第19話 事実は、ひとつ

「おはようございます!どうぞこっちに来て下さい!」

「おはようございます。」

 約束の日、美優が慧也の店を訪れると、嬉しそうに歓迎してくれた。これからの話をするのが、憂鬱になるくらいに。

「お茶ですか?コーヒー派?」

「持参したから、お構いなく。」

 美容室の待合の椅子に腰掛けて、美優がバッグからマイボトルをそっと取り出す。

「榎本さん、橋岡美波さんとはいつからのご関係?」

 静かにそう尋ねた瞬間、上機嫌だった慧也の表情が凍りついた。

「えっ、あっ・・・あの」

「先日あなたと美波さんが親しげに会話しているのを聞いてしまったの。ああ、お気遣いなく。ただ、事実を確認したいだけ。あなたを責めるつもりはないんです。」

「美優さん、どこまで・・・」

 小さく息を付いて、美優は慧也を見つめた。

「あなたを信用してわたしの知っている事を言います。だから、あなたも本当の事を教えてくれますか?」

 慧也が美優を見返す。少し、泣きそうだ。それから、重々しく頷く。

「・・・わたしの夫は単身赴任先で不倫相手と半同棲状態。多分、自分に有利な条件で離婚する理由を探している。だから、ストーカー気質の夫は、わたしの私生活をこちらの知り合いに頼んで報告させている。それが、美波。そして、あなたは美波に依頼されて、わたしが夫以外の男と浮気している証拠を取るために近づいた人。・・・どう、合ってるかしら?」

 目を伏せて低く頷く彼の様子を見ると、かなり正確に把握できているらしい。マイボトルから一口紅茶を飲んで、喉を湿らせた美優は続けた。

「わからないのは、何故美波が夫にわたしの私生活を報告するのか。弱みでも握られているのかしら。そしてここはどなたの美容室なの?本当に営業しているの?あなたは本当に、美容師なの?」

 暫く沈黙していた慧也がおもむろに立ち上がり、店内から見えない奥の部屋へ足を運んだ。まもなく戻ってきた彼の手には、小さなマグカップ。

「・・・俺にも、少しくれます?」

 差し出された白いマグカップに、美優はマイボトルから紅茶を注いだ。

 それを噛み含めるように飲んだ後にそっと息を吐く。

 紅茶の香りが、店内に漂った。美優の好きな、アールグレイ。午前の陽射しが店の窓から中へ差し込み、温度が上がる。

「俺は確かに美波さんに頼まれてあなたに近づきました。でも、貴方を強引にどうにかしようとはしなかったつもりです。それだけはわかって下さい。あなたを騙して、思い通りにしようと思ったことは一度もない。美容師って、見習いの間って本当給料少なくて、やっていけないんです。だから、バイトでホストやってた。そん時に、美波さんは俺の店に客として来てました。気に入ってくれて、ご指名もいただきましたが、それだけで、誓って男女の関係とか、なかったんです。」

 ゆっくりと話す慧也の口調は、いつもの明るく元気なそれとは違っていた。


 


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