第42話 光と闇の虹

 戻ってきた要町のボロアパートで、俺は机の上に乗せた札束を眺めていた。


「あの野郎。報酬はいらねえって言ったのに」


 天河からの瑠璃の護衛の依頼を俺は断った。殺し以外はなんでも受け付けるとは言っていたが、闇魔法使いが公然の秘密とはいえ、四秀家の中にいるのはマズいだろう。珠緒は恐らく瑠璃を使って水原家を追い込むことを諦めていない。俺がいることで奴らにチャンスを与える必要もない。


 天河は古いドラマのように好きな額を書け、と自分名義の小切手を俺に寄こしたが、俺はゼロを一つだけ書いて投げ返してやった。これで貸し借りなし。水原家は賞金首と縁が切れるはずだった。


 要町のアパートは俺が天河に連れていかれたときと同じように内装は戻されていた。もちろん天河が壊したドアも直っていた。


 ただ一つ違っていたのは、本棚の奥に隠されていたこの札束。結束された一束は百万円のはずだから全部で一千万。普段の依頼二十回分以上になる。押しつけがましいにもほどがある。


「返しにいってもいいが、俺が近づくのもな」


 まだ俺と繋がっていると思われるのも悪いし、あの強力な結界が張られた水原家に忍び込むのは、俺の実力じゃ簡単にはいかない。


「とりあえず手をつけずに返す方法を考えるか」


 それよりもまずは次の仕事だ。そろそろ来てくれないと一日一食になってくるぞ。

 腹の音が鳴ると同時に、玄関のドアが叩かれる。チャイムを鳴らさずに二度ドアを叩き、新聞受けに百円玉を入れるのが依頼の合図だった。


 チャリンと音がして、新聞受けに硬貨が入れられる。どうやら魔法警察じゃなさそうだ。


「どうぞ」


 ドアが開く。それと同時に赤黒い小さな血の牙が俺の腕に喰らいつこうと襲いかかり、目の前で止まった。


「驚きましたか?」


 戦闘態勢をとった俺の前にドアの影から瑠璃が顔を出した。


「ボクの邪血吼穿刃じゃけつこうせんじんもなかなかうまくなったでしょう?」

「瑠璃!? なんでここに?」

「私もいるぞ。思っていたよりきれいな部屋だな。物は少ないが」


 続いてイヴも顔を出す。まだ混乱している俺を無視して、二人は勝手に俺の部屋の中をじろじろと眺め回している。


「俺の質問に答えろ。お前らが俺の隠れ家にいるって火狐にバレたら」

「まぁまぁ、落ち着け。依頼人が来たら茶の一つでも出した方がいいぞ。今回は私が入れてやろう」


 そう言ってイヴは一畳しかないキッチンで戸棚からカップを取り出して並べていく。


「この部屋の厨房は狭いな。もっと広いところにしたほうがいいぞ」

「アパートで文句言うな。ってかお前がそうやって動くと」


 俺が言い切る前にイヴの肘がシンクに並べたカップに当たる。床に落ちて割れる直前に俺がなんとかキャッチする。


「こうなるから座ってろ」

「うん。やはりダンがいないと困りますね」

「瑠璃様。そういう言い方は」


 イヴが抗議しようと部屋に走りだす。その拍子にまたイヴの手が当たってカップが落ちる。空いていたもう片方の手でキャッチする。本当に何しに来たんだ。俺の隠れ家を荒らしに来ただけか?


「もうダンが掃除をしてくれないと家の中が埃っぽい気がして。というわけで護衛と使用人の仕事を依頼しに来ました。それと、私の魔法の師匠になってほしいんです!」


「ついでみたいに言うな。俺は半人前だぞ」


「シックスさんに聞いたら、私が次元牢で使った魔法、光と闇のアルカンシェルは魔法構成がダンのものとよく似ているらしいんです。だからダンに習った方がいいって」


「師匠、俺に押しつけやがったな。あとまた変な魔法の名前つけやがって」


「それに、ダンはうちにかくまった方が良いと父も言っていました。なんでもこの間の次元牢破壊の罪で賞金額が一気に百億円に上がったそうで。今や日本一の賞金首だそうですよ」


「はぁ? 俺は入口のところしか壊してねえぞ。次元牢を壊したのは瑠璃だろ」

「でもダンが自分の責任にしていいと言っていた、と透輝が」


 確かにそう言った。罪を被るつもりだったのも嘘じゃないが、いくらなんでも賞金額が上がり過ぎだろ。シックスより高いとなれば、バカみたいに強い賞金首狩りが襲って来ることもあり得る。


 衝撃の事実にクラクラする頭を抱える俺の手を包むようにイヴが握った。


「その、なんだ。貴様がいないと最近、調子が狂うんだ。誰も貴様のことを迷惑だなんて思っていない。貴様の理屈で勝手に私を遠ざけるのは許さんぞ」

「それが魔法警察の言うことかよ」


「だから、そういうのをやめろと言っているんだ。賞金首とか闇魔法使いとかはどうでもいい。貴様が、ダンが今、どう思っているのかを答えろ。私は、ちゃんと伝えたぞ」


 イヴが握る手に力を込める。はい、という答えを聞くまで離さないという意思が伝わってくる。


 闇魔法使いでも、賞金首でも、なんでも屋でもない。

 ただのダンという一人の人間の気持ちは、ずっと前から決まっている。


「俺は、お前らみたいな家族がいたらいいな、と思ってた」

「あぁ、私もだ」


 イヴが微笑みながら短く答える。


「い、今のはもしかしてプロポーズですか!? 結婚するんですか!? ダンにはボクの師匠になってもらおうと思っていたんですが、もしかしてボク、お邪魔ですか? ふぁぁぁぁあああー!」


 甲子園のサイレンみたいな声を出しながら、瑠璃が顔を真っ赤にして頬を押さえている。


「違う! そういう意味じゃない!」

「そうだ、瑠璃様。私もそんな飛躍したことは言っていない」


 瑠璃以上に顔を真っ赤にしながらイヴは慌てて否定する。

 ここ数日、心に開いていた穴に何かがピタリとはまったような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

闇魔法使いの俺がお嬢様の厨二病コーディネーターとして逮捕された 神坂 理樹人 @rikito_kohsaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