第9話

「引き取る? アルフレッド様が私を? どのような意味でしょうか?」

「言葉の通りです。神子様……いえ、フローラ様」

 アルフレッドは優しくフローラに話しかけた。

「我々は許しません。神子様は神に選ばれし人物です」

 アルフレッドは声を出して笑った。


「その神子様に食事を与えなかったり、部屋に閉じ込めたりという酷いことを行うのが神殿なのですか?」

「それは、こちらの事情です。貴方には関係ありません」

 クリフ神官長は冷たい目で、アルフレッドを見つめた。

「クリフ様、カイル様。私は教会にずいぶん融通を利かせておりますし、税金も優遇しておりますよね?」


「……それとこれとは……違う話です」

 クリフ神官長の顔に、冷や汗が流れた。

「僕は、若い娘さんを無理矢理閉じ込めて、訳の分からない理屈を押しつけている状況が気に入らないと言っているんです。フローラさん、こんな所は出てった方が良いと思いませんか?」

 フローラは急に意見を聞かれて戸惑った。

 クリフ神官長も、神官のカイルもフローラのことをじっと見ている。


「私は……ここは嫌です。神も信じられません……家へ帰りたい……」

 フローラは無意識に本音を言ってしまった。

「フローラ、家へはもう戻れません。町の人々にあれだけ盛大に魔力を見せつけてしまったのですから」

 アルフレッドの言葉を聞いて、フローラは床に目を落とした。

「私の家なら町から離れて居ますし、噂話も届かないでしょう」

 フローラはアルフレッドの目を見つめた。その目は暖かい光をたたえていた。


「正式に神子を神に捧げる儀式は、神子の選出から一ヶ月後の新月の夜でしたよね?」

 アルフレッドが言うと、クリフ神官長は渋い顔で頷いた。

「たしか、もう一人神子の候補となった方がいらっしゃったでしょう?」

「……レイスですか?」

 クリフ神官長が言った。

「私はできそこないの神子を引き取ります。その代わり、寄付金を出しましょう」


「お金で他人を自由にするつもりですか?」

 カイルがアルフレッドに問いかけると、アルフレッドは笑って言った。

「神という偽善で、他人を自由にしようとした貴方たちがそんなことを言うなんて思いませんでした」

 アルフレッドは持ってきた鞄を開き、金や宝石をカイル達に見せた。


「これでフローラさんを譲って頂きたい。もちろん、今まで通り税金の免除などもしてあげますよ?」

 クリフ神官長は少し悩んだ後、フローラに言った。

「神子様……いや、神を信じないフローラよ。この神殿を追放する。好きな場所へ行くが良い」

「え!?」

 フローラは突然の宣告に耳を疑った。


「今日から、レイスが神子様となる。フローラは神子失格として宮殿を去ることを命ずる」

「……分かりました」

 フローラは窮屈な宮殿を出られることは嬉しかった。しかし、アルフレッドが何故自分に興味をもったのかが分からなかった。

「家へは何と連絡すれば良いのでしょうか……?」

 フローラがおずおずと訊ねると、アルフレッドが答えた。


「私から、フローラの家へ連絡する。フローラが家族に手紙を書いても良い。我が家では、他人の手紙や日記を勝手に盗み見るような者は居ないからね」

 アルフレッドの言葉を聞いて、クリフ神官長達の表情がこわばった。

「神殿を出る準備をしてください、フローラ」

「え!? そんな急に……」

「部外者を置いておくわけには行きません」


 クリフ神官長と神官のカイルの後ろに、いつのまにかレイスが現れていた。

「フローラ様、寂しくなりますわ」

「レイス様……今までありがとうございました」

 二人のやりとりを聞いて、アルフレッドは言った。

「さあ、心にもない挨拶はもう終わりましたか? フローラさん、荷物をまとめるのを手伝いましょうか?」

「結構です。アルフレッド様」


 フローラは部屋に帰り、バックに荷物をまとめた。

「こんな形で神殿を追い出されるなんて。お父様やお母様に何て言ったら良いのかしら……」

 フローラは少ない荷物をまとめ終えると、部屋を出た。

 部屋の前にはアルフレッドとクリフ神官長たちが待っていた。


「それでは、我が家式に参りましょう。フローラ様」

 アルフレッドはフローラの荷物を持ち、神殿の出入り口に向かった。

「まったく、神殿の面汚しだ。こんなことになるのなら、最初からレイスを神子に選べば良かった」

 クリフ神官長の呟きを、フローラは聞き逃さなかった。

「私は最初から、レイス様の方が神子様にふさわしいと思っておりました」


 レイスはフローラを見て鼻で笑ってフローラにだけ聞こえる声で言った。

「神を信じない神子なんて、悪魔の使いがお似合いですわよ」

「アルフレッド様を悪く言わないで下さい」

「フローラ様はアルフレッド様をどれくらい知っていらっしゃいますの?」

「……それは……」


 フローラが口ごもると、レイスは得意げに微笑んだ。

「それではさようなら、出来損ないの元神子様」

 フローラが言葉を無くしていると、アルフレッドの呼ぶ声が聞こえた。

「さあ、荷物を馬車に乗せました。我の屋敷に向かいましょう」

「はい……」

 

 フローラはアルフレッドに従い、神殿を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る