隊が来るまでにどうするか考えなきゃ……」


 八歳の女の子が、最初からお金を渡してお願いするのは逆に危険だろう。ただ、無償でお願いして叶えてくれるお人好しな人がいることを安易に期待しない方がいい。


「お金はとりあえず隠して、この仕入れた品物を渡して何とかテムの町までお願いできないかな」


 食料品は全滅だったが、ザッカスの街で仕入れた鍬や鍋などの金物や、汚れてしまったが布などもいくらかは結界の中だったのか無事だった。


「……全部奪われる可能性も考えないといけないわよね。でも、どうしたって子供の体じゃ隠し持つには限界があるし。もう、チート能力で無双なんてないって思い知ったけど、アイテムボックスの能力とかあったらいいのに」


 これからのことを考えるとどうしても明るい未来など思い描けるはずもなく、現実逃避のようにそう呟いた時、ふとその自分で言った言葉が気にかかる。


「ええと、そういえば小説の中には通販スキルで、確か交換する物をためておける、アイテムボックスみたいな機能が備わった物を読んだことがあった気がする。……通販スキルのせいでこうなっているかと思うと使いたくもないけど、私がこれから一人で生きていかなきゃならないのなら、使い方を早急に知らないといけないよね」


 転生した時、通販スキルなんて思い浮かべなければ、今のような状況にはならなかった。自業自得だとはわかってはいても、優しい両親のことを思うとどうしてもやりきれないのだ。


「……結界は、体の中の力を外に出すことで使えたから、通販スキルは……」


 

 私がイメージしたのは、タブレットのような画面にお金を入れてチャージして、その分だけ通販できる、というもの。品物はどこからかダンボールに入って届くのだ。


 ……いやいやいや、それ、現実だったらどんな怪奇現象なの?だってダンボールがふっと何もない空間から出て来るんだよ?……まあ、そりゃあスキルの範囲を越えているから無理だって言われて当然だよね。日本のラノベって本当に色々考えているよねぇ。


 あの時神は。


『我が世界に反しない範囲での再現なら、なんとか出来るやもしれん』


 と、そう言った。そしてその後何気なく自分を守る為の結界を思い浮かべたら、一つだと言っていたのに結界のスキルまで貰えたことを考えたら、通販スキルには大した機能はないと考えられる。


 けれど、再現できるって言ってくれたんだよねぇ。なら、この世界の物と交換で他の物を変換するという機能はあるのかもしれない。そう考えれば、どこかに物を入れることが出来るに違いないのだ。


「そういえば私、生活魔法も使えるようになったんだよね。確かお母さんが教えてくれたのは……」


 小さな頃からいつも、ご飯の支度の度にお母さんが魔法で火をつけるのを見て、羨ましがって何度も何度も教えてと纏わりついていた。そんな私にお母さんは。


『ノアは八歳になって洗礼を受けないと使えないわよ。でも、そうね。その時の為に使い方を教えてあげるわね。いい?身体の中にはね、誰もが魔力を持っているのよ。その魔力を指先にえいって集めて、火が灯るのを思い浮かべるの。そうすると種火が出るのよ』


 楽しそうに笑って、いつもそう言って教えてくれていた。


「……お母さん。やっと生活魔法を自分で使えるようになったのに、直接教えて欲しかったよ」


 ぐすっと涙がまた滲みそうになったのを、強引に目をこすって止める。

 今はぐずぐずと嘆いている暇はもうないのだ。人が通りかかるまでに、どうするか決めなければならない。


 待っててね、お母さん。お父さんと一緒に、テムの町にちゃんと連れて帰るからね。


 今はとりあえずそれだけを考えるのだ。それには自分に使える力を全て使って備えて、一番いいような状況にしておかねばならない。


 フウ。と大きく一つ息を吐いて上げかかった鼓動を落ち着けると、目を閉じて身体の中に意識を向ける。


 夜の間、何度も何度も結界を張って、消してを繰り返していた。その時、身体の中から出て行った感覚は、なんとなく覚えている。


 その感覚に意識を向けて……。


 イメージするのは教会で洗礼を受けた時のあの水晶の板だ。透明な水晶なのに、不思議に文字が浮かび上がって見えた。あの時は日本語に意識をとられてそれどころじゃなかったけど、ああいういかにもファンタジーな物がこの世界にも存在しているのだ。だから。


 両手を身体の前で広げ、そこにあの水晶の板があると思い込む。そこに自分の中から魔力を注いでーーーー。


 フッと結界を張った時のように力が抜けた感覚がして目を開けると、そこには朝陽にキラキラと輝く透明な板が浮かんでいたのだった。

 



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