第22話 汚れすぎた聖母

「オマエノチカラヲミセテミロー」


 棒読みで何か言っている。あれで暴漢のつもりなんだろうか。誰が見ても魔法警察だった。独特の威圧感がまったく隠せていない。瑠璃はもちろん、身辺調査でただの一般人だとわかっているくるみさえも警戒している。


「なんですか? ボクたちは何も知りません」

「いや、そんな難しいことでは」


「それなら交番にでも行って聞いてはどうですか? 近くまで案内しますよ」

「いや、聞きたいのはあなたについての話で……」


 瑠璃はくるみをその小さな背中にかばうように警察の男に立ち向かう。

 瑠璃が闇魔法に覚醒しているか、実際に使わせてみればわかるってことか。魔法警察としてではなく、私人としてやれば許されるってものじゃないぞ。


「いつもみたいにさっさと闇の力を使ってくれれば楽なんだが」

「出るか? あの程度を蹴散らすくらいわけないぞ」

「お前は面が割れてるからな。まだ明確に瑠璃の味方だと思われたくない」


 魔法警察のイヴが瑠璃を守っているとなれば情報が遮断される恐れがある。あくまで二重スパイとして動かしたい。


 かといって俺が間に入れば瑠璃の目の前で闇魔法を使うことになる。そうなれば魔法警察にバレるうえに、瑠璃にも今までの闇の力が俺の演出だったとバレてしまう。


「しかし、瑠璃様にケガでもされたら」

「わかってる。なんか変装でもできないか?」

「そんな用意はしていない。先に言っておけ!」


 瑠璃がぐっと右手を握る。魔法警察に緊張の色が走る。俺は準備を整えるために息を吸った。

 瑠璃が詠唱のために口を開く。ほとんど同時に夕焼けの赤い空から落ちてくるはずもない墓石が落ちてきた。


「あら、最近の警察は子どもを脅すのが仕事なのかしら?」


 ふわりとマントをひるがえして、空から血のように真っ赤な髪の女が落ちてくる。微笑みを浮かべたまま、墓石の一つに座った。


 大きな三角帽子、幾何学きかがく模様の入った黒いマント、無駄に胸の谷間を強調した黒のドレス。

 俺は頭を抱えたいのを必死に堪えてことの成り行きを見守っている。


「何者だ!?︎ いや、お前は!」

「何人か見ているみたいだけど、どうせならまとめてお相手してあげてもいいわよ」

「くっ、撤収だ!」


 警察の男が声を上げると、隠れていた警察の仲間たちがバラバラと飛び出して逃げていく。その背中を見送ると、その魔女は俺たちの隠れている先を寸分の狂いなく指差した。


「ほら、アンタたちも出てきなさい。おねーさん怒っちゃうわよ」


 イヴが懐から愛用の軍用ナイフを取り出す。それを俺は無言のまま手で制した。


「俺たちは水原家の護衛だ。瑠璃に手を出さないなら戦うつもりはない」

「瑠璃様に触れたらただではおかない。貴様、今すぐそこを離れろ!」


 イヴは番犬のように唸りを上げている。魔女は全然動じないどころか、音もなく近づいてきてイヴの頰をゆっくりと指でなぞった。


「な、何をする?」

「可愛いじゃない。そっちの瑠璃ちゃんもいいけど、こっちもおいしそうねぇ」


「おいしくない! 私を食べてもおいしくないぞ!」

「こいつ、十七歳だぞ」

「あ、そうなの。じゃあいいわ」


 俺の言葉を聞くと、魔女はすっと冷静な顔を戻ると、固まって動かないイヴに触れていた指をマントの裾で拭った。


「何しにきた、シックス」

「あら、私はいつも可愛い女の子の味方よ?」

「赤髪、墓石、シックス。まさか⁉︎」


 固まっていたイヴが再起動した頭をフル回転させる。出てきた答えに一瞬言葉を失った。赤髪の魔女シックスは、私も有名人ね、と嬉しそうに微笑んだ。


禁忌きんき死霊魔術師ネクロマンサー、汚れすぎた聖母ヴィエルジュ、シックス・ムクロ!」


 闇魔法使いの中でも特に凶悪な犯罪や強力な魔法を持つものにかけられる懸賞金と二つ名。まとめて賞金首と言われていても中身はピンキリ。俺なんかは懸賞金百万円と賞金首としては最低クラスだ。


 それに対してこの魔女の首には、十億円の価値がある。


 死んだ人間にもう一度命を吹き込んで使役する禁忌、死霊魔法ネクロマンシーを操り、襲ってくる者は容赦なく殺す。重ねた罪状の数は大学ノート百冊使っても書ききれない。


「そういうこと。あなたも襲われたくなかったらこの二人を連れて帰りなさい。でないと食べちゃうわよ、がおー」


「瑠璃様! 夢野様! 私がお守りゅしましゅから早く逃げてください! 早きゅ! ダンもだ!」


 ホントに面白いくらいうろたえる奴だ。焦って口が回っていない。がおー、なんて本気で襲いかかる奴が言うわけないだろ。


「先に帰っててくれ、こっちは俺が話をつけておくから」

「そいつは賞金首の中でもトップクラスのバケモノだ! 貴様みたいなへなちょこ闇魔法使いに敵う相手じゃない」

「うるさいわよ、ロリババア。見逃してあげるって言ってるんだから早く消えなさい」


 低い声でシックスがすごむと、イヴはきゅぅ、とだけ声を漏らしてまた固まってしまった。

 瑠璃が何も言わず俺を見つめている。その頭を優しく撫でてやる。


「俺は大丈夫だ。先に帰っててくれ」

「はい、もしよければ今度、さっき見せていただけた手品のトリックを教えてくださいね」


 そう言って瑠璃はシックスが落とした墓石をキラキラとした目をしたまま指差した。


「瑠璃ちゃんも私に弟子入りしたいの?」

「手品の弟子にしてくれるんですか?」

「話がややこしくなるからやめろ! 瑠璃もイヴを早く連れて帰って看病してやれ」


 これ以上瑠璃が話を広げないうちに追い帰す。残ったシックスに向き直ると、俺は距離をとりつつ戦う構えをとった。

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