第16話 輪廻スル白刃ノ災禍

 港から離れて、近くのコンビニでお菓子とジュースを買ってやった。買った後でスナック菓子と炭酸飲料は子どもにはキツかったかと思ったが、平気だったみたいで嬉しそうに食べている。


「それ食い終わったら親に電話しろ。番号わかるか?」


 相当腹が減っていたのか、小さく頷きながらも食べる速度は全然変わらない。口いっぱいに菓子を詰め込みながら、首から下げていたお守りのようなものを手渡す。俺がそれを見ているうちに、少女は俺の分として買ったソーセージパンを奪い取った。


「お前な、安心したと思ったらそれかよ」

「すごいね、お兄ちゃんヒーローみたい!」


 ようやく食べるのを止めたと思ったら、目をキラキラさせてそんなことを言いやがる。渡されたお守りはどうやら迷子札を兼ねているらしい。中には連絡先が書かれた紙が入っていた。


「俺はそんないいもんじゃない」


 むしろヒーローとは反対側の人間だ。言ってしまえばこいつを誘拐してきた奴らの仲間なんだから。


「まっ黒な剣が地面からグサーってなってた。あれつかいたい!」

「使ってどうする?」

「悪い人と戦うヒーローになるの。バーンって魔法使って、みーんなやっつけるの」


 目を輝かせながら語る少女に俺はいらだちを覚えていた。

 その頃の俺はようやく一人の力で生きていけるだけの力を身に着けた程度だった。


 この力のせいでまともな生活は奪われた。そんなものを欲しがる奴の気が知れない。当時はまだ俺もガキで、その子に仕返しをしてやることにした。


「なら、俺が強くなる魔法を教えてやるよ」


 少女の頭をそっと撫でる。そして、俺はゆっくりと言葉をつむぐ。


「―—赤子よ、なぜわめく。己の心がわかっておもしろいのか」


 黒い霧が立ち込め、少女の体を包んでいく。


 俺が生き残るために最初に生み出したオリジナル魔法。その人間の性を反転させ、生き方をも反転させる魔法。俺が闇魔法使いになってすべてが変わってしまったように、現代社会において、完全に分割された裏側へと落ちる魔法。


反転リバース


 黒い霧が晴れた後、そこにいた少女、いや今は少年となったは無邪気に笑っていた。


※ ※ ※


 あの時の子どもか。

 それなら俺の残り香を知っていることにも納得できる。


 その時以来、俺は反転リバースの魔法を使っていない。他人の人生を壊しても自分が闇魔法使いになった事実は変わらない。やってもむなしいだけだと気付いてしまった。


 たった一人、俺の魔法の残り香を知っている可能性のある存在。

 目の前で微笑みを浮かべている透輝に視線を戻す。そう思いながらその顔や体つきを見てみると、細くやや丸みのあるシルエットや、切れ長の目を包む長いまつ毛、毛先の整った髪にもこだわりを感じる。


 元が女だったことに心残りがあるように見えなくもない。


「お前、もしかして昔は女だった、ってことないか?」


 過去の自分の犯罪を告白するようで言葉がとぎれとぎれになる。本当に透輝があの時の子どもなら、どんな犯罪の手助けをしても謝るつもりがなかった俺が頭を下げていいと思っている。そのくらいあの日のことは後悔しているつもりだ。


「ふざけるなよ」


 背中に吹雪が吹きつけてきたような寒気が走る。さっきまでのどこか茶化すような声色から、一気に殺し屋の気配に変わる。


「私は生まれてからずっと女だぁー!」


 窓際から立ち上がったかと思うと、六畳間の真向かいにいた俺に向かって一瞬で距離を詰めて首元をつかまれた。


 そういや風祭家の娘だった。使うのは当然風魔法。突風による切断や風圧だけでなく、速度に関する魔法を操る使い手も多い。


「誰のせいで男っぽくふるまってると思ってるんだぁー!」


 透輝がつかんだ俺の体をぶん回し、窓に向かって放り投げる。さっき否定されたばかりなのに、本当に女なのかという疑問が浮かぶ。

 廃アパートの裏庭に投げ飛ばされた俺は体勢を整えて透輝に対峙する。戦いは避けられないようだ。


「ってかキャラ変わり過ぎだろ」

「風祭の一人娘って言ったら、お前なんかと求められるものが違うんだよ。少しはおしとやかな顔も作れないとねぇ」


 にたり、と不穏な顔で透輝が笑みを漏らす。こんな邪悪そうな顔は裏稼業で生きてきた俺でも早々見られるものじゃない。


「せっかく死に物狂いで身に着けた魔法も使えなきゃ意味がないのに。母は私が闇魔法使い狩りをするのを許さなかった。でもようやく、復讐するチャンスが来た。六年間、私はお前に復讐するために魔法の修業をしてきたんだ!」


 魔法か、それとも透輝から生まれているただの魔力か。周囲が歪むほどの濃い密度の魔力が渦巻いている。


「殺す、殺す、コロス!」

「物言いは物騒だが、さすがに四秀家の娘なだけはあるな」

「お前を殺すためだけに研究して、修業した魔法だ。せいぜい苦しんで、死ねぇ!」


 楽しく世間話でもしてやろうとしているのに、透輝は俺の言葉にまったく耳を貸すつもりはないらしい。


 両手を胸の前で合わせて、見ているだけでも分かるほどに両腕に力を込めている。


「―—千刃のとばりに眠れ、悪しき魂」

「そんな魔法、こんなところでぶっ放したら大変なことになるぞ」


 猛禽類もうきんるいのように鋭い目が俺に狙いを定める。今の透輝は狩りを行う獣そのものでしかない。


輪廻スル白刃ノ災禍ライオット・オービター・リィンカーネーション!」

「……相手が俺じゃなかったらな」


 聞こえていないだろう透輝にそっとつぶやく。砂塵を巻き上げ、幾千の風の刃が俺に襲いかかる。巨大魔法は周囲も巻き込み破壊の限りを尽くす、はずだった。

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