第53話 弟 7

奴の奇行ぶりは続いていた。


一番最初は確か、高校生くらいの時だった。


台所に向かうと、弟が猫に缶詰めの餌をあげていた。


そして指についた餌を舐めていた。


数日後には猫用の缶詰めをおかずにして、御飯を食べていた。


私は「美味いのか?」と聞くと「人間のとほとんど同じ」だと


答えた。


暫く時は経ち、大型犬に大き目サイズのビスケットをあげていた。


骨の形をした人間にはちょっと慣れないニオイをする犬用のおやつ。


弟は犬にあげつつ、自分でも食べていた。


さすがに笑いがでた。そして問いかけた。


「お前、それくさいだろ? よく食えるな、美味いのか?」と言うと、


「味がうすい」とだけ言い、数本食べていた。


日を追う事に、ビスケットが自分用に変わっていき、ついには


犬の主食であるドックフードにまで手を出していた。


高くて栄養もあるのだろうが、それなら米を食えと思った。


ついには、ドックフードを御飯用の茶碗に入れて、人間のおかずを


食べながら、箸でかきこんでいた。もうかける言葉も無かった。


霊の存在を信じるか? と問われれば、正直分からないと言うだろう。


そもそもは信じていなかった。弟が見えると怯えても、私には見えない


からだった。


しかし、ある日、廊下ですれ違う時に、お互い避けないので肩がぶつかった。


いつもの流れで喧嘩になると思った。思ったが、これは信じ難いが本当に起きた。


弟は歯ぎしりしながら、飢えた肉食獣のように「ガルルルルッ!」と言って、


よだれを垂らしながら身構えた。


私と弟は100回どころではない程、喧嘩をした。


しかし、そのような姿を見せたのは、その時一度だけだ。


噛み癖は昔からあったが、人間としてだった。


腕などもよく噛まれたが、歯は肉に食い込んで血の歯型が


出来ていた。それは人間と認識していた時の事だったが、


正直、よだれが垂れる姿を見て唸られたら、誰でもビビる。


今、やれば腕の肉を絶対に、食いちぎられると思った。


奴の噛み癖は本物のほうで、威嚇目的じゃない。


本当に噛み千切ろうとする。本気だから当然、簡単には外せない。


無防備な顔面や頭を殴りまくっても、食い込んでいくだけだった。


あの時、弟と何かの猛獣が乗り移っていたのかと、考えてしまう。


衝撃的で忘れる事は出来ない。


やったら食われていたのか? と今でも考える。


喧嘩にルール等は無い。やるか、やられるかだけだ。


中学三年の頃か、高校一年の頃、同級生の友人の一人が喧嘩で


相手は年上が四人いたが、勝った。五人目が来たか、やられた


四人のうちの一人だったかは忘れたが、友人はナイフで刺された。


刺されても殴りまわした。その結果、14ヵ所刺されたが、勝った。


そして今でも生きている。


若い時は皆、似たような事はしていた。


だからこそ今は皆、おとなしい。


昔は喧嘩っぱやかった奴は、酒癖も悪く、無言でいきなり飲み仲間の


顔面を殴りつけた。一時、片目が見えなくなり、失明したかもしれんと


言っていた。そいつと弟はよく喧嘩をしていた。勝敗はいつも決着は


つかなかった。そんな奴でも今では、「この前、高校生に喧嘩売られて


参ったわ」と言っていた。全員ではないが、大半は昔の自分を後悔している。


経験を活かして喧嘩など、ほとんど無縁の世界にいる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る