第40話 冥姫刹月華

「―—ひざまずけ、堕聖女だせいじょの審判」


 京都では直前で止められてしまった俺の完全オリジナル魔法。


冥姫刹月華トランプル・オブ・ペルセポネー!」


 何の飾り気もない黒い闇の球体がどんどんと大きくなっていく。天井いっぱいに広がって、イヴのエイジスシルトにぶつかって打ち消されはじめる。


「なんと無粋な魔法か」

「シンプルでわかりやすいだろ?」


 高密度、超重量、超巨大な闇の球を位置エネルギーに任せて投げ落とす。ただそれだけの技。シックスの大量の死霊リッチを相手にしたときに一瞬で殲滅せんめつさせることを想定して編み出した力任せの頭の悪い魔法。

 だが、単純かつ威力を物理に頼る関係上、魔法使いの対抗手段は限られる。


「じゃあな」


 別れの言葉とともに闇の球を離す。俺の魔力がすべて詰まった球体が地球の重力に引かれて珠緒の頭上に落ちる。


「うわぁー! 逃げろー!」


 ドアや窓から魔法警察が逃げ出していく。地面を沈ませるほどの重量に支えを失った建物が崩れ始める。


「待て待て待て。私のエイジスシルトは魔法以外は防げないんだ!」

「嘘だろ!? 絶対防御の魔法障壁じゃねえのかよ!」

「そんなこと一回も言ったことないだろ。勝手に決めつけるな!」


 イヴが瑠璃と透輝を守ってもらえれば、他の奴らは自分で何とかすると思っていた。


 崩れ落ちてくる瓦礫がれきを透輝が魔法で撃ち返すが、間に合いそうにない。俺もたった今すべての魔力を使い切ったところだ。誰も助けてくれないなら地面に叩きつけられるだけ。


「——輝け、天地の架橋かけはし


 降り注ぐ残骸ざんがいを見あげていた瑠璃がぼんやりとしたまま言った。

 俺が聞いたことのない詠唱だ。視線は焦点が合っていない。胸の前で交差させていた両腕を空に花びらをかけるように伸ばす。そこから白にも黒にも見える閃光が弧を描くように幾重いくえにも走った。


 触れたものが光になって消えていく。珠緒を押し潰していた俺の闇の球さえも雪だるまが溶けていくようになくなっていく。

 聖魔法で保護されているはずの次元牢の空間さえ破壊され、自壊が始まっていた。


「瑠璃、それって闇魔法じゃないよね?」


 透輝の問いに瑠璃は答えない。


「属性覚醒だ。でもこんな属性覚醒なんて見たことがないぞ」

「闇魔法が光を生み出すなんてあり得るのか?」


 瑠璃は答えない。何本もの虹のようにかかっていた魔法が消えると同時に瑠璃はぐったりとしてその場に倒れる。


「おい、しっかりしろ!」


 頬を叩く。息はある。どうやら魔力を使い果たしてしまっただけのようだ。


「ぐぬぬ、わらわの次元牢が。ひっ捕らえろ! 罪状はいくらでもあるぞ!」


 地面から這い出してきた珠緒が叫ぶ。しかしその声に動ける警察は一人もいなかった。


「もう全員逃げたよ。今日はなかったことにしようぜ」


 俺が疲れた声で停戦を進言すると、意外にもそれに応じたのは涼春だった。


「よいでしょう。お嬢さんは一度も私たちを攻撃しなかった。つたなくも魔法を使うのは他人を守るときだけ。しかもこの覚醒は新しい闇魔法を使うようだ。今殺すのは合理的ではない、ということにしておきましょう」


「何を言っている!? 目の前にいる犯罪者を見逃すのか?」

「水原家の理屈を借りるなら、恩義を返すのが道理といったところでしょうか。あなたも水原のお嬢さんに助けられなければ生きていたかどうか」

「そんなわけなかろう! わらわ一人で簡単に抜け出せたわ!」


 まだ言い返す元気のある珠緒を見下ろすように扇子の向こうにある涼春の目に力がこもる。


「それよりも我々にも秘密裏に莫大な予算を計上して作ったこの次元牢。壊されてしまった監督責任と隠蔽いんぺいの数々。あなたには清算していただかなければならないことが多すぎますのでね」


「くっそー。小童ども。次はこうはいかぬからな。首を洗って待っていろー!」


 子狐のように首根っこを捕まれた珠緒は涼春に連れられて去っていく。残ったのは瓦礫の山とぐっすりと眠る瑠璃。そして安堵のため息を漏らした俺たちだった。


 瓦礫の上に倒れ込む。すると、俺の隣にイヴが同じように寝ころんだ。


「とんだ修学旅行になったな」

「まぁ、私たちらしくてよいだろう」


 まともな人生を歩んでこなかった奴が二人揃って学生の真似をしても、待っているのはこんなもんってことだ。


 倒れたまま目を開けると、天井が崩れて青空が視界いっぱいに広がっていた。日差しが暖かい。太陽の下で眠るってのはこんなに気持ちがいいものだったのかと思う。世界の闇の部分に住むしかなかった俺にとって、この瞬間は眩しくて新鮮だった。


「それじゃ、そろそろ帰りましょ。送っていってあげるわ」


 空を見上げて、顔を緩ませていた俺の顔を覗き込むように、シックスが太陽の光を遮る。ひどく疲れている俺の体はすぐには起き上がりそうにない。何も言わず、俺の体をひょいと抱き上げた。


「昔はあんなに軽かったのに、大きくなったわね」

「親戚のおばさんみたいなこと言うな」

「だから、私はあなたのママだって言ってるじゃない」


 シックスの言葉にイヴがバネが跳ねるように起き上がる。


「な、何!? 貴様、両親は炎の魔法使いって言っていなかったか? それとも、そういうプレイか!」

「違う! こいつが勝手に言ってるだけだ!」


 シックスの転移魔法で水原家に送られ、ベッドで休んでいる間もイヴの追及は終わらなかった。

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