第41話 父親として

 瑠璃は学校へ。イヴは護衛の任務でそれについていっていた。まだ完全には魔力が回復していない俺は、使用人部屋でおとなしくベッドに寝かされている。


「そろそろ出ていかないとな」


 最低限の魔力はある。下っ端の魔法警察相手なら十分戦えそうだった。

 瑠璃を闇魔法に覚醒させた原因は他でもない俺だった。瑠璃の闇魔法に覚醒して、さらに属性覚醒までしてしまった。もう天河も俺を雇っている理由はないはずだ。


 契約時に報酬の相談はしなかったが、瑠璃を闇魔法使いにしておいて金をもらって帰るほど俺も落ちぶれてはいないつもりだ。


 まだ震える足をそっとベッドから出す。大丈夫だ、少し歩くくらいなら何とかなる。数日は繁華街の裏通りなんかに隠れていればそのうち回復してくるはずだ。


 ドアに手をかけようとする。つかもうとしたノブが逃げるように引かれ、ドアが開いた。

 バランスを崩した体が大きな手に支えられる。顔を上げるとそこには天河が立っていた。


「そろそろ逃げ出す頃だと思っていた」


「さすがに見逃しちゃくれねぇか。娘、いや元々は息子のかたきだもんな」


 戦闘態勢をとろうとするが、体がまったくいうことを聞かない。天河は何も答えず俺の体を乱暴に抱えると、さっきまで俺が寝ていたベッドに放り投げた。

 天河は手際よく俺をベッドに寝かしつけると、部屋の隅に置いてあったイスを引っ張ってきてベッドの隣に腰をかける。


「まだ寝ていろ。明日になれば魔力ももう少し回復する。君と会った要町の拠点は元に戻しておいたからそこに帰るといい」

「何の冗談だ? 俺はお前の子どもを、瑠璃を闇魔法使いにした。言い訳しねえ。殺したいならそうすればいい。もちろん抵抗はするが」


 俺はそう言って自嘲気味に笑った。


 不意打ちで冥姫刹月華トランプル・オブ・ペルセポネーをぶつけてようやく何とかなるかもしれない相手に今のボロボロの俺が何かできるはずもない。はっきり言って威勢だけだった。


「私は、復讐を思い留まってからは、君に瑠璃を預けるつもりだった。押しつけるといった方が正しいか」


 天河はサングラスを外す。初めて見るその顔は思っていたよりも優しかった。


「瑠璃に闇魔法の覚醒の兆候が出た時、私はいっそのこと瑠璃を殺してしまおうと思った。あの子は誘拐された日に死んだと思うことにして」


「それが親の言葉かよ」


「四秀家は力が均衡しているだけで協定を組んでいるわけでもない。家から闇魔法使いが出たとなれば、火狐や土御門はそれにつけこんで失脚させようと動くことは間違いなかった」


 天河の言っていることはもっともだった。事実、珠緒は瑠璃を捕まえて水原家を蹴落とそうとしていた。


「だが、私にはできなかった。血を分けた子を手にかけるほど私も非情ではない。だから、最初は魔法を封じるつもりだった。君を目の前で殺し、闇魔法使いの運命はこうだ、と見せつけて。

 だが、君は私の思っていたような魔法使いではなかった。もっと悪人だったら簡単に殺せたのにな。だから君に瑠璃を預けようと思った。死んだことにして闇魔法使いの世界で生きていってくれればそれで十分だと思っていた」


「俺がそれを引き受ける保障なんてどこにもないのに、か」

「誘拐された子どもを助けるために、仲間を裏切る奴だ。少しは信頼できる」


 天河は俺の顔を見てニヤリと笑う。いつも仏頂面ぶっちょうづらで眉一つ動かさない男が目尻にしわを作っている。


「捕らえた闇魔法使いたちに片っ端から聞いて、再誕リヴァースという魔法を使う男、ダンという闇魔法使いの名前を聞いた。瑠璃が誘拐された後に言っていたリバースのヒーロー、という言葉に似ていただけだ」


「待て。俺は面倒な奴の記憶は消していた。なぜ俺の魔法がわかった?」


「君はやはり闇魔法使いには向いていないな。依頼を完遂した相手の記憶は消していなかっただろう。闇魔法使いというのは、自分の危機が迫ればビジネス相手くらい簡単に売る。闇魔法使いはそんな奴らばかりだ」


 天河はついに声を漏らして笑った。なんだか俺がバカにされているような気分だった。


「私は君に瑠璃の演出を依頼し、瑠璃の覚醒を起こさせた。それを理由につけて君に瑠璃を連れていってもらう計画だった。だが、いざ別れるとなると言い出せなかった。君は私が何も言わずとも瑠璃を守ってくれた。父親として、感謝する」


 そう言って、天河は背筋を伸ばしたまま俺に向かって頭を下げた。


 なんでも屋としてどんなキツい依頼をこなしてもここまで感謝されたことはない。結局、俺の依頼人たちは俺をうまく利用していたに過ぎない。誰かの役に立つ、というのは感謝されるほどの価値がなければならないのかもしれない。


「次元牢から出してもらった分でチャラだ。おまけで瑠璃を闇魔法使いにしちまったことも許してくれると助かる」


「あぁ。それでいい。そこで、いい腕のなんでも屋にまた依頼したいことがある。これからも瑠璃の護衛を頼みたい。演出はもういらないが、瑠璃は君を気に入っているしな」


 天河は俺に右手を差し出す。契約が握手とは意外に子どもっぽいところがある。俺はゆっくりと右手をあげ、まず照れくさくてかゆくなった顔をかいた。

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