第9話 なんでもない朗報
第四章
MACHINAKA STATION.
「どうも、こんにちはこんばんは。キャスターの足枷ッター久保です。本日の街中ステーションでは私もこの後司会として参加予定の、初霜咲文化祭の三日目にお邪魔していまーす‼ 相変わらずの広い敷地に、無数に用意される屋台、どれも魅力的で目移りしちゃって堪らないですね‼ この時間帯なので残念ながら屋台は何処もやっていませんけど~。しかし、これをすべて管理している実行委員はまさにキャリブレーション‼ 僕ならパニックに陥っちゃうね‼ って……ん?」
カメラの前で悠々自適に話す男は、訝しげにスタッフの出すカンペに目を通す。
(まわしで)
男は怪訝そうな顔を一瞬見せるも、すぐさま元の作り笑顔に戻っていく。
「ええー、ではこんな早朝からですが、さっそく初霜咲の生徒にインタビューをしていきたいと思ってますよぉ~fuuuuu あ、そこの君、俺の質問に答えてくれる?」
「……アタシですか?」
「そう、You。そして、ME。文化祭エンジョイしてますか~⁉」
「っ……、耳触りっすね。貴方どこかで見たような……」
「ダイジョブダイジョブ。おっさんなーんも手を出さないから」
「その言い方、なんかキモいすね」
(セクハラ禁止です)
「おいおい、釣れない反応しないでくれよぉ~? もっとスマイル‼」
「ウザっ。そうですね……文化祭は楽しみですよ。出番もありますし」
「出番‼ 君の、出番は、いつなんだーーーーい⁉」
男は過剰に反応を示すと、声を本当に大にして女生徒に尋ねた。
「耳障りっすね……。アタシの出番は……」
そう言って一拍開けた後、女生徒はカメラに視線を向けた。
「――メインステージのトリっす。ぜひ、みにきてください」
顔はバッチリ、声は気怠さの残ったなんとも心のこもらぬ宣伝を披露する。
「宣伝センクス‼ では、最後に初霜咲の今年のスローガンを教えてもらえますかぁ?」
目が合ったままだったカメラから視線を逸らすと、女生徒の頭の上に「?」が浮かぶ。
「スローガン……?」
「ほら、あれだよ、あれ。みんなでガンバロー‼ ってやつ」
「ああ、これっすか。ええーと――」
女生徒はスタッフに渡されたプロジェクト表からあるページをカメラに映し出した。
【原点回帰】
※ ※ ※
「今日は文化祭当日について、説明しようと思います」
やっとそれらしい議題が生徒会長の口から出る。
第二回実行委員会には理事長の姿はなく、生徒会長が率先して発言を行っていた。
「一学期の時はこれが普通の光景だったよ」と、となりに座る伊櫻は語る。
前回、理事長が出席したことはイレギュラーだったのか。
「っていうと、今回紅澄が欠席してるけど処分の方は……」
「たぶん大丈夫だと思う。というか先輩が勝手に手配してそうだよね~」
「そう、だな……」
懸念していた単語に狼狽しながらも雄一は応える。
配布された資料によると、文化祭は三日間。ざっくりとした説明が施されていた。
一日目は、膨大な数の部活を発表する展示が主となる、展示会のようなもの。
二日目は、一日かけて競うクラス対抗の体育祭。
三日目は、クラスごとの出し物に加え、生徒会と実行委員が主体で大々的に計画を練る必要がある、絶対的大成功させなければいけない祭り的イベント。
一目瞭然で分かることは、明らかに三日目だけ熱量が違うことだろう。
「私がここで話すのは三日目のことについてです。私では役不足なのではないか。そう落ち込む日もありました。しかし、解答を出さなければ前に進むことはできない……」
いつもは冷酷な生徒会長が奮起して、席を立ち上がった。
生徒会長にもそんな時期があったのかと思うと少し意外に感じる。生徒の代表である会長だからこそのプレッシャーだろうか。
「三日目は我々、生徒会と実行委員の総意を決したプロジェクトが必須です。周りに毒されないよう、先輩方を上回るような最高のイベントを私たち全員で作り上げましょう‼」
そう宣言すると、会場はあっという間に歓声で包まれた。
開戦の狼煙を上げるようなそんな雄叫び……。
もちろん、状況を把握できていない一年生は取り残されていたが。
「なあ、伊櫻。どうして盛り上がってるか分かるか?」
「お祭りだからじゃない?」
「そうか、お祭りだからか」
伊櫻の発言にそれもそうだ、と雄一はひとまず納得の言葉を呑む。
