四十二話 本気?

「あ!凪!」


 購買で昼食を買った俺は、その足で流れるように第十訓練場へと顔を出した。


「今日もやってるんだな」


「うん!僕としては偶には休んでほしいけど、言っても聞かないからさ」


 蓮は困ったように「はははっ……」と笑う。


「凪こそどうしてここに?木皿儀さんとは食べないの?」


「……どこまで知ってんだ?」


「さあ?」


 わざとらしく首を傾げる蓮に小さくため息を落とす。


「色々あって今日は一人なんだよ」


 さすがに弁当を作る時間まではなかったからな。


「そうなんだ」


「あの二人、大分強くなってるね」


「「っ!!」」


 刹那、背後から聞こえた声に二人揃って振り返る。


「やあ」


「何でここに」


 確定はしないが、少なからずここに来るほど、物好きではないはずだ。


「君の背中が見えたから追って来たんだ。ちなみに最初からずっといたよ。驚かすつもりはなかったけどね」


 そう言いながら四畳は底の見えない浅い笑みを浮かべる。


「誰……?」


 僅かな警戒心を覗かせながら蓮は俺の袖を引く。紹介くらいはしておいた方がいいだろう。


「四畳束左。……知り合いだ」


「酷いなぁ友達でしょ?よろしくね。ええっと……」


 友達になった覚えはないが。


「鳥栖目蓮です。四畳くん?でいいのかな?よろしくね」


「束左でいいよ。僕も蓮くんって呼んでもいいかな?」


「うん」


「ありがとね」


 目の前で繰り広げられる握手。俺の友好関係がどんどん四畳に侵されて行っている……。


「お!凪来てたのか!」


 その時、ワイシャツで汗を拭いながら圭地がやって来た。


「見学にな。あれ、柳はどうした?」


 さっきまで圭地と剣を交えていた柳の姿が見えない。


「ああ、柳ならトイレだ。ん、見ない顔だな?凪の知り合いか?」


 圭地の視線が俺から四畳に移る。


「まあ」


「初めまして四畳束左よろしくね、圭地くん?」


「ん、何で俺の名前知ってんだ?」


 もっともの疑問だった。


「何でって圭地くん有名人だから。あのAクラスに代表戦を挑んだ張本人としてね」


「挑んだ、というより挑まれたって方が正しいけどな」


 圭地は苦笑しながら言葉を正す。


「そうなんだ。言い方が悪かったね、ごめん」


「いいよ別に。そうだ。どっちか相手してくれないか?偶には柳以外とも戦ってみたいし」


 圭地らしい向上心のある頼みだが、俺はすぐ首を縦には振れなかった。何故なら、まだ意識拒否のコツを掴めていないからだ。


「僕で良ければ相手になるよ。強さはあまり期待しないでね」


「ホントか!?ありがとう!」


 小躍りしながらフィールドに向かう圭地の背を眺めながら、四畳に視線を向ける。


「何のつもりだ?」


「嫌だなぁ、疑ってるの?何もしないよ」


 短く両手を振る四畳。俺の目はますます細くなるばかりだ。


「お前みたいな底が全く見えない奴は苦手だ」


「信用ないなぁ。大丈夫だって。殺しはしないから」


「……は?」


 その言葉の意味を聞く前に四畳は圭地の背を追ってフィールドへと向かって行った。


「……凪?怖い顔してるよ?」


「ん、ああ悪い。ちょっとな」


 どんなに大金を積まれてもどんなにお願いされようと、四畳は信用に値するだけの材料を提示してくれない。

 ……いや、はなから信用なんて獲得する気がないのか?分からない。


「下手なことが起こらないと良いけど」


 こんな感情を諸刃以外に向ける日が来るなんて思わなかった。


「「来い」」


 互いに刀を顕現させる。切っ先を向ける圭地とは違い、四畳は手を大きく広げ、隙だらけもいいところの構えを取る。


「お前の刀綺麗だな!」


「ありがとう。僕も気に入ってるんだ」


 そんな会話が耳に入り、反射的に四畳の手元に視線を落とす。確かに綺麗な色だ。薄すぎず、濃すぎない。桜のような色、と言えばその美しさは伝わるだろうか。写真に収めたい逸品とはまさにあの刀の為にある言葉のように思える。


