第14話 ぼくはどうしたらいいんだろう


 おねえちゃん、おねえちゃん、ごめんね。

 おこらないで。

 おねえちゃんの「だいじ」なのに、さわってごめんね。

 ぼくもランドセルほしかったの。

 おねえちゃんみたいにせなかにもってみたかったの。

 ママがかえってきたら、しょうがっこうにいくんでしょ。

 ぼくもいきたい。

 ぼくもおねえちゃんといっしょにいきたい。

 いかないで、いかないで、おねえちゃん。

 おこらないで。

 ぼくをおいていかないで。

 いかないで、おねえちゃん。

 おねえちゃん。




 目が覚めた。

 まだ夜だった。


 思い出したのは『前』の気持ち。

 もう動けなくて、ちゃんと声も出せなくて、おねえちゃんをよぶことしかできなかった。

 おねえちゃんは、まっててねって言ったけど、どこにも行ってほしくなかった。

 いかないで、って泣いたけど、おねえちゃんはぎゅっとにぎったぼくの手をはなしてしまった。


『前』のおくは、それきり。


 ぼくはちょっと泣いた。

 この『悲しい』の気持ちが、『前』なのか、『ここ』なのか、よくわからない。

『おねえちゃん』への気持ちなのか、『お姉ちゃん』への気持ちなのか、わからない。


 ぼくは、『前』のぼくよりもずっと長生きしている。

 だから、毎日毎日が発見ばかりで楽しかった。

 生きてるっていうことの意味がわかった気がしてた。

 だから死ぬことがこわい。

 とてもこわい。


『お姉ちゃん』がナイフでさされて、『おねえちゃん』みたいに居なくなってしまうんじゃないかと思って、ぼくはすごく泣いた。

 病院で、どうしていいかわからなくて、『前』みたいにただ「お姉ちゃん、お姉ちゃん」てよんだ。


『前』みたいに返事がなくて、ぼくは泣いた。


 手術が終わったあと、病院に残るってけっこう強く言ったけど、だめだって言われて家に帰ってきた。

 お姉ちゃんの侍女がお姉ちゃんに付きそってる。

 ちゃんとねむれなくて何度も起きた。

 そのたびにお姉ちゃんが死んでしまうことを考えて泣いた。

 あのときぼくが先に馬車に乗らずに、お姉ちゃんが先だったら、お姉ちゃんはさされなかったかな。


 お姉ちゃんがいる生活は、ぼくにとっては当然のことだった。

 それがなくなるかもしれない可能性が、いつだってあるんだということに気づいて、ぼくはとてもびっくりしたし、頭が真っ白になった。


 ――お姉ちゃんが死んでしまったら、ぼくはどうしたらいいんだろう。


 小さいときに、『ハッピーエンド』ってなにってお姉ちゃんに聞いた。

「幸せになることよ」って教えてくれた。

 ずっと、『幸せ』になることを考えてた。

 お姉ちゃんと『幸せ』になるんだって思ってた。

 お姉ちゃんが『幸せ』になるところが見たかった。

『ヒロイン』みたいに、お姉ちゃんが『いいひとれいじょう』になって、『ハッピーエンド』になるところが見たかったんだ。


 おねえちゃんは、ずっとそのルートをさがしていたから。


 ずっと考えている、『幸せ』ってなんだろう。

『ハッピーエンド』で『ヒロイン』はいつも笑っていたから、きっと悲しいことの反対だ。


 ぼくは、おなかいっぱいご飯が食べられてうれしい。

 ぼくは、毎日学校に行けてうれしい。

 ぼくは、勉強ができていろいろなことが知れてうれしい。


 ぼくは、お姉ちゃんがいてくれて、うれしい。


 これまでぼくは幸せだったんだと思う。

 お姉ちゃんが死んでしまったら、きっとぼくは、ご飯が食べられることも、学校に行けて勉強できることも、悲しくなるんじゃないかと思う。

 お姉ちゃんがいなければ、なにも意味がないんだ。

 お姉ちゃん、お姉ちゃん、大好きだよ、死なないで。

 ぼくをおいて行かないで。

 おねえちゃん。


 ぜんぜんねむれないまま朝になった。

 こんなに早起きしたことなんかなかったけど、侍女も執事もおどろかずに、ちょっと悲しい顔をしていた。

 領地に居るパパとママには、昨日のうちに電信を打って、『スグニ ムカウ スウジツ マテ』という返信がとどいた。

 ウニライナ州はまだ鉄道の駅を作っている最中だから、一番近い駅から乗って来るんだろう。

 ひさしぶりに会えるのにぜんぜんうれしくない。

 病院の面会は十時からだとわかっているけれど、今までどうやって使うのかわからなかったジェグロヴァこうしゃくの力をはじめて使ってみた。

 けいびの人に名乗っただけだけど。

 すぐに通してくれた。


 お姉ちゃんは、さされたおなかのうしろのキズが上になるように、体の下に布団を入れてななめにうつ伏せにされていた。

 付きそった侍女から、ナイフがないぞうにとどいていたことを聞いた。

 手術は成功したけれど、回復はお姉ちゃんの体力次第だと。

 そのうちお医者さんが回ってきて、おんなじことを聞かされた。


 ぼくは、どうしたらいいんだろう。

 ぼくは、どう生きたらいいんだろう。

 お姉ちゃんが居なくなってしまったら、ぼくはどうしたらいいんだろう。


 ――ああ、わかっているよ。

 これは『ゲーム』なんかじゃない。


 しばらくぼくが付いているから、と、侍女を下がらせた。

 ねむるお姉ちゃんの顔を見ながら、ぼくは少し泣いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る