第19話 透輝の部屋

 放課後、先日のパーティでの忘れ物を透輝に届けると瑠璃に話すと、予想通り瑠璃も一緒に行くと言い出した。


「ダンは透輝の家の場所を知りませんよね? 迷える眷属を導くのもマスターたるボクの務めです。案内しましょう」

「悪いな。本当は俺がやるべきことなんだが」


「ご心配なく。それに風祭家は世界中のスポーツに日本チームを派遣しているので、見たことのないお菓子をたくさん持っているんです。ささ、早く行きましょう!」


 瑠璃は早く早く、と俺の手を引っ張りながら、普段とは違う道へと入っていく。周囲に怪しい人影はない。少なくとも透輝がもう魔法警察にバラしたってことはなさそうだ。


 瑠璃の口振りで風祭家は近くにあるものだと勝手に思っていたのだが、電車を使って新宿まで来ることになってしまった。転移魔法も移動強化の魔法も使えない俺にとっては科学が生み出した輸送手段の方が役に立つ。


「放課後にこうして寄り道をしていると悪に堕ちたようで落ち着きませんね」

「別にこのくらい普通だろ。池袋だって学生服の奴らがたくさんいるぞ」

「下校中の買い食いや娯楽施設への入場は禁止されていますから。ダンの学校にはそういうものはなかったのですか?」


 そう聞かれると、俺は答えに困ってしまう。俺が学校というものに通っていたのは闇魔法に覚醒する小学五年生の頃までだ。それ以降は学校というものにまったく縁がない。基本的な学問の知識もほとんど独学で身に着けた。


「そうだな。ときどきは寄り道することもあった」

「ときどき、ですか。それならボクは生まれて初めての経験なので、セーフということにしましょう。透輝のためという理由もありますし。あ、見えてきました」


 風祭の邸宅は水原家とはまた雰囲気の違う大きな威圧感をもって目の前に現れた。新宿の一等地に建っているとは思えない巨大な庭にはナイター用のライトが立っているのがいくつか見える。


 風祭家は表社会ではスポーツ分野に特に影響力があり、オリンピック選手の育成や国際大会のプロモーターとして活躍している。その影響かは知らないが、敷地内にグラウンドやトラックがあるのはさすがにやりすぎだと思うのだが。


「こんにちは。水原の瑠璃です。透輝はいらっしゃいますか?」


 インターホンに瑠璃が語りかけると、さすがに幼馴染らしくすぐに使用人が迎えに出てきた。


「申し訳ありません。透輝様はまだお戻りになっておりません」

「ふむ、そうですか。ボクも学校から直接来たので連絡していませんでしたから」


 模範生の瑠璃は持ち込み禁止のスマホを学校には持ってこない。だから放課後になって忘れ物を届けると言ったのだ。これも俺の計画通りだった。


「帰ってくるまで待たせてもらうことはできますか?」

「もちろん。瑠璃様でしたらお部屋にお通しして構わないとことづかっておりますので」

「それじゃ、俺は外で待っておくことにするよ」


 完璧だ。後はこの広い庭の適当なところで雲隠れして、中の様子を探らせてもらう。風祭家がどの程度情報をつかんでいるのか知らないことには次の動きがわからないからな。


 一礼してきびすを返そうとした瞬間、俺の服の裾を瑠璃が引っ張った。


「ダンも一緒でもいいですか? 元々忘れ物はダンが気付いたものなのです。透輝の性格ならきっとお礼を言いたいと思うので」

「瑠璃様がご一緒でしたら大丈夫かと思いますが」


「いや、使用人の俺が入るのはマズいんじゃないか?」

「大丈夫です。ボクがきっちりと説明してあげますから」


 昨日のキレた後の印象がそのまま残っている。透輝なら感謝どころか怒りに任せて首を切り落としに来るイメージしかわかないんだが。俺が小さく首を振って拒否の意思を示したのに、まったく気づかない様子で、瑠璃は俺の服をつかんだまま、ロビーに向かって進んでいった。


 風祭家の中は特別豪華に飾り立てているでもないが、とにかくひとつひとつが大きい。天井は遥か高くまで届いているし、廊下も五人は並んで歩けそうだ。通された透輝の部屋も小学生ならドッジボールで遊ぶくらいわけない広さで、部屋の中央に置かれた四人掛けのテーブルセットがおままごとのおもちゃと錯覚するほどだった。


「ここに来るのも久しぶりですね。ここは座っても大丈夫ですよ」

「いや、俺は別にいい」


 予想外に透輝の部屋に通されてしまった。周囲を軽く感知魔法で調べてみたが、風祭家の敷地内ということで気が抜けているのか、結界や認識阻害魔法がかかっているということもないようだ。単純に年頃の娘に不信感を抱かれたくないというだけかもしれないが。


 それならこの部屋をしっかりと調べたいんだが、瑠璃がいる以上、大っぴらに探すわけにもいかない。


「そういえば、透輝とは幼馴染だったな。昔からあんな感じなのか?」

「そうですねぇ。昔はもう少し女の子っぽい感じだったんですが、中学くらいから男勝りになった気がします。兄と仲が良くて、サッカーを続けていたからかもしれませんが」


 中学くらい、というと高校三年生の透輝から逆算して六年前。俺の残り香に気付いた時と符合ふごうする。


「きっと透輝は兄のことを想ってくれていると思うんですが、そういうことはボクには教えてくれないんですよね。あ、ボクが言ったってことは透輝には内緒にしてください」


 たぶんあいつの頭の中は俺を殺すことしか入ってないぞ。闇魔法使いになったことを逆恨みして復讐のために生きている奴は何人か見てきた。透輝からはそれに似たものを感じる。


 おそらく透輝は誰が瑠璃を覚醒させたか知っている。そしてそれは俺を恨むことに関連しているんだろう。


 俺を恨む理由が何なのかわかれば、もしかすると瑠璃を闇魔法に覚醒させた奴にも近づけるかもしれないと思った。

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