「やるからには本気で来いよ」


「もちろん」


「それじゃあ、行くよ。模擬試合、始め!」


 蓮の合図と共に圭地は大きく地面を蹴り、四畳との距離を詰めにかかる。一見隙だらけの動きに見えるが、いつでも防御出来るよう刀は構えたままだ。


「あの時よりも早いね」


 当の四畳は手を大きく広げたまま、どこか嬉しそうに、されど感心した様子でそんなことを言う。随分と余裕があるように見えるが、何か考えでもあるのだろうか。


「おらっ!!!」


 そんな四畳をよそに眼下まで距離を詰めた圭地は刀を水平にし大きく横に振るった。てっきりそのまま振り上げるのかと思っていただけ、予想外の動きに少子抜けもいいところだった。


「圭地凄いでしょ!」


 隣に座っている蓮はふんっと得意気に鼻を鳴らす。


「ああ。大分強くなってるんだな」


「前までの圭地と思って見てない方がいいよ」


「そうらしいな」


 俺もいつか意識拒否のコツを掴んだら圭地と一戦交えてみるか。


「その動きは予想外だったよ」


「とっさに半歩下がるなんて、俺からすればそっちの避け方の方が予想外だ」


「はなから僕に受け止めるっていう選択肢はなかったからね。そうすると後は高くジャンプするか低く身を屈めるしかないけど、どちらの方法もとっさに出来ることではないから、一番無難な方法を取らせてもらったよ」


 俺としては屈んで避ける四畳が見たかったところだ。


「お前、強いな?」


「君ほどじゃないよ」


 互いに視線を合わせ、短く笑い合う。


「お前とはいい戦いが出来そうだ!」


「そう言ってくれて嬉しいよ」


 一度距離を取り、二人は再び構える。


「行くぞ!」


「いつでもいいよ」


 少し冷たい風が頬を撫でフィールドの間を駆け抜けていく。風の音が止むと同時に二人は地面を蹴った。


「今度はこっちから行くよ」


 四畳は強く地面を踏みしめ強烈な突きを繰り出した。目で追うにはまだ余裕がある速さだったが、その威力は凄まじいもののようで、刀を水平に刀身の腹で受け止めた圭地の表情が僅かに歪んだ。


