過去の過ち
第15話 再誕の魔法使いを知る者
瑠璃の覚醒をごまかしながら演出を続けるには、闇魔法使いとしての俺の存在がバレちゃいけない。
そのためにこの間の誘拐事件の手柄を折半してやると条件を付けて、仕事を全部イヴに押しつけて丸一日時間を作った。まずはこの町の近くにある拠点を潰す。
賞金首として追われている俺は隠れ家として拠点をいくつか持っている。バレてしまったものは魔力の残り香を回収されないように処理しているから、天河が漏らしていない限り誰も俺の拠点は知らないはずだ。
それでも万が一を考えると、俺がこの近くにいることがバレる可能性は潰しておいて損はない。
「それにしてもイヴも天河も俺が外に出るのをあっさり許したな」
俺が逃げ出すなんてことはまったく考えていないという感じだった。天河に至っては瑠璃が覚醒したというのに、演出の仕事を続けると言ったら、好きにしろ、と一言しか返さなかったほどだ。
瑠璃が闇魔法使いに覚醒する兆候は間違いなく今までもあったはずだ。それならば天河は瑠璃の覚醒も予測していたはずだ。あいつはいったい何を考えているんだ?
最後に拠点にしていたアパートに向かうと、天河が壊したドアは修理され、中はすっかり片付けられていた。どうやら天河がすでに手を回していたらしい。俺の残り香がバレると困るのはあいつも同じってわけだ。
それならまずはこの周囲の拠点を見て回ろう。どうせ必要最低限のものしか置いていないんだ。片付けるのはそれほど大変でもない。
池袋は今日も人だかりになっていて、足元に視線を落としても道がほとんど見えないほどだった。もしかすると人のめったに近寄らない場所よりこういう人で埋め尽くされた場所の方が隠れるにはちょうどいいのかもしれない。
山手線の外側へ向かい、北池袋のボロいアパートの一室に入る。ここも同じように俺の拠点になっている。中はほとんど要町のものと同じ。本棚にテーブル。違いは電子レンジがないくらいのはずだ。ここは取り壊されていないだけの廃アパートなので電気が来ていないのだ。
部屋の片付けは簡単だ。ここにあるものをすべて燃やし尽くして消してしまえばいい。もったいないと思うほどのものは置いていない。敵に利用されたら困るものは破壊してしまう。焦土作戦と同じ理屈だ。
「ん、なんだ? 今どこかから風が」
物がなくなった部屋の中に捨て忘れたものがないかを確認していると、優しい風が頬を撫でた。確か玄関のドアは閉めたはずだ。部屋に一つしかない窓は開いているが、外はほとんど無風。風なんて吹いていない。
「誰か来たのか?」
でもいったい誰が。尾行されている気配はなかった。俺の隠れ家が誰かにバレている可能性もないはず。魔法警察が俺の隠れ家にやってくるのは、依頼人を追いかけてそこに闇魔法使いがいると知ったときだけだ。
閉じているドアの向こう。一畳しかない狭いキッチンの方に誰かが入ってくる気配がする。一体誰が気付いたっていうんだ。
天河との一件もある。俺は慎重に魔力を練って臨戦態勢を整えながら、勢いよくドアを開け放った。
「やぁ。やっぱり君だったんだね」
開け放たれた先、ドアの向こう側に立っていたのは透輝だった。
「どうしてここが」
「言ったじゃないか。魔力の残り香に覚えがある、って」
透輝は当然のようにそう言った。それはつまりパーティの日、俺のことを闇魔法使いだと気付いていたことに他ならない。
「ずいぶんと上手い役者だな」
「褒めてもらえて光栄だね。でもご褒美に捕まってくれるわけじゃないんだよね」
俺の残り香を知っている人間なんてほとんどいない。それなのにすでに隠れ家すらも見つけてるってことは相当正確なサンプルを持っていることになる。
俺の前を悠々と歩いて、透輝は開けられている窓の縁に座る。
驚きを腹の中で消化しながら、微笑みをたたえている透輝を見る。
そうか、別に残り香の構成そのものは何年経っても変わらない。最近手にした事ばかりを警戒していた。もっと昔、こいつが子供の頃なら俺の残り香を手に入れるチャンスがあってもおかしくない。
※ ※ ※
もう十年ほど前になるか。俺がなんでも屋を始めたばかりの頃、子どもの誘拐を手伝ったことがあった。
俺の仕事は警察をまくための
人目につかない深夜の港の倉庫。そのうちの一つに放り込まれた少女は周囲を見回しながら体を震わせていた。
「おい、ちゃんと見張ってるな。ってなんだそれは」
「あぁ、こうしてると泣かないんだよ」
子どもを膝の上に乗せて、頭を撫でてやると少女はほっとしたように俺の体にもたれかかってきていた。
「まったくガキの子守りは任せるぞ。身代金の連絡は来たか?」
「なんかはぐらかされてる感じがすんだよ。ガキのこと心配じゃねえのかよ」
誘拐してきた子どもは見捨てられたのか。親はまったく交渉に乗ってこず、誘拐犯たちはいらだっていた。どいつもこいつも我慢が足りない。ピリピリとした雰囲気は少女に伝わっていく。
「おい、お前ら! この子が泣くだろ!」
「うるせえな。雇われのくせに偉そうな口叩くんじゃねえ!」
怒鳴り声はどんどんと派生して、誘拐犯たち全体に広がっていく。
「ちょうどいい。ガキ泣かせて声聞かせりゃ金出す気になんだろ」
いつの間にか、外の見張りまで戻ってきていた。全部で十人。狙いは俺の膝の上で怯えている子どもだ。
「そいつを渡せ!」
「断る」
「てめえは雇われだろうが! 俺らの言うこと聞けや」
怯えてしがみつく少女を片手で抱えて立ち上がる。震える体をなだめるように撫でてやると、少し落ち着いたように頬を腕に擦りつけてきた。
「契約はたった今終了だ。ちょっと頭冷やせ」
空いている右腕を振り上げる。
「―—貫け、
影がぬるりと地面へと伸びていく。わずかな月明かりが差し込んでいる港の倉庫の中でそれに気付くような奴はいない。
「
静寂に包まれた倉庫の中で、何も起こらない。
「おいおい、ハッタリか? 闇魔法使いってのも嘘じゃねえだろうな?」
誘拐犯のリーダーが凄みを効かせて歩み寄ってくる。はずが、動かない。
「おい。その腹……」
「腹?」
リーダーが両手で腹の辺りを探る。そこには漆黒の三叉槍が腹の中心をまっすぐ貫いている。
「おい、なんだこれ! さっさと消しやがれ!」
「心配するな。殺しは俺の趣味じゃない。そこで魔法警察が来るまで待ってな」
震えの止まった少女を連れて、俺は倉庫から悠々と出ていった。
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