第18話 鏡の向こうに

 帰途に付きながら、美優は頭の中で情報を整理していた。

 呆然とした感情とは裏腹に、頭は妙に冴えていて、推理が捗る。

 思い起こせば、おかしいと思う部分は有ったのだ。

 美容院の宣伝と言いながら、職場でそれを伝えているのは美優だけ。そして、いくら美優を特別扱いとは言っても、いつも他の客がいないのはおかしかった。

 慧也は何故美優に近づいたのか、その理由は明白だ。美優に近づき、浮気の証拠を取らせるためだった。そんなことを目論むのは、夫の秀紀くらいしか思い浮かばない。

 そして、美優の日頃の生活を夫に告げ口している人間がいる。いることはわかっていたけれど、まさか、ママ友の美波だったとは。

 しかし、いくら美優の私生活を報告したところで、何も無いところにはホコリすら立たない。夫に都合のいい情報は何も出てこなかったのだろう。そこで、一計を案じて、慧也を美優へ差し向けたということか。

 美優は、慧也との関係を誰にも喋っていない。勿論、ママ友の美波にも言っていないし、慧也の存在そのものにも言及していないのだ。

 ひとつだけわからないのは。

 どうして美波が夫に告げ口するのか。そのような関係なのか。



”相談したいことが有るので、時間を作ってもらえませんか。”

 美優からはじめて慧也に送ったメッセージだった。いつもは慧也からで、それに返事をするのが通例だ。時間を置かずに、返答が来る。

”了解です。明後日の午前中いかがですか。ちょうど予約がない時間帯なんです。”

”大丈夫です。よろしくお願いします。”

 リビングのテーブルの上に、スマホを伏せて置いた。

 小さく息をつく。

 すると、玩具で遊んでいた航平が歩み寄ってきて、膝の上に乗ろうと両手を上げてきた。その手を取って、膝の上に持ち上げて乗せてあげる。

「ママ?」

「どうしたの、航平。もう遊ぶの飽きちゃったかな?ママとお散歩行く?」

 何故だろうか、急に甘えるように抱きついてくる。

 理由はわからないけれど、美優は航平をぎゅっと抱きしめた。

 まるで、美優の心の中の不安に気付いているかのようだ。

 子は親の鏡だという。

 優しく我が子の背中を撫でながら、

「航平は、平気で嘘をつくような人にならないでね。」

 悲しそうに呟いた。

「ママ?泣いているの?」

 平気、と言って更に強く抱きしめる。これも嘘だ。少しも平気ではない。

 夫も慧也も美波も、夫の親も、美優自身も、嘘つきだ。



 三年ほど前のこと、航平がやっと遠出できるくらいに成長したので、単身赴任先へ言って夫に会おうと計画した。

「まだ航平が小さいんだから無理するな。」

「来ても何もしてやれん。仕事でほとんど帰らないから。」

 秀紀はそう言って、妻が赴任先へ行くことを嫌がった。 

 結婚後新婚早々赴任したこともおかしかったが、妻が一度も夫の赴任先を知らないままというのも絶対におかしい。疑念を持った美優は、夫の経歴書を見直してみた。婚姻届を出す時に、形ばかりでは有るが、互いの両親にそれを提出したのである。

 夫の単身赴任先は、夫の大学の所在地だった。

 そこで、美優の勘が働いた。義両親が言っていたことを思い出す。

 推測の域を出ないが、秀紀には学生時代からつきあいのある彼女がいる。彼女は、そちらの地元のお嬢さんなのだろう。彼女のことが忘れられなかった。あるいは、遠距離になっても、結婚を反対されても繋がっていたのかもしれない。

 




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