第25話 因縁の来訪

 レイラ様とエレノア様のテストを受けた日から、しばらくの時が流れた。


 あれからわたしは、ボニーさんから運営の仕方を習いながら、依頼された品を作る日々を続けていた。


 時には失敗をしたり、上手くいかない事もあったけど、周りの人の支えや、お裁縫への情熱、そしてレイラ様達のおかげで、わたしの名前が国中に広がったの。


「ふぁ~……眠い……昨日夜更かしし過ぎたかな?」


 気持ちのいい朝日を浴びながら、わたしは大きな欠伸を漏らした。ちょっとはしたないけど、周りに人はいないし……いいよね?


「もうここでお仕事を始めて長くなってきたっていうのに……自己管理くらいちゃんとしなってわたし……えーっと……今日の依頼のお手紙はっと……」


 小屋の前に建てられている郵便受けの中を確認していると、どこからかパカッパカッという、馬の走る音が聞こえてきた。


 この辺で馬の走る音なんて珍しい。わたしの知ってる限りでは、馬を飼っている家は限られている。それに、こんな町から離れた所を走る意味も薄いし。


 そんな事を思っている間に、音はどんどんと近づいてくる。もしかして、目的はここ? まさか、そんな事ないよね?


「……あれは」


 わたしの予想は見事に外れた。なんと、何十人もの人間が、馬に乗って小屋の周りに集まってきた。その中心には、馬車が一台だけあった。


 え、えぇ……? なにこの状況? そもそも、この人達は誰なの?


「貴殿がセレーナ殿でありますか?」

「は、はい」

「ふっ……ふはははは! まさかとは思っていたが、本当にお前だったとはな!」


 馬に乗った人の一人から声をかけられていると、馬車の中から、とても愉快そうな笑い声が聞こえてきた。その声には聞き覚えがあった……ううん、覚えがあり過ぎて、無意識にわたしの体が震えた。


 だって……その声は……!


「久しぶりだな、セレーナ!」

「ふぃ、フィリップ様……!?」


 馬車から降りてきた男性は、わたしの元婚約者のフィリップ様だった。そして、その隣には、新しい婚約者であるサンドラ様の姿もあった。


「ど、どうしてここに……」

「腕の良い職人を探している最中に、最近有名になっている名を聞いてな。それが貴様の名だったから、本人か? と思ってな。もしそうなら、思い出話をしてやろうと、こうして赴いてやったんだよ。どうだ、嬉しいだろう?」


 思い出話? そんなの絶対良いものじゃない。きっとフィリップ様の事だから、体の良い事を言って、わたしにまた酷い事をするつもりだ。


 うっ……せっかく忘れかけていたのに、二人の顔を見てたら、あのつらかった時期の事を思い出して、気分が悪くなってきた。


「それにしても、まさか生きてるとは思ってなかったわ。虫並みの生命力ね。まあ、見た目も存在も虫以下なんだから、それも当然よね。ああ気持ち悪い」


 わたしが追い出された時とは打って変わり、横暴な態度を取るサンドラ様。あの時は演技をしていただけで、こっちのサンドラ様の方が本性だったりする。


「まったくだなサンドラ。わざわざ君が嫌な思いをしてまで出向く事は無かったのだぞ?」

「こいつをいたぶるのは快感なんですの。だから、一回くらい我慢して、本当に生きてるのか直に確認したかったの。これでまた遊べるかもと思うと、ゾクゾクしますわ」


 舌なめずりをするサンドラ様の顔は、わたしを虐げていた頃を全く同じで……体の震えが止まらない。成長したつもりでいたけど、体の芯まで染みついた恐怖が、そう簡単に消えるはずもなかったんだ。


