第33話 「雅文さんが吠えた!」

8月5日



 今日の朝食は大混雑。

 いつもの五人に大家さん親子二人が加わり、計七人の大所帯となっていた。


「陽葵ちゃんが料理上手で助かりました」


 大家さんと陽葵が朝食をみんなの前に並べていく。


「省吾くん……ほっぺた軽く火傷してません……?」

「そこのアホに言ってくれ、お前らがいちゃついてる間にひどい目にあったわ」


「あはははは!」


 今日も佳乃さんが豪快に笑う。

 昨日の戦争の生傷を省吾くんがさすっていた。


「そう言えばどこかの国にロケット花火を打ち合うお祭りありましたよね」

「そんな祭りに参加した覚えねーよ」


 省吾くんが額に青筋を立てて、佳乃さんをぎろっと睨む。

 佳乃さんは何やら楽しそうにニコニコと笑っているだけだった。


「危ないんで、ああいう遊びはダメですよ」


 大家さんが佳乃さんのことをきっちりと叱る。


「悪かったって! つい楽しくなっちゃって。ごめんな、ショウゴ、マサフミ」


 佳乃さんが素直に省吾くんと雅文さんに怒る。

 少しだけ、謝られて二人は居心地が悪そうだった。

 ……そもそも雅文さんは被弾ゼロなので、あんまり気にしていないのかもしれない。



ピロロロロロン

ピロロロロロン



 誰かの携帯が鳴った。


「省吾くんですか?」

「俺じゃねーよ」


「……ごめん俺」


 雅文さんが携帯を持って、いそいそと廊下の方に出ていく。


「珍しいですね」

「バイトか何かじゃね?」


 省吾くんが特に興味がない様子で欠伸をする。

 そんな会話を省吾くんとしていたら、廊下から大きな声が聞こえてきた。


「よっしゃぁぁああおらぁあ!!!」


 雅文さんが吠えた!!

 普段とのギャップの違いと、あまりの迫力に心底びっくりする!

 い、いったい何があったんだ……!


「……そっかぁ、良かったなマサフミ」


 佳乃さんがぼそっと、そう呟いていたのが聞こえてきた。

 その顔は、家族を見守る姉のような優しい表情だった。




※※※



 

「まままま、雅文さん何があったんですか!?」


 とりわけびっくりした俺と陽葵が雅文さんに先ほどの声の理由を聞きにいく。


「試合が決まった! じっとしていられないからちょっと走ってくるわ!」

「ちょ、ちょっとご飯食べてからでも」

「俺の分残しておいて!」


 そう言って、シェアハウスをダッシュで出て行ってしまった。

 あの雅文さんが、あんなに嬉しそうにするなんて……。

 よほど、待ちわびてたのだろうか。


「マサフミ、試合が決まるとあぁだからあんまり気にしなくていいと思うぞ」

「良かったですね、雅文さん」


 佳乃さんと大家さんがそれぞれに声を出す。


「負けてらんないなショーゴも」


 佳乃さんが省吾くんに声をかけていた。


「……」


 省吾くんは黙りこくってしまっていた。


「……ショーゴ、何かやらないと始まらないんだぞ」

「分かってますって」


 佳乃さんと省吾くんが珍しく真面目なトーンで会話をしている。

 とてもじゃないが、今の雰囲気の二人の会話に割って入ることはできない。


「とりあえずご飯食べちゃいましょう、ほらつむぎも本を読むのやめて」

「うん」


 大家さんがそう言って、少しだけ遅くなった朝食が始まった。

 俺はなんとなく、省吾くんと雅文さんの真逆の表情が気になっていた。

 



※※※



 

「……なぁ、陽葵どう思う?」

「省吾さんのこと?」


 今日の日中も、俺と陽葵は佳乃さんの部屋の片づけだった。

 省吾くんと雅文さんの姿は今日はなかったが、大家さん親子二人が今日は加わった。


「まぁ、ショーゴも悩める青少年だからなぁ」


 綺麗になっていく部屋で落ち着かなそうにしている佳乃さんが会話に混ざってくる。


「あの年頃って色々悩んじゃうんだろうなぁ」

「どんなこと悩んでらっしゃるんでしょう」


 陽葵が佳乃さんに率直そっちょくに省吾くんのことを聞いていた。


「自分のやりたいことと稼げる仕事は違うからなぁ、そこのギャップに悩んでるんだろきっと」


 佳乃さんが少しだけ天を仰いだ。


「そうですよ、佳乃さんみたいにやりたい仕事をそのままできる人ってごく僅かなんですから」


 大家さんも会話に混ざってきた。


「えへへへ、私すごい?」


 佳乃さんがえっへんと大きな胸を張り上げる。

 ふむ、これは中々いい光景……


「……!!」


 と、思ったが隣の陽葵がすごい顔で睨んでいるので今のなし!

 何も思ってません!!


「……確かにこの部屋はすごいですね」


 ずっと大人しくしていた紬ちゃんが嫌味たっぷりに会話に混ざった。

 

 汚部屋の片づけに着手してから三日目、ようやく終わりが見えてきたところだった。


「鈴木さんと陽葵ちゃんが片付け手伝ってくれて良かったですよ」


 大家さんがほっと胸をなでおろしていた。


「私、佳乃さんには中々言えなかったので」

「……だってゴキブリ出たんですもん」


 大家さんが中々言えないってどない部屋やねんと心の中でつっこむ。


「ご……ごきぶり!?」


 陽葵がゴキブリのことを告げると、紬ちゃんがさーーっと部屋の外に逃げて行ってしまった。

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