ここにきて確信を得た。はっきりとわかっていることは、文化祭を一度も経験していないだけで上級生と一年生の文化祭に対する意識の差がここまである、ということだろう。
「私も成功させたいとは思っているけど、あそこまで熱くはならないかな……」
と、上級生の熱量に若干引き気味の伊櫻。
初霜咲に毒されているのは間違いなく彼らだ、僕ら一年生の総意は同じだろう。
そんな置いてけぼりの一年生に対して気を遣うように、生徒会長は何束にも束ねられた資料を取り出した。
「いまから配布する資料は、私がここ十五年の傾向を鑑みて、制作した文化祭三日目の計画プロット初稿です。一年生も心して読むように」
「十五年⁉ ひぃー、どうやって調べたんだろうね~……って出本君?」
十五年。その年数に気づかないはずがなかった。
「…………どうかしたか?」
「いや、口を開いたまま放心状態だったから……」
「十五年分も調べたのかと思うと、びっくりしてな」
「そうだよね、どう調べたんだろう」
「きっと、理事長の伝手で訊いたんだよ。そうに違いない」
「それもそうだね~。ありそう」
図書館にある書物の存在をこれ以上、他人に話すわけにはいかないんだ。すまないな。
棚から牡丹餅とはこのことを指すのだろう。僕は嬉しくてたまらなかった。
これで紅澄に有用な情報を伝えることができる……‼
「およそ二ヶ月で作り上げた私の研究結果もじっくりと見てほしいものですが、この会は自慢する場ではないので自重いたします。まず、36ページに記載されている過去データ『文化祭・クリスマス会の十五年の軌跡』の研究結果をご覧ください」
開いたそこには、エ〇セルで簡単に作れそうな棒グラフと円グラフが一つずつあった。
棒グラフの比較対象は、恋愛要素と非恋愛要素の二つ。
「棒グラフに記されているデータは、毎年二学期が終わり次第、全生徒に行われるアンケートの回答による過去データを基にしています。隣にある円グラフは裏づけになるかと」
裏づけとされる円グラフの比較対象は、参加と不参加の人数区分が記されており、十五年分の平均を求めた、参加or不参加確率は圧倒的に参加が高く、【99.7%】を記録していた。つまり、99.7%の初霜咲生徒がこのアンケートに回答していることになる。
「初霜咲って文化祭を休んだら校則違反になるとかあるのか?」
「ないと思う。完全自主参加だよ」
伊櫻が言うなら間違いないのだろう。
不参加者になりかけている紅澄の異常さを再認識。どうしてアイツ初霜咲に来たんだ?
「私が今回、注目した点はこの恋愛要素の推移についてです。グラフを見てください」
「この棒グラフは円グラフと違いが分かりやすいよう、十五年分の回答結果を三年ごとに表示し、平均を求めたデータです。選択肢は、【恋愛要素があったか、否か】のどちらか」
なんだその質問は……と一瞬理解に苦しんだが、この学校では普通だったか。
年代ごとに分けられた表。青色のグラフの【恋愛要素】の値は右肩下がりで下降しており、オレンジ色のグラフの【非恋愛要素】の値は右肩上がりで上昇しているのがグラフ内で一目瞭然で確認できた。
「近年、学校行事で恋愛要素を感じたと回答する生徒は減少傾向にあります。私は現状を受け、揶揄すべき事態である――。と受け止めています」
会長がそう発言した直後、一体となっていた会場は突如としてざわめき出す。
それは輪を乱す異分子を追放するように、批判的な声が続々と聞こえてくるようで……
「なにかまずいことでも言ったのかな?」
「さっぱりだ」
一年生には特にまずいことを言ったようにも聞こえなかった。
しかし、誤解を生むことを予測していたのか、会長はすぐさま言葉を付け足す。
「もちろん。歴代の先輩方の出来栄えを否定するわけではないです。あれは素晴らしい。ですが、理事長の目指している理想には、段々と離れているような気がするのです」
会場がざわついた理由は昨年、一昨年の素晴らしい出来栄えを生で見てきているから。
好きなアーティストのライブを現地で見るか、モニター越しに見るかの違いと同じで、彼ら彼女らは過去を否定されたくないらしかった。そして流れは徐々に変わっていき……
たしかに理事長はいつも十五年前のことを話すよな、と一人の生徒。
もしかして、あの言葉はあの頃を取り戻したいという意図で、と一人の生徒。
そうして否定的な意見は徐々になくなっていき、会場は静かになっていく。
「理事長が満足するには、この十二年~十五年前の95%を実現しなければならない」
