第20話 殺意と恋のドキドキは別物
部屋の中をゆっくりと見回す。だだっ広い部屋の中で、最初に目に留まったのは本棚の中段に飾られた写真立てだった。幼い瑠璃と透輝、そして琥珀が三人で仲良く写っている。
瑠璃は今の見た目のまま小さくしたような感じだが、琥珀は何か右手で左目を隠すようなポーズをとっていて、どうやら透輝の言っていた通り、厨二病の初期症状がうかがえる。
そして透輝は髪を長く伸ばして、今のあいつならつけなさそうなピンクの髪留めをつけていた。
「この髪留め、忘れ物のやつと同じだな」
「あぁ、そうですね。たぶんこの写真はボクが小学校に上がったくらいの時だったと思います。この後透輝はサッカーを始めて髪も切っちゃったんですよ」
「この髪留めはその頃からずっとしていたのか?」
「はい、ボクが縁日の景品でもらったものをプレゼントしたんです。それからずっと大切に使ってくれて。髪を留めなくなっても持っていてくれたんですね」
瑠璃は少し嬉しそうに写真の中の透輝を見つめた。これは瑠璃からのプレゼントだったのか。使わないのに、なんでポケットの奥に保護魔法なんてかけてまで持っていたんだ?
昔から持っているということは特に今の瑠璃には関係ないだろう。ここに潜入するのに使えただけでも十分役割は果たしてくれた。
他に魔法警察との繋がりを聞き出せそうなものはないかと部屋を眺める。女性の部屋というものはほとんど入ったことがないが、ぬいぐるみとか洋服が山のようにあるイメージだった。透輝の部屋はトロフィーとか賞状とかスポーツ選手のポスターが張ってあるのが目立ちすぎて探すのに集中できない。
まぁ俺が入ったことのある女性の部屋は、ほとんど物がない瑠璃の部屋と怪しげな薬や魔術書や死体が並んでいるあの部屋しかサンプルがないからな。
なんとかいい手がかりはないかと思っていると、外から慌ただしい足音が聞こえてくる。
「瑠璃、ごめん! 急に琥珀がスマホ買い替えるとか言い出してさ!」
透輝が勢いよくドアをぶち開けながら入ってくる。どいつもこいつも落ち着きがないな、とため息をつこうとすると、ドアの方から俺の数倍の大きなため息が聞こえてきた。
「なんでお前がいる?」
わざとらしくうなだれて、俺に抗議の視線を送ってくる。
「ダンがこの間のパーティで忘れ物を見つけていたんです。それを今日は届けに来たんですよ」
「忘れ物?」
「あぁ、これだ」
俺は持ってきた髪留めを見せる。その瞬間に透輝はすべてを理解したようにはっと表情を変えて、俺にしか見えないように鋭い目でにらみつけてくる。
「ここは風祭家の本家。こんなことして無事に帰れると思ってるのかい?」
「そんな怖い顔するなよ。瑠璃の前だぞ」
「……手癖の悪い闇魔法使いが」
瑠璃に聞こえないように透輝は小さな声で呟く。俺の手から髪留めを奪うように取ると、大切そうに胸ポケットに入れた。
「二人でコソコソと内緒の話ですか? いつの間に二人は仲良くなったんです?」
「別に仲良くなんてないよ」
「あぁ。パーティの日に少し話をしたくらいだ」
ふーん、と返事をしながらも、瑠璃の視線は俺と透輝を行ったり来たりしている。何を疑っているのかと思っていると、瑠璃はとんでもないことを言い出した。
「透輝は兄とダンのどっちが本命なんですか?」
「何言ってるんだい? 私は本命とかそういう相手だとは」
「だってずっと兄と仲良くしているじゃないですか。だから透輝は兄のことが好きなんだと思っていたんです。でも会ったばかりのダンとそんなに仲良くなっているなんて。ボクにはもう透輝の気持ちがわかりません」
「いや、ホントに全然的外れなんだけど」
瑠璃は立ち上がって透輝に迫っていく。俺に向かって殺意を剥き出しにしていた透輝が瑠璃の圧に押されて後ずさりする様はなかなか面白い。
「ちょっと来て!」
笑いを堪えながら二人の様子を見ていると、透輝に耳を引っ張られる。魔力を込めた指が俺の耳をしっかりとホールドして離れる気配がない。
「痛え、わかったから離せ! 瑠璃も見てないでなんとか言ってくれ」
「はわわわぁー」
瑠璃は俺たちのやりとりを見て、言葉にならない声をあげながら頬を赤らめている。そんな乙女っぽい反応はいいから、風紀委員らしく暴力行為として取り締まってくれ。
俺の思いはまったく瑠璃に伝わらず、部屋の外まで連れ出された。ドアをしっかり閉めて部屋の前から離れると、低くなった声で透輝が聞く。
「一体何しに来たんだ?」
「お前が俺のことを漏らしていないか確認しにきた」
「バラさないって言っただろう。それが嫌なら情けなんてかけずに殺しておけばよかったんだ」
「お前は本当に闇魔法使いよりも物騒だな」
透輝はまだ俺の耳から指を離さない。今にも引きちぎるんじゃないかと思えるほどに力が入っている。
「バラしてないなら風祭家の動きを教えろ。瑠璃の覚醒は目の前で見ただろ」
「当主の父はまだ様子見ということで判断を先延ばしにしている。でもあれだけはっきりした魔法でたくさんの人が見ていたから、独自に調査しようとしている親戚はいるみたいだね」
「できる限り時間を稼ぎたい。瑠璃はまだ自分が闇魔法に覚醒したと思ってないんだ」
「え?」
透輝はキョトンとして俺の顔を見つめる。気持ちはわかる。
「まぁ、瑠璃は大切なことに気付かない大物の気質があるから」
「それはフォローじゃなくてトドメだぞ」
俺のツッコミは無視して、透輝は首を振って冷静さを取り戻す。軽く咳払いをしただけで切れ長の目が殺意を帯びて光る。
普段のイケメン風の言動と二重人格なんじゃないかと錯覚する。
「なんでもいいけど、協力はしない。瑠璃は守ってもお前を助けてやる義理なんてない。ただ魔法警察に通報なんてしない。やっと見つけた獲物なんだ。お前の首を切り落とすのは、私だ」
言いたいことだけ言うと、俺の声はもう届かなくなったようだった。まだいろいろとこっちは聞き足りないのに、透輝は一人でさっさと自分の部屋へと戻っていく。俺だけ戻らなかったら不自然なんてもんじゃない。
遅れないように透輝の背中を追いかけて、俺は透輝の部屋へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます