第32話 「紬ちゃんによるいいお父さん講座」

 夕食後、みんなでシェアハウスの庭に出て大家さんが買ってきた家庭用花火の準備をしていた。


 省吾くんと雅文さんは、バケツに水の準備などをしていた。

 陽葵と佳乃さんは二階に上がって何かをやっている様子だった。


 つむぎちゃんのテンションは相変わらず低い。


「ほら紬、いつまでもむすくれてないの」

「……」


 お母さんである大家さんが紬ちゃんに声をかけると、紬ちゃんはますますぶすっとしていた。

 

 紬ちゃんのその様子を見て、あるひとつのことが思い浮かぶ。


「お父さんと一緒にいられないのつらい?」

「……」

「好きな人と一緒にいられないのって辛いよね」


 俺がそう声をかけると、紬ちゃんがこちらを見て目を輝かす。

 そのことについて話したくて仕方ないといった感じだ。


 そうだ! この子、めちゃくちゃファザコンだったんだ!


「紬ちゃんのお父さんってどんな人?」


 最初に紬ちゃんに会った時に、この質問をしたあとに余計なことを言ってしまい怒られたんだっけか。

 今度は怒られないように慎重に言葉を選ばないと。


「普通の人です。けど優しくて、かっこよくて」


 紬ちゃんの目にどんどん光がともっていった。

 本当に、この子はお父さんのこと好きなんだなぁとひしひしと感じる。


「どんなところが優しいの?」

「私が悪いことしたときにちゃんと怒ってくれるところ! お母さんとはいつも喧嘩してるんだけど、そのときも私が悪いところは悪いってお父さんはちゃんと言ってくれるの」


 思ったよりも利発な回答が返ってきてしまった。

 それこそ、俺が紬ちゃんくらいの年齢のときに親に怒られたら「ムカつく―!」で終わっていたような気がするが、この子は既にそんな大人じみた考えをしていた。


「そんな風に考えられる紬ちゃんも偉いね」

「そんな風に私を育てたくれたのはお父さんだから」

「ううん、そういうこと言える紬ちゃんも偉いよ」


 思わず頭を撫でてあげたくなる。

 俺が思ってるよりも、素直で賢い子だった。


「どうやったら紬ちゃんみたいないいお父さんになれるかな?」

「鈴木さんがですか?」


 うーんと、首をかしげる。


「優しくて、何でもできて、頼りがいがあって、かっこよくておうちでは私にとても優しくて、時々頭を撫でてくれて……」


 紬ちゃんが急に早口になる!

 紬ちゃんによる“いいお父さん講座”が始まってしまった!

 早口でまくし立てる紬ちゃんの言葉をうんうんと聞くことしかできない。


「……ところで、鈴木さんはお父さんになる予定あるんですか?」

「えっ?」


「……そうなの春斗くん?」


 後ろには、ピンクの花柄の白い浴衣を着た陽葵が顔を赤らめて立っていた。




※※※



 

 辺り一面を、焦げたような匂いと白い煙が漂う。

 

 ……大人っぽい黒の浴衣に身を包んだ佳乃さんが、ロケット花火を省吾くんと雅文さんにむけて発射していた。

 複数のピィーーという甲高い音が一斉に二人を襲う。


「ざけんな!! 普通にあぶねーーから!」

「あはははは!」


 悪魔のように笑う佳乃さん。

 雅文さんはその佳乃さんの攻撃をしゅんしゅんと華麗に躱していた。

 ……さすがプロボクサー、フットワークが軽い。


「ふ、普通に危ないんでそういうのはやめましょうよ……」


 陽葵が佳乃さんに注意をする。


「なんだー? ハルトとヒマリも混ざるか―?」

のほうになりそうなのでやめておきます……」


 佳乃さんの提案を却下して、陽葵と庭の真ん中あたりに腰をおろす。

 手持ち花火に火をつけて、二人でその輝きに目をむけていた。


 なんだろ? 

 いつもと違う陽葵に何だかドキドキする。


「その浴衣どうしたの?」

「佳乃さんからもらったの! どう可愛い?」

「うん」


 ピンクの花柄が陽葵によく似合っていた。


「佳乃さんとお話したときにね、これくれるって言ってくれて」

「あー、アレだアレだって言ってたのこれのことだったのか」

「そうそう! 春斗くんのこと驚かせたくて!」


 浴衣を見せるようにひらひらと動いてみせる陽葵。

 今日の陽葵は髪を短いポニーテールにしており、一緒に髪が揺れ動く。

 陽葵のその仕草に、いちいちドキっとしてしまう。


「どう?」

「だから可愛いって」

「えへへへ」


 満足そうに陽葵がほほ笑む。

 そんな風にぶきっらぼうにしか褒めることができない自分が恥ずかしい。

 もっと気の利いたこと言えればいいのに。


「大丈夫だよ、分かってるから」


 陽葵が俺に優しく声をかける。

 何だかナチュラルに心を読まれた気がする!!


「あっ、春斗くん火ちょうだい」


 俺の手持ち花火の火に陽葵の新しい花火がくっつく。

 陽葵の花火が俺の火をもらい、また綺麗にパチパチと輝いていた。

 

 ――あっちのバカ騒ぎしている人たちはほっといて、陽葵とこんな風にまったり花火をやるのも悪くないなぁと思った。



 陽葵とそんな風に花火を楽しんでいたら、紬ちゃんが俺の隣にひょこひょことやってきた。


「鈴木さんは佐藤さんと結婚するんですか?」


 目をきらきらにして紬ちゃんがそんなことを聞いてくる!

 悪意のない、純粋な好奇心が急に襲ってくる!


「……ん-そのうち?」

「そのうちですかー」


 紬ちゃんも俺の手持ち花火の火をもらい、自分の花火に火をつける。


「じゃ、じゃあ子供はそのあとなんですね!」


 ブーーーーっ!思わず吹き出してしまう。

 さっきの話を掘り起こす紬ちゃん。

 この子って素直で賢いけど相当マせている!!


「……春斗くんは子供ほしいの?」


 陽葵が顔を真っ赤にしていた。


「そりゃ、そのうちは……」


 これ以上はやめてくれ!

 自分で言ってて恥ずかしくなる!


「鈴木さんは子供何人欲しいんですか?」

「三人くらいかな……」

「男の子ですか!? 女の子ですか!?」


 紬ちゃんが興味しんしんで次々と質問してくる。

 全然許してくれる気配がない!!


 陽葵も目をきらきらにさせて、真剣にその話を聞いていた。


「春斗くん、私頑張るからね」


 陽葵がそんなことを何かを噛みしめるように呟いていた。

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