それも、一人一人が耳を澄ますように静寂は保たれ、
「ですから、恋愛要素を意識したプログラム決めを次回までにお願いします」
合図とともに、上級生はそれぞれの班ごとに話し合いをし始めた。
それぞれの意見をぶつけ合わせ、練っていく……それが実行委員の手法みたいだ。
「これってもう終わり?」
「みたい、だな……。ひとまず、ここから出ようか」
一年五組班は一連の出来事に、呆気にとられながらも、その場を一旦後にした。
「よく、わからなかったね~」
「あれほどの熱量で話し合いをしているとは思わなかったよ……」
「いつもは冷静な会長も声張ってたね~。合唱の時もあのくらい声出せばいいのに」
「会長は合唱が苦手なのか?」
「この前、口パク疑惑で炎上しかけてたんだよ。生徒会長なのに歌ってないって」
「それは……まさに注目の的だな」
「後は、歯磨き粉は子供用の苦くないやつを使っていたり、コンタクトレンズは怖くてつけられないとか。そこらへんは有名だよね」
私情のことまで知られて、まるで総理大臣みたいな扱われ方だな。
意外と子供っぽい一面もあるらしい。
「それはそうと、大会の結果はどうだったんだ?」
「大会?」
伊櫻は何の話か読めないような、白々しい顔でこちらを見つめる。
一つしかないだろう。それを理由に休んでいたのは班全員が周知の事実だ。
「部活の大会、終わったんだろ?」
「あー、部活ね……」
あたかもいま、思い出したような反応を示すと、伊櫻は視界を他方に巡らせる。
「それな、有紗いつの間に大会終わったん? 初耳なんだけど」
「俺も知らなかった」
そんな伊櫻に追い打ちをかけるように二人が問いかける。水島と木原も気になっていたみたいだ。というか居たのかおまえら。
「そんなに知りたいかな~」
「嫌なら別に、教えなくても……」
「そう簡単に引き下がられると、教えたくなくなっちゃうな~」
伊櫻は妙に勿体ぶる様子でこちらを覗く。
圧勝したと一言もらえればそれでいいのだが……そう簡単には言ってくれないらしい。
「そんなこと言わずに……」
ブッーブー。
雄一の言葉を遮ったのは、ケータイの着信を知らせる鈍い振動。
それも、発信源は僕のポケットから。
「電話、めずらしいね」
「わるい。こんなタイミングで、一体誰からだ……?」
心当たりは、紅澄が冷やかしの言葉を言いに来たか、母さんの晩飯どうする電話か。
着信:中崎夏乃(副会長)
画面を見ると、雄一は瞳孔を見開かせ、即座にケータイをポケットに戻した。
「……誰だった?」
「非通知だったから、無視した!」
「本当に?」
「……うん」
少し間が開いた。バレたとしても性は憎めない。
ここで出るのは得策ではない。そう、直感が囁いていた。
「もし嘘だったら、鼻で牛乳飲むことになるよ?」
「一本くらいなら多少……」
「検討するってことは?」
「覚悟を示しただけだよ。一本くらいなら飲めるぞっていう覚悟」
「へぇ……立派な覚悟だね」
このままでは、時間の問題か……⁉
「待って!」
廊下の奥から聞こえてくる張り詰めた声色。
振り返ると、中学生男子にも満たない身長の電話の主が堂々と廊下を走って、こちらに向かっていた。
「……どうしたんですか、副会長」
「追加の資料を渡そうと思って」
渡されたのは会長お手製の研究資料より少し薄い資料。
「あ、言ってた卒業文集ですか?」
「……なんの話ですか?」
中崎は首を傾げる。
しまった。つい紅澄が言っていた卒業文集も手に入れば、より情報を得られると思っていたのが言葉に出てしまった。
中身は過去五年分のプログラム表が記載されていた。
「これって、プログラム表ですよね? どうして僕に?」
一年生は一部を除いてだが、基本は裏方の仕事を任せられている。
裏方といっても、ステージの照明や装飾の飾りつけなど多種多様にあり、それぞれ責任感の重さが違うものもあるが……
「一年五組班には、プログラム決めの、大トリの提案をしてもらおうと思っています」
僕らは、突如としてダンベルを投げつけられることとなった。
「大トリって……一体?」
雄一は聞き間違えたと思い、慌ててもう一度訊き返した。
「会長の話は聞いていたと思いますが、その文化祭の最後を締めくくるにはどんな催しがいいのか、案を出して欲しいのです。科された処分として」
処分という言葉を聞いた途端、後ろの方でビクッと電流が走るみたいに反応を示す女子生徒が一人。邪なことがあると身体に電流が走るのは万国共通なのか?