「なら、あの痛みを思い出させてみよう。こいつに残した、俺の呪いでな……!」

「ひっ……!?」


 フィリップ様が指をパチンと鳴らす。しかし、わたしの体には何の変化も現れなかった。


「何やってるの? ちゃんとやってくださる?」

「いや、俺の黒魔法が発動しない? まさか解呪したというのか? そんな使い手がいるなんて……!」


 闇魔法の呪いって……出会った頃のリュード様に治してもらったやつだ。今思い出しても、あの時の頭痛は耐えがたいものだった。


「セレーナちゃん、騒がしいけど何が……なんだいあんた達。知り合いかい?」

「わたしの、元婚約者で……昔住んでた所の……」

「ああ、なるほど。もういいよセレーナちゃん。無理につらい事を思い出す必要はないからねぇ」


 ボニーさんは、わたしの事を優しく抱きしめながら、頭を撫でてくれた。そのおかげで、少しだけ恐怖が和らいだ。


「あたしの可愛いセレーナちゃんに何の用だい。こんなにセレーナちゃんを怯えさせて、ただじゃおかないよ」

「なにこの薄汚いババアは? 邪魔だから、どっか消えてくれる?」

「おおサンドラ、そんな不機嫌な顔よりも、笑っている君の方が美しい! とはいえ、君の気持ちもよくわかる!」

「随分とつまらない三文芝居だねぇ。ん、その服や馬車に刻まれた紋章……なるほど、まさか東の国の王族様が、隣の国である西の国の、こんな辺鄙へんぴな所にくるとはねぇ」


 いつも優しくてニコニコしているボニーさんと同一人物とは思えないくらい、低い声で睨みつける。その豹変ぶりには、驚きを隠せない。


「さっきから話を聞いてたけど……あたしの可愛い可愛いセレーナちゃんに、随分と酷い事を言ってくれたもんだね。さっさと自分達の巣に帰んな害虫共」


 いつも歩く時に使っている杖を、フィリップ様とサンドラ様に向けるボニーさん。その杖の先に、なんと熱く燃え盛る火球が生み出されていた。


 もしかして、魔法!? ボニーさんって魔法が使えたの!? 一緒に住んで結構な時間が経っているというのに、全然知らなかった!


 でも、よく考えたら孫のエレノア様が使えていたんだし、親族のボニーさんが使えても、何も不思議じゃないんだよね。


「口を慎め老いぼれ。言っておくが、俺は事前に調査しているのだぞ」

「何をだい? 三文芝居のやり方?」

「この店の運営は、セレーナが行っているのだろう? なら責任者はセレーナであって、貴様ではない」

「そういう事。これ以上でしゃばるなら、この場で首を刎ねるわよ!」

「よその国で随分と偉そうな口を叩くね。やれるものならやってみな! それでセレーナちゃんを守れるなら、こんな首安いもんだよ!」


 首を刎ねる……!? まずい、普通の人ならハッタリだって思うかもしれないけど、サンドラ様の性格なら、本当にやりかねない。


 わたしの為なんかに、ボニーさんがこれ以上巻き込まれるのだけは……絶対に駄目!!


「やめてください! お仕事なら、受けますから!」

「セレーナちゃん!?」

「わたしは大丈夫です。職人なら、どんな人でもお客様ですから。そこに職人の事情は関係ありません」

「ふん、相変わらずクソ真面目で面白みの無い女だ。まあいい、これが依頼書だ」


 フィリップ様は、ツカツカと足音をたてながらわたしの所に来ると、書類を顔に投げつけてきた。


 ああ、なんだか懐かしいな。昔はこんなのが足元にも及ばないくらい、酷い事をされてたっけ……あはは……。


「あんた……あんまり老いぼれをコケにしない方が良いって教えてあげようか?」

「ボニーさん、大丈夫ですから。これは……」


 拾った依頼書には、とある服を二着作ってほしいという要望だった。それは……なんと、タキシードとウェディングドレスだった。


「実は俺達、ついに結婚する事になってな。結婚パーティーをする事になった。そこで、最近調子に乗っている大職人様のセレーナ様に、俺達の晴れ舞台の服を作ってもらおうと思ってな!」

「どう、光栄でしょう? むせび泣いて喜ぶ権利を上げるわ! 感謝なさい!」


 扇子で口元を隠しながら、高笑いをするサンドラ様。これが彼女が上機嫌な時にする仕草だ。いつもならこの後、気分がいいからとか言いながら、わたしをムチで叩いたり、ハイヒールで踏んできたり……今思い出すだけでも、体に痛みが走る。


「この害虫が……どこまで腐ってるんだい!? 人が傷つく事をして、何が王族だい!」

「王族だからだ。王族なら、何をしても許される! 弱い民は、王族の前に跪き、何をされても逆らわない。それが民の責務だ! そして……その王にたてつく貴様は、一体何様のつもりだ? 腹立たしい……もういい。眠っていろ!」


 フィリップ様がそう言いながら、手に持っていた杖を使ってボニーさんを白い煙に包んだ。


 これって魔法? よくわからないけど、はやくボニーさんを助けなきゃ! そう思ってたのに……わたしの想いなど知らないと言わんばかりに、目の前に広がっていた光景は残酷だった。


「ぼ、ボニーさん!? しっかりしてください!!」


 煙が収まった時には、ボニーさんがその場で倒れこんでいるところだった。もしかして、わたしの時みたいな呪いが……!?


「今回はこの程度にしてやる。これでお前が作れなかったら……その時はわかってるな?」

「あなたが一番つらいと思う事をしてあげるから、覚悟なさい! あぁ、今から楽しみだわ!」

「おいおい、それはドレスが楽しみなのかい? それともいたぶる事かい?」

「もちろんドレスを着て、あなたと結婚する事ですわ! あ、納期は書いてあるから、それまでに絶対に作るんですわよ。だってお客様は神様ですから! おーっほっほっほっ!!」


 言うだけ言って、やるだけやって満足したのか、フィリップ様達は颯爽と帰っていった。残されたのは、わたしと倒れたボニーさんだけだ。


「ボニーさん、大丈夫ですか!? 何処か苦しいとか……!」

「ぐー……ぐー……ぐー……」


 あ、あれ? もしかして寝てるだけ……? これなら大丈夫そうに見えるけど、一応マルティン様に診てもらった方が良いよね。呼べば来てくれるかな……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る