第14話 瑠璃誘拐事件

「ちょっとアタシらに付き合ってくれないかい?」

「今は授業中ですよ。放課後になったらきちんと対応しますから、今は出ていってください」


「そうは言ってもねぇ。アタシらもこれが仕事なんだ」

「そうですか。では、少し指導が必要なようですね」


 よし、いい流れだ。あとは瑠璃に合わせて俺が魔法を使い、瑠璃の闇の力ってことにすればいい。瑠璃のクラスだけならちょっとくらい暴れてもいつものことで何とかごまかせるだろう。


「——喰らえ、煉獄れんごく業炎ごうえん


 瑠璃が詠唱する。それと同時に瑠璃の体が闇の球体に飲み込まれた。


「おい、水原の娘は魔法に覚醒していないって話じゃなかったのか?」

「なんでもいい。計画通りだ」


 デカイ方の男が球体を抱える。同時にもう一人の男が窓ガラスをぶち破る。


「とっととズラかるよ!」


 リーダーの女の指示が飛ぶと同時に、割れた窓ガラスから三人が逃げ出す。瞬発力のあるいい作戦だ。


「こういう手際のいい奴なら仕事もしやすいんだがなぁ。チームがちゃんとしてると依頼してくれないんだよな」

「言っている場合か。追いかけるぞ!」


 俺とイヴが同時に飛び出す。闇魔法使いとしてはレベルが低いな。移動はただの人間の普通の足でしかない。楽に追いつける。


「しかし妙だな」

「何がだ? 言いたくないが、瑠璃様は何度かこういう誘拐未遂にあっている。もちろんいつも私が解決しているぞ。……魔法警察に通報して」


 最後に小さく聞こえたイヴの声は無視して俺は話を続ける。


「あの球体。ただの魔法で作った壁でしかない。そんなに魔力もないしたぶん瑠璃の半端な魔法でも破れるはずだ」


 瑠璃は詠唱まで始めていた。俺の真似をして闇獄烈火惨インフェルノ・ドライバーを使っていれば、もうあの球体は燃え散っているはずだ。それがさっきから一向に動く気配がない。瑠璃は中で何しているんだ?


 距離を保ったまま三人組を追いかけ、人目の少ない昼の住宅街の中にある公園に通りかかる。この辺りなら人目も少ないしちょうどいいな。


「そろそろ仕留めるぞ」

「ケガをさせるなよ。面倒だからな」

「保障はできないな」


 俺は牽制けんせいに魔法の矢を放つ。ビビって立ち止まった三人組にまとめて本命の魔法を放つ。


「——疾れ、鮮血の咆哮。邪血吼穿刃ブラッディ・ファング!」


 三つに分かれた血の牙が三人組の誘拐犯にそれぞれ噛みつく。手加減はしているが、これでもケガするなら向こうが貧弱なだけだ。


「イヴ、そっちは大丈夫か?」

「アンク!」


 転がった球体にイヴが詠唱不要の基礎魔法を放つ。単純な低威力の魔法でも、闇魔法でできた球体はバターが溶けるように消え去った。


 中から飛び出した瑠璃が俺の方へと両手を広げて駆け寄ってくる。そして思い切りタックルする勢いで俺にしがみついた。


「なんでダンの方に!?」

「怖かったー」


 幼児のように涙を流しながら瑠璃は俺の体に顔をうずめる。今まで見たことがないほど子どもっぽい。


「なんだ、どうした」

「ボク、真っ暗なのダメなんです。怖いんです」


「闇の力の持ち主じゃないのかよ。それに、いつも電気消してベッドの中でスマホいじってるじゃねえか。目が悪くなるからやめろ、って言ってんのに」

「スマホは偉大です。光りますし。スマホなら闇の恐怖にも打ち勝てるんです!」

「スマホに負けるのか。案外弱いな、闇の力」


 ぐずっている瑠璃の涙を袖で拭ってやる。少し抱きしめて頭を撫でると、だんだんと落ち着いてきたようだった。


 涙の止まった瑠璃を連れて水原家に戻る。学校には瑠璃の無事と早退をイヴに連絡させた。瑠璃は泣いてはいないが、俺と手を繋いで離そうとしない。後ろでイヴがうーうー唸っているが、面倒だから無視することにする。


「なんで暗いのがダメなんだ? 闇の力は暗いところで発揮されるものじゃないのか」

「闇は光があるからこそ力が生まれるんです。だからボクは明るいところの方が好きです」

「なんていうか、都合のいい設定だな」


 闇魔法と違って瑠璃の闇の力は瑠璃の妄想でしかない。さらにツッコミをいれようとしたところで、瑠璃は俺の手を握る力を強くする。


「ボクは水原の娘ですから。悪い人たちに何度もこういうことをされてきました。いつも両親やイヴが助けてくれました。でも一度、真っ暗な部屋に閉じ込められたことがあって、一人っきりでずっと心細くて。真っ暗なところにいると、それを思い出すんです」


「そうか。聞いて悪かったな」

「いえ。でも今日はダンが助けてくれました。これからもボクを助けてください」


 瑠璃は顔を上げる。ようやく笑った。瑠璃の頬に伝っていた涙の筋を擦る。すると、イヴが俺の背中を蹴り飛ばした。


「違います、瑠璃お嬢様。ダンと《私》が助けに来たのです。これからも私を頼ってください。あとそろそろその手を離せ。お嬢様は私と手を繋いで帰りましょう」


 イヴは瑠璃と俺を強引に引き離すと、間に割り込んできて、瑠璃の手をとった。


「じゃあ疲れたし、働き者のイヴには今日の料理と片付けを頼むかな」

「どうしてそうなった!?」


「頼りにしてるぞ。自分で言ったんだから責任は持てよ」

「そういう意味で言ったんじゃない!」


 文句を言うイヴの手を瑠璃が楽しそうに大きく振る。この楽しい日常を守るために、俺は次に何ができるかを考えながら歩いていた。

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