第1話 海
窓の向こうには海が広がっている。泳ぐのには少し早いが、サーファーにとってはちょうどいい波のようだ。
「なぬっ!?」
思わず奇声をあげて窓を開け、身を乗り出したおれの腰を舜がつかむ。
「たのむから、早まるなって」
「そうじゃなくて、あれ!!」
おれが指差した先にいたのは、病院の作務衣を着たうら若き女性が、高波にもかかわらず、ずんずんと海に向かって進んでいるのである。
「大変だっ!! サーファーは?」
「気づいてないな」
アクションを最初に起こすのはいつだって薫の役目だ。劇場部の扉を乱暴に開け放つと、脱兎のごとく海岸まで走る。おれたちは後へとつづいた。
海岸沿いの男子校私立『音木学園高等部』の隣には、もうひとつの建物がある。噂によれば、そこは人生の終着地点。つまり、治る見込みのない末期患者を看取るための緩和ケアセンターらしく。これがまたべらぼうにお高いらしいのだ。
海の中へ迷いなく進んで行く女性は、おそらくそのセンターの患者さんだ。目の前の海を前に、自分から幕を閉じようとしているとしか思えない。
いけない。こんな冷たい水の中に、女の子が入るもんじゃない。
おれは薫を追い越し、海に飛び込んだ。小学生の頃は水泳部だったおれだ。だが、海にはいまだに慣れない。それだけ荒い海ということなのだけれども。
ジャブジャブ音ばかり高くて、先に進めてる気がしない。あきらめて足をつき、一歩前へと歩き出せば、案外簡単に女性の手をつかむことができた。
だがそこは、生まれついての運の悪さを持つおれのこと。女性はなにか奇異なものでも見るような目でおれをにらんだ。
「離してよぅ!!」
その間に、もう片方の手を薫がつかんだ。
「大丈夫。お話なら聞きますよ?」
薫のイケメンぶりに圧倒された女性は、おれの手を振り切り、薫の胸に飛び込むと、うわっと鳴き声をあげた。
「さぁ、上がりましょう? ここじゃ寒い」
そうして舜が、ガタイの良さでもって女性をお姫様抱っこすれば、浜辺でタオルを持って待っていた響と目があう。
最初に気づいたのおれだぜ? おれって本当にモブなんだよなぁ。
つづく
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