「くっ……!重い……!」


 自分の意志とは裏腹に徐々に動かされていく体。時間を追うごとに圭地の表情は段々と険しくなって行く。


「っ……!」


 腕も限界が近くなって来たのか小刻みに震えているように見える。


「っ………う、らあ!!!」


 それでも圭地は諦めない、と言うことを誰よりも知っていた。そんな叫びと共に力任せに刀を弾く。


「あれ……?」


 まさか弾かれるとは思ってなかったのか四畳は呆気に取られた様子で、そんな呟きを零す。


「はぁ……はぁ……」


 今の一撃で大分体力を持っていかれたのか圭地は荒い息遣いで四畳から距離を取る。


「……おかしいな」


 小さく、ほんの蚊の羽音程度の呟きを俺は奇跡的に聞き逃さなかった。「おかしいな」なんて、まるで自分が描いた通りにならなかったかのような口振りだ。


「……」


 圭地から視線を外した四畳は自分の手元に視線を移し、何度か握って見せた。まるで何かを確かめているかのように。


「お前……なんだ今の一撃。すげぇな!」


「……え、ああ。少し本気をね」


 興奮気味の圭地を適当にあしらいながら、四畳は「なるほど」と僅かに眉をひそめた。


「ごめんごめん。続きやろうか」


「おう!」


 そうして刀同士がぶつかる音が訓練場に響き始める。


「……」


 俺は見逃さなかった。顔を上げる直前、四畳の口元がゾッとするほど狂気的に歪んだのを。


「来ていたのか」


 そんな声が聞こえそちらに視線を移すと、ペットボトル片手に柳が立っていた。


「ああ、まあ。遅かったな」


「飲み物を買いにな。あれは誰だ?見ない顔だな」


 隣に座った柳はフィールドに視線を落としながら四畳について聞いて来る。


「凪の友達の四畳束左くんだよ」


 俺が言うよりも早く、蓮がみなまで言ってしまった。一部訂正箇所はあるものの概ね当たっているので、頷くことで肯定する。


「そうか。……あいつは本気か?」


「どうしたの急に?互いに本気だよ?」


「いや、悪い。どうにも四畳の動きに粗があるように見えてな。その癖、基礎基本は出来ているから、てっきり手を抜いているのかと思ってしまった」


 素人目には何が何だかさっぱりだが、優良な観察眼を持っているらしい柳には四畳の動きが荒っぽく見えているらしい。


「しかし、あいつ強いな」


「やっぱり柳もそう思うよね?さっきもあの圭地が力で押し負けそうになってたし。彼、強さの底が見えないよ」


 確かに四畳の動きは凄い。柳の言う通り、多少の粗や無駄はあるのかもしれないが、それを差し引いても強いと直感で分かる。

 それ以上にその動きに食らいついている圭地も凄いと思う。


「おらぁっ!!!」


「……あ」


 そんな気の抜けるような声が聞こえたかと思えば、カランと言う特有の音が辺りに響いた。


「はぁ……勝った……!」


「負けちゃった」


 ガッツポーズをし喜びを表現する圭地とは対照的に、四畳は小さく息をつき刀を拾う。


「良いところだったんだけど、あと一歩届かなかった」


 そう呟きながら四畳は刀を仕舞う。


「やっぱり君強いね」


「お前もな!判断を間違えてたら負けてたのは俺だった!また、戦おうな!」


「うん、いつでも呼んでよ」


 つい数十分前に初めましてしたとは思えないほどの距離感に圭地の凄さを実感する。


「お、もう終わりか」


 どこからともなく聞こえて来たチャイムの音に顔を上げ、席を立つ。


「俺らは片付けがあるから二人は先に戻っててくれ!」


「ああ」


 圭地に言われるまま隣に四畳を連れながら人気がなく、極めて静かな廊下を歩く。


「いやぁ、久々に刀を握ると疲れるね」


 四畳は言いながら大きく背と腕を伸ばす。ボキとかバキとか軽快な音が鳴っている。


「……手抜いてただろ」


「君の目にはそう見えた?」


 そう返されるとは思わなかった。


「少しな」


「正直言えば手は抜いてたね。それでも本気は出してたよ?十分の一くらい」


 それは実質、手を抜いていたと同義ではないだろうか。柳の言っていたことは正しかったようだ。


「真剣勝負で手を抜かれた人の気持ち考えろよ」


 俺は満足に刀を交えたことがないから分からないけど。


「ん~、だってしょうがないでしょ。手を抜いてなかったら、彼今頃死んでたよ?」


「……は?それってどういう……」


「あ、教室着いた」


 俺が聞くよりも早く四畳は扉に手をかけた。


「言ったまんまだよ。今日は楽しかった。また明日」


 そう言うと、四畳は教室の中へ入って行く。最後に何とも愉快な笑みを残して。


「遅いぞ、早く席着け」


 そんな叱責を遠くに聞きながら、俺は歩き出す。


「……」


 教室に着くまでそう距離はない。その間でも考えるのは、さっきの四畳の言葉。


「気になるな」


 あいつが本気を出したらどの程度強いのかが。


「……なんて、馬鹿らしいな」


 よもや刀を交える訳でもあるまいし。考えるだけ無駄か。


「さっさと席に着け」


 扉を開けた俺を待っていたのは、四畳の担任の言い方がいかに優しかったかが分かるくらいに攻撃的な叱責だった。


「はい……」


席に着き教科書を出す。


「オッケー!間に合った!」


 そのタイミングで扉が乱雑に開き圭地達が入って来た。


「……毎回毎回、扉を壊そうとしないとお前は満足しないのか」


「ははっ、悪い」


 悪びれる様子のない圭地に担任は大きなため息を落とす。この景色にもすっかり見慣れたな。


「早く席に着け、時間が惜しい」


「おう!」


 そうして聞こえ始めたのは黒板を滑るチョークの硬い音だけだった。

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