第5話

「神子様、神を信じていないというのは本当のことですか?」

「クリフ様……」

 フローラは何と答えれば良いか分からず、沈黙していた。

「レイス様から、これを読めば分かると言われて、失礼だとは思いましたが拝読させて頂きました。ここに書いてあるのは本当のことなのですか?」

「カイル様……違うとは言えません」

「神子が神を信じないとは何と言うことか! 今日は礼拝室で神の声が聞こえるまで聖書を読み、神に祈りを捧げなさい!」


 クリフ神官長はそう言うと、レイスに言ってフローラを礼拝室に入らせると外から鍵をかけた。

「なんということでしょう。……日記なんて書くのでは無かったわ」

 フローラが後悔していると、外からレイスの声がした。

「神を信じないなんて、恐れ多い人がいたものね。本当に、神子になる資格なんて無かったんじゃ無いのかしら」

 フローラはレイスの言葉を聞いて反論した。

「レイス様、私は神子になりたくてなったんじゃありません」


「まあ! 神子になれなかった私を馬鹿にしているの!?」

 レイスは礼拝室のドアを蹴飛ばすと、どこかへ行ってしまった。

 フローラは一人で狭い礼拝室の中、椅子に座ってボンヤリと聖書を眺めていた。

 (アルフレッド伯爵に会ったことを書いていなかったのは、不幸中の幸いでしたわ) 

 フローラがそんなことを考えていると、昼を告げる鐘が鳴った。

「不遜な神子様、食事の時間よ」

「……はい」

「今日はその部屋から出ることは禁止されていますから」

「……分かりました」


 レイスの持ってきた昼食には、砂が入っていた。

 フローラは食べることが出来ず、それをレイスに返した。

「あら、神子様は食欲が無いようですわね」

「レイス様、こんなことをして楽しいのですか?」

「……楽しいに決まってるじゃ無い」

 フローラが礼拝室を出られたのは夜になってからだった。


「本日は、夜の食事はありません。神の声は聞こえましたか? 神子様」

 神官のカイルの言葉に、フローラは聖書の一部を諳んじて答えた。

「よろしいでしょう。神に仕えるものが、神を信じないとは論外です。それでは部屋に戻るように」

「はい……」

 フローラは部屋に戻ったが、空腹で中々寝付けなかった。


「外に出てみようかしら」

 フローラはレイスの部屋から寝息が聞こえるのを待って、隠し扉から外へ出た。

 少し歩いたところで、男性に声をかけられた。

「おや、神子様? またお散歩ですか?」

「……アルフレッド様!?」

 フローラは神殿に返されるのでは無いかと思い、身構えた。

「そんな怖い顔をしなくても大丈夫ですよ。とって食べたりは致しません」

「神殿に連れて行くのでは無くて?」

「ああ、私は神なんて信じていませんからね。神殿は嫌いです」

 フローラはその言葉を聞いて、ホッとした。その時お腹がグウッと鳴った。


「おや、神殿では食事が出ないのですか?」

「神を信じていないことが神官長に知られてしまい、夜の食事は無かったので……」

 アルフレッドはフローラの顔色を見て、首をかしげた。

「一食ぐらい食べなくても、そんな顔色にはならないでしょう? 何かあったのですか?」

 フローラはつい、口を滑らせてしまった。

「召使いに嫌われていて、昼の食事に砂をまぜられてしまったんです」


「それは気の毒に。よかったら、我が家で何か食べて行かれますか?」

「いいえ、結構です」

 フローラは断ったが、またお腹がぐうと音を立てた。

「体は正直だ」

 アルフレッドは愉快そうに笑って、フローラの手をとった。

「神官達に見つかる前に、食事をして行きなさい。神子様」

 フローラは嫌そうな顔をしていった。

「神子様と呼ばないでください。私にはフローラという名前があります」


「それではフローラ様、我が家でお食事を一緒に食べて頂けますか」

「……ご厚意に甘えても良いのでしょうか?」

「ええ、愉快な話が聞けそうですから」

 フローラはまだ迷っていたが、アルフレッドは少し強引に自分の屋敷までフローラを連れて行った。


 

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