ダンと墓守の魔女

第21話 水原瑠璃は闇の力の使い手である

 少し遅れて透輝の部屋に戻ると、瑠璃のテンションは変わらないまま、透輝に詰め寄っているところだった。


「なんのお話だったんですか? ボクに秘密にしていることがあるんですね。二人はもしかしてもうお付き合いしていたり? 一目惚れ! 運命の赤い糸ですか!?」


「ち、違うから。いったん落ち着こう。ほら、瑠璃の好きなジュースとお菓子持ってきてあげるからさ」


「そうでした! せっかく透輝の家に来たのに珍しいお菓子を食べずに帰るわけにはいきませんね!」


 ようやく話を逸らすことに成功した透輝はようやくホッとしてイスに座る。


「じゃあ使用人は食堂でお菓子をもらってきてくれるかな?」

「おい、一応今日は客の立場なんだが」

「いいから早く行ってきて!」


 透輝に強引に部屋から追い出される。ここで何の策もなく俺をフリーにしたっていうことは調べても何も出てこないってことを案に伝えているんだろうな。


「っていうか食堂どこだよ。俺は今日初めて来たんだぞ」


 おとなしく知らない邸宅の中を彷徨さまよって、搬入のことを考えて一階に向かうと、予想通り食堂を見つけた。見たことのない色のケーキとジュースを受け取って戻ると、瑠璃の話題は一周して戻ってきていた。


「それで、透輝はダンとどんなことをしたんですか?」

「だから何もしてないって」


 二人の目の前にもらってきたお菓子を並べてやるが、話に夢中で手を付ける様子がない。


「こうして見ているとただのガキなんだがな」


 二人には俺の声は届いていない。ただ誰が好きだとか恋人とはどんなものなのかとか子どもらしいかわいらしい話題を繰り返している。


 だが、魔法界では瑠璃はすでに犯罪者の汚名を被る立場にあり、透輝は将来は四秀家の当主として、闇魔法使いを取り締まる立場になるだろう。


 この何でもない時間は、必ず失われることになる。それに瑠璃だけが気付いていない。その先を知っている俺にとって、この時間は真綿で首を絞められるような気分だった。


「わかりました! ダンにはこの部屋から出ていってもらいますから。そうしたら教えてもらえますか?」

「いや、だからウソなんて言ってないよ。瑠璃が勘違いしてるだけ」


 同じ話を飽きずにいつまでも続くこの時間は退屈だが、大切だ。俺は瑠璃が満足するまで、部屋の隅で二人のやり取りを見つめていた。


※ ※ ※


 透輝の言っていた通り、風祭家の統制ができていないというのは本当らしい。瑠璃の登下校には魔法警察らしきスーツを見るようになった。まだ当主のお墨付きが得られないせいか、直接接触してくる奴は出ていない。


 ただ以前より明らかにマークはきつくなっている。学校についてからも離れることなく中を観察する方法を探している。


「教育関係は水原家の領域だ。天河様が圧力をかけて学校には入らせていない。学校にいる間は瑠璃様も安全だろう」

「どうだかな。向こうは相手が闇魔法使いという免罪符に賭けて強硬策に出るかもしれない」


「そうならないためにごまかすと言っていたが、本当にできるのか?」

「瑠璃の残り香さえ魔法警察につかませなければ本人に問い詰める以外に方法はない」


 瑠璃本人は自分が闇魔法使いだと思っていない。魔法警察がどんなに問い詰めようが、たとえ催眠魔法をかけられようが、自白剤を飲ませようが瑠璃は自分が闇魔法使いだと認めない。瑠璃が魔法を使えば俺が外から上書きする。証拠はどこにも出てこない。


「こらーっ! 廊下は走らないでください。おしおきしますよ!」


 そう言っている間にも瑠璃はいつものように風紀委員として校則違反を注意している。最近は闇の力に自信を持ってきたせいで、すぐに魔法を使おうとするから困っている。


「——喰らえ、煉獄の業炎。闇獄烈火惨あんごくれっかざん!」


 瑠璃は詠唱から魔法までの流れを理解して自然と行っている。魔法の覚醒は遅かったが、センスは高い。普通なら詠唱のいらない基礎魔法や障壁魔法を習得する。その後、詠唱の必要な上位魔法を学び、優秀な魔法使いは自分で研究を重ねてオリジナル魔法を作り始める。


 だが、瑠璃が使っているのは俺のオリジナル魔法。それも教えたわけじゃなく、見よう見まねで自分の周囲に何度も起こった魔法を無意識のうちにトレースしたのだ。階段を三段飛ばしで登るスピードで成長している。


 とはいえ、まだ完全にモノにしたわけじゃない。俺の魔法は多人数に襲われた時を想定して考えてある。この魔法も十人ほどに囲まれたときに相手を焼き尽くして活路を開くために作ったものだ。


 今の瑠璃の火力ではせいぜい一人を軽くヤケドさせるのが限界だろう。


 まだ俺の演出家としての仕事は終わっていない。本物の闇魔法で瑠璃の魔法を包み込んでその残り香ごと上書きする。ついでに周囲に被害が出ないように魔法を調整。瑠璃が魔法で誰かを傷つけなければ、警察も手出しはできない。完璧だ。


「これで魔法警察も手出しはできねえだろ。外でイライラしてるバカの顔でも見てくるか?」

「やめろ。刺激するな」


 魔法にビビった生徒が背筋を伸ばしてゆっくりと廊下を歩いて逃げていく。瑠璃はというと、不発続きだった闇の力が戻ってきて満足そうに頷いていた。


 以前は瑠璃を覚醒させたくなかったこともあって、演出方法には頭を悩ませていたが、今はそんなことは関係なくなった。派手に魔法を使ってももう覚醒してしまった瑠璃には関係ない。


 それからも注意という名目で闇の力を大いに振るいまくり、下校時間になる頃には瑠璃の機嫌は最高潮だった。


「瑠璃ちゃん、今日はご機嫌だね」

「はい。くるみが見ていた通り、ボクの闇の力が日に日に強くなっているのです」

「へぇ、それはよかったねえ」


 くるみは相変わらず適当な相槌を打っているが瑠璃のトークは止まらない。瑠璃は右目を手で覆いながら決めポーズの案にくるみの意見を求めている。

 その二人の前に大きな体の男が一人、ぬるりと角から現れた。

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