「それで、過去資料を参考にして提案しろ、と?」
「そのとおりです。今後は生徒会と共同作業をすることが増えると思いますので、その点はご安心して構わないかと」
「きょ……共同……?」
あまりに強引な話の進み具合に、雄一は狼狽して思わず言葉を失う。
「あの実行委員会で、一年五組班は欠席者が連続で出たんですから。それくらいのことはしてもらわないとですよね」
雄一のしまりのない猫背に、電流が走るみたいに背筋が伸ばされる。
「で、でも……こんなこと突然頼まれても……」
僕らはなにも知らない一年生なのだ、こんな大役務めても迷惑になる可能性が高い。
「そうですよね。突然こんなこと頼んでごめんなさい。でも、会長からの言伝なので」
「会長……ですか」
先ほどあれだけ熱量のこもったスピーチをしておきながら、頼むのは平の一年生。
どういう意図かは到底読めないが、ここは丁重にお断りするべきだろう。
「あの、申し訳ないんですけど……」
「信頼しているからこそ、頼んでいることを忘れないでくださいね」
「信頼? 僕、先輩に信頼されるようなことしました?」
素朴な疑問だった。副会長が思うほどの器ではないと雄一は自負していたから。
なにより、仮に彼女が雄一を信頼していたとしても、その何倍以上に信頼を置いている人物に心当たりがある。彼女の今の原動力はまさにそれだ。
悩む素振りを見せる副会長。返答はしばらく返ってこなかった。
そして、十数秒の沈黙の末、
「……お願いしますね」
と、なんとも不透明な応えを返した。
自分に嘘はつけないのか、はたまた自分は信頼に足る存在になっているのか。
不透明な応えに、雄一は心に挟まったつっかえのようなものを自身に訴えた。
ともあれ。
「わざわざ追いかけてまでご報告ありがとうございました。副会長の見かけの誠意に折れてここは引き受けますが、くれぐれも過度な期待はご遠慮くださいね」
「こちらこそ突然ごめんなさい。よろしくお願いします」
そう言うと副会長は走ってきた方向へ戻っていった。
これでより一層、実行委員に力を入れないといけなくなってしまったわけだ。
果たして、僕に務まるだろうか。一週間で弱音を吐いたこの僕に……。
不安を抱えながらも、一年五組班一行は重たい足を一歩一歩、前へ進み始めた。
「あ、それと後輩に話があるので、拗ねてないでこっちに来てもらえますか?」
思い出したように踵を返した副会長は、切れ味のありそうな強い口調で頑なに顔を見せなかった後輩に呼び掛けた。
伊櫻はなにも言わずに首を縦に振ると、副会長の後ろを歩いて行った。
ここで話しちゃいけないことなのか? と、木原がこぼす。
たしかに……。班のことならここで話せばいいし、部活のことだって解決しているなら隠れて二人で話す必要もない……。
いよいよ、暴行事件が起こるのかもしれない。
そんな誰チンピラに浸食されたアンテナを立たせた雄一は居ても立っても居られずに、席を外した二人の跡を気づかれないようにつけていった。
※ ※ ※
「大会、圧勝だったらしいね。すごいよ」
生徒が見えない落ち着いた廊下まで来ると、副会長は存外優しそうな声色で後輩の勝利を祝った。やはり勝っていたのか、正直に言えばいいのに。
「先輩ほどじゃないですよ」
「またまた、相手のラケットを折ったって話は聞いてるんだから」
「恥ずかしいから言わなくていいです……」
伊櫻は誰もいない周囲の目を気にするまでに恥ずかしがった。
ラケットって折ったら失格とかにならないのだろうか……? 有紗の声色の変化に気づくことなく、雄一の脳内はイメージの構想が追いつかず、某テニス漫画のワンシーンを必死に思い出そうと、頭はいっぱいいっぱいだった。
とりあえず、この前のこともあって心配していたが、物騒な話ではなさそうだ。
「彼とは出会えた?」
「……はい。会えました」
何の脈絡もなく、始まる恋バナに雄一は耳を一層寄せる。
会えた? ということは、その彼は、他校のテニス部に所属している人……?
