010 私もお前も馬鹿野郎

「紙は書き置きしていたはずだぞ」


「うるせェ。せめて一言相談しやがれ」


「あれ以上君に迷惑をかけるわけにはいかないと思ったんだ!」


「だけどさっき俺を襲ってきたよな?」


「あ、あまり覚えていないが……そのようだな」


 黒い衝動に飲み込まれてしまったせいか、途中の記憶が全くない。


 彼を襲ってしまったという結果だけは痛いほど理解していた。


 それでも、苦しくはない。


 殺すことはなかったのだから。


 失うことはしなかったのだから。


 私は、それが嬉しい。


「……ありがとう」


 小さくつぶやく。


 桑ノ助は照れたように顔をそらし。


「……ダチだろ」


 小さく、返した。




 道を帰る。


 私たちは何処へ向かっているのか。


 分かっている。


 昨日も見た道なのだから。


 桑ノ助、と声をかけようとした時。


 前方に妖しい集団を見つけた。


 黒い虚無僧のような八人編成の集団。


 その八人の前に一人の男が立っていた。


 他の人間が顔を隠しているのに対し彼だけは違う。


 痩せこけた顔、挑発的な目。


 そしてぴったりと作られた綺麗な赤いスーツ。


 その両手に握られていたのはチャクラムに違いなかった。


 彼は私を目にとめるとにこりと笑った。


 反射的に桑ノ助が身構える。


 私はそれを制止し、堂々と彼に近寄った。


「連盟の吸血退治人 ラーゼ・シュトルゲン様ですね」


「ミス・ハナミヤコ。はじめまして」


 同じく真っ赤なシルクハットの鍔を抑えながら彼は口元だけにやつかせた。


「君の尻ぬぐいの為にわざわざ日本まで来たのだけれどネぇ」


 ふらふらと、真意の読めない抑揚のある声で呟き、桑ノ助に視線を向けた。


 ぴたり、と動きを止めて。


「どうやら。あの忌々しい化物の匂いは消えてしまったようですナ」


 歯茎まで見えるスマイルを、わたしと彼に交互に見せつける。


 そしてくるりと踵を返す。


 たん、と靴音を立てた。


「わたくしの仕事を奪うとは、悪い人だなァ……ハナミヤコ」


 そう言葉を投げかけた後は。


 黒い八人集団を引き連れて、来た道をたどり帰っていく。


 奥へ、奥へ。


 消え行く。


 最後に私に投げた言葉は、心なしか満足そうに思えた。


「今のは……」


「多分、吸血鬼化しかけていた私の代わりに派遣された、連盟の退治人だ」


「……お前、体の方は大丈夫なのか」


 彼が口をすぼませる。


「ピンピンしているとも」


 本当の事だ。


 なにもかも一か月前と変わらない。


 むしろ、すがすがしい気分だ。


 彼と、二人道の途中で立ち止まる。


 彼の家まではあと五分も歩けば辿り着くはずだ。


「学校はサボるつもりか」


「そもそもそんなに行かねェ」


「今後はちゃんと行け。困るのは自分自身だぞ」


「人に迷惑ァかけねぇ。それに、テメェには妹の味噌汁をちゃんと飲んでもらわなきゃなァ」


「……楽しみにしていると答えてしまった半面、それはそうかもしれないが……」


「ついででお前の復帰祝いだ! 学校行ってる暇なんざねぇ!」


「それを理由に休みたいだけだろう、君はっ!」


 ふふっ、と笑う。


 不真面目で、ばかな奴だ。


 私とは正反対の男だ。


 だけれど……。


 顔を見合わせる。


「復活祝い、と言ったな」


 確かめるように、呟く。


 彼は私の顔を見て、にやりと笑う。


 私も、同じような顔をしていたのかもしれない。


「その顔、分かってるようじゃねェか」


「ああ。うずうずしているんだろう? ならさっさと済ませてしまおうじゃないか」


「余裕だなァ」


「いや、私は君と早く『大王イカ女の恐怖』の感想を語り合いたい気分なんだ。だから、さっさと済ませようじゃないか」


「それを余裕って言うンだよ」


 構える。


 彼は拳を。


 私も、拳を。


「復活した私は、今までとは一味違うぞ」


「うるせぇな。関係ねェ」


 にやり、と私が笑う。


 彼は、嬉しそうに口を緩ませる。


 すべてが終わった後だから。


 私たちの関係が、また新しくなったのだから。


「やろうぜ、喧嘩をよォ!」


 嗚呼。


 簡単には負けてやらないぞ。

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テメェ(貴様)は俺(私)がぶっ潰す! ソメガミ イロガミ @117117A

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