いや、そんな他人の想い人を探るような真似はよくない。男は紳士であるべきだ。
……盗み聞きしている時点で紳士ではないかもしれないが。
「そう、なら……」
「でも、私が決めた道です。私がこれから歩く道です。彼がこのまま気づかなくても開き直ることにしたんです。たとえ相手が居ようと、最後まで諦めたりはしませんよ」
「手段は選ばない……と?」
「そう捉えてくれて構わないです。全力の私をぶつけるつもりですから」
先輩の言葉を遮るように言ったその宣言に、雄一は強い意志を感じざるを得なかった。
話は全くもって読めないが、伊櫻なりに何らかの覚悟は決まったみたいだ。
「そういうとこ、私は好きだな」
「自分でも気に入ってます。これ、名前も知らなかった『彼』の受け売りなんですよ」
そう言うと、二人はクスクスと互いに微笑み合った。
どうやら余計なお世話だったみたいだ。
二人の友情を確かめながら、ますます『彼』が気になる雄一であった。
しかし、『名前も知らなかった』とはどういうことなんだろう……。
※ ※ ※
ここは学校近くにある駅前のファミリーレストラン。
周りにはスーパーやデパートがあり立地もよく、初霜咲の周辺駅に近いことから学生の賑わいが絶えない、雄一とは縁遠いはずの場所。
主催者は炭酸水の入ったグラスを掲げると、大きな声で参加者に呼び掛ける。
「では、まずは……このたび私たち一年五組班が、初霜咲の文化祭である『初霜咲祭』の重要な三日目のトリを任せられることを祝して……かんぱーい‼」
「「かんぱーい……」」
伊櫻の元気いっぱいの乾杯の挨拶に対して、そぐわない返しを低い声でする男子二人。
「男子~。テンション低くなーい?」
水島の不服そうな指摘に「そりゃそうだろ」と間髪入れずに木原はツッコむ。
めずらしく木原と同意見だ。そりゃ下がるものも下がるだろう。なんせ作戦会議と題したこの催しの代金は男子二人が割り勘で持つことが既に決定しているのだから。
それに、祝すのであれば相手は一人だろう。
「今日は伊櫻の祝勝会だろ?」
「祝勝会? ああ、大会の」
透かした口ぶりで伊櫻は応える。
「やっぱり伊櫻勝ってたのか……すげえよ」
初耳の木原はさすがと言わんばかりの尊敬の眼差しの目を向ける。
「そんなことより文化祭のトリだよ、トリ。私はそっちの方が楽しみだよ~」
伊櫻は謙遜しているのか、自分のことなんかお構いなしに場を取り持つ。
たしかに楽しみな側面は正直ある。しかし……
「次の会議までは残り二日。悠長に考えてる時間はもうとっくにないと思うぞ……」
一年五組班の班員は、全員等しく業務に追われに追われ、多忙な日々を過ごしていたため、期日である第三回実行委員会の残り二日まで、話し合いの機会をろくに作れなかったのだ。
つまり、現状は無計画……。
「残り二日だからこそ、だよ?」
「なにか提案でもあるのか?」
なにやら奇策でもあるような余裕の表情を見せる。デジャヴじゃないことを信じるが。
「いまから出し合うんだよ。みんなで協力して」
「互いの意見を、か?」
雄一は目を丸くして訊き返す。
「そう、初めてこの班で話し合ったときみたいにさ。みんなで」
まともな提案……‼
雄一は感動していた。これほどまでにまともな提案をしてくれるリーダーに。
「やば、それ名案」
「それなら早く済みそうだな」
話し合いに賛成の声を上げる他の班員二名。
「でしょ。もちろんこの一週間と少しの間でみんなそれぞれ考えていただろうし」
「「えっ」」
そんな二人も踵を返すみたいに、表情には焦りが浮かび上がってくる。
みんなで話し合って決めるんじゃ……と言いたげな顔をしているが、もうそういう段階ではないことを愚かな君たちは自覚した方がいいらしい。昨晩考えたのが功を奏した。
「……仕方ないなぁ~。五分だけ時間あげるから考えて」
五分後。
有紗の慈悲むなしく。
結局、まともな提案は雄一と有紗がそれぞれに考えた二つしか出てこなかった。
まあ、五分で最適な案を考えろと言われても無理があるだろう。僕が丸一晩考えに考え抜いたこの優秀な計画のまえではな……ククク。
どちらになるか判定は班員の多数決次第、まさかあの学級長と対峙する日が来るとは。
「アタシ、結構自信あるんだよ~。降参するなら今だよ」
「レディーファーストというからね。先にどうぞ」
らしくもなく格好をつける雄一に「なにそれ~」と緩くツッコミを入れると、有紗は厚めの資料をテーブルに置き人数分配布した。……って、ちょっとガチじゃね?
「恋愛要素が足りないという指摘を受けて、今回私が大トリに企画したのはズバリ――」
「男女入れ替えコスプレショー、だよ」
「……というと?」
「初霜咲の過去五年の傾向は、クラスで演劇ショー、ゆっくりお茶の間フェス、ドキドキお手玉転がし等々といった『特徴はあるけど結局無難だよねー』な企画を行っている」
「たしかに……名前を聞く限り、目を引くほどではないな」
「そうでしょ? だから、私はテンプレートを壊すような今までにないものを作っていきたいと思ってるの。あ、でも、ドキドキお手玉転がしは楽しかったよ」
「テンプレートを壊す……ということは、奇抜なことをやるってことか?」
「出本君は普通の文化祭と訊いたら何を思いつく?」
「普通の文化祭?」
中学の頃の記憶をたどるも、出てくるのは教室で待機していた真っ白な過去。
「文化祭といったら……屋台やクラス展示とか……」
「じゃなくてさ、体育館で行われる大きいイベントの話」
「……あ、それこそ伊櫻が言ってた――」
「そう、コスプレショーなんだよ‼」
有紗は確信的な物言いで、めずらしく断言した。
「それもただのコスプレショーじゃない。お客さんも楽しめるようなコスプレショー」
「でも、どうして男女入れ替え?」
「初霜咲のイベントにはどれも斬新さがつきものでしょう? 私はその持ち味をあえて、味付けとして起用したんだよ」
初霜咲のイベントはどれも特徴的なものが主流になっている。しかし、有紗が提示したコスプレショーは、まさにテンプレートを体現したような催し。だが、『原点にして頂点』という言葉があるように、その王道が大衆に拒まれることは、ほとんどありえない。
そして、有紗が『味付け』と表現した男女を入れ替えることにより、初霜咲の持ち味を生かしたまま……。それに加えて綿密に練られた計画、生徒も客も喜びそうな流行りの構図やスタイルを調べに調べられた形跡が資料の中では明らかになっている。
「まさか、ここまでやるとは思わなかったよ……」
これは、王道を貫く覇王への道。まさかそこまでの覚悟で臨んでくるとは……。
「さあ、次は出本君の番だよ」
だが、僕もただでは負けられない。
君が覇王であろうと、僕は自分の良いと思ったものを、信念を、貫くだけだ。
「僕は……」
と言い出そうとした途端。
雄一の心臓はキュッと締まった。
「どうかした?」
「……いや、なんでもない。始めるよ、僕の発表を」
前にも似た感覚があった……。それは、およそ一ヶ月前の初対面のときと同じ感覚。
あの時は名前と顔が一致するのがやっとで、誰かと絡むことすらままならなかった。
こうしてみたらどうか、ああしてみたらどうか。硬くて使い物にならないぼんくらな頭でいろいろな可能性を掻き巡らせて、どうにか中央門という現実から遠ざけたかった。
けど、それは叶わなかった。それもそうだ。今思えば、クラスに馴染めていない異分子のクラスメイトに耳を傾けるのは同じ異分子しかいない。
「おめでとう。私の負けだね」
伊櫻が負けを認めて、僕を称える。
拍手が巻き起こる。多数決の結果、雄一の案が採用された。
今日の僕は、認められたのだ。
しかし、当の本人には実感が湧いておらず、途方に暮れた表情で窓の外を眺めていた。
「気になることでもあった?」
と、有紗に心配の声を掛けられる。
「いや……なんでもない」
大したことじゃない。ただ、思い出しただけだ。
あいつに、伝えなくちゃな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます