第24話 モヤモヤした気持ち

「合格……ごうかく……?」


 望んでいた事のはずなのに、いきなり言われてしまったせいで、頭の処理が追い付かないわたしは、ぼんやりと合格という単語を呟く事しか出来なかった。


「おめでとぉ、セレーナちゃん。さすがあたしが見込んだ子だよ!」


 ぼんやりし続けるわたしに向かって、ボニーさんはわたしに抱きついてきた。ちょっと苦しいし、痛いけど……それくらいボニーさんが喜んでもらってるって思うと、わたしも嬉しくなっちゃう。


「セレーナさん。今回はこんな試すような事をして申し訳なかったわ」

「いえ、そんな……」


 今までずっと真剣な顔だったり、険しい顔だったレイラ様は、初めて表情を柔らかくしてくれた。それは、とても慈悲深い微笑みで、見てるだけで安心できるものだった。


「私、このお店が無くなるのかと思って焦ってしまったの。自分のお店も大事だけど、ここも大事で。どうしても潰させないために、あなたの力量を見たかったの」

「レイラ、あなた……最初からこのテストで何が出てきても、認めるつもりだったでしょう?」


 優しい笑顔でレイラ様を見つめながら、優しく頭を撫でるボニーさん。あのボニーさんの人生が詰まった手で撫でられると、凄く落ち着くんだよね……不思議。


「それは少し違うわ。あまりにも酷い出来だったり、誠意がなければ、認めるつもりはなかった。だけど、セレーナさんのは……まだ技術は未熟だけど、気持ちがとても伝わってきたの」

「気持ち……」

「さっき似たような事をエレノアが言ってたけど、これを着たらどう思うか、どう快適になるか、なにかあった時に守ってくれるか……そういう気づかいが、品を通して伝わってきたの。そういうの、受け取った側は嬉しいものなのよ」

「しかも、これってさっき聞いた通り、ちょっぴり幸せで素直になる魔法がかかってるんでしょ? 凄く素敵な魔法だよね!」


 何故か魔法の事を褒められると、凄く嬉しくなっちゃう。やっぱり、魔法もわたしの一部でパートナーだから、パートナーが褒められたら嬉しくなっちゃうってやつだよね。


「さて、あなたの事は、私達が色々と伝手を使って話を広めておくわ」

「アタシ達が認めた凄い職人がいる、心も体もポカポカになる服屋さん! みたいな感じで宣伝するよ!」

「あらまあ、そんなに殺到されたらセレーナちゃんが倒れちゃうじゃないの! ただでさえ最近仕事が増えてるのに!」

「その辺はうまく調整しなきゃだよ、おばあちゃん!」


 なんだかよくわからないうちに、話が進んでいってしまった。なんにせよ、レイラ様とエレノア様には認めてもらえたって事で……いいんだよね。


 いいのなら……早くあの人に、ちゃんと終わったよって伝えにいきたい。もちろん、直接会って。


 でも、まだレイラ様とエレノア様がいるのに、いきなり出て行くなんて失礼すぎる。あの人なら、きっと逃げたりしないだろうし……うぅ、わかってても早く会いたいよ!


「さてと、それじゃあたしは久しぶりに会った娘と孫と一緒に、食事でも行ってくとするかねぇ。家族水入らずの時間だから、セレーナちゃんは遠慮してもらえると嬉しいわ」

「え、ボニーさん……?」


 なんていうか、凄くらしくない事を言うボニーさんに、わたしは驚きながら視線を向ける。すると、ボニーさんは意味深にウィンクをしていた。


「そ、そうですね。久しぶりに会ったんだから、行ってきてください! わたしもその、今回の事を報告したい人がいるので、その人の所に行ってきます!」

「もしかして、彼氏?」

「かれっ!?」


 ニマニマと笑うエレノア様。まるでわたしの考えてる事が全部バレているようだ。


「なら、アタシの作った魔法道具をどうぞ! あ、これ使いきりだから、使ったその日の夜に捨てといて! 土の肥料になるから!」


 エレノア様がくれたのは……靴? どう見ても普通の靴だけど、これの何が違うんだろう?


「その……わたし、これからも頑張るので、見守っててもらえると嬉しいです。それと……認めてくれて、ありがとうございました!」

「ええ。このお店の事、よろしくお願いします」

「恋も仕事も頑張ってね! それじゃおばあちゃん、どこに食べに行くー?」

「そうねぇ……二人が食べたいものなら何でもいいわよぉ」

「あ、お母さん! 腰が悪いんだから、そんな急ぐ必要ないわよ!」


 賑やかに、そして楽しそうに去っていくボニーさん達を、わたしは頭を下げて見送った。


 さてと、せっかく気を利かせてもらったんだし……その行為に甘えよう。


「この靴、どうやって使うんだろう?」


 エレノア様から貰った靴を履いてみると、靴がほんのりと光りだした――刹那、わたしの体はいきなり走りだしていた。


 ううん、走ってるっていうより……滑ってる? この靴が勝手に動いて、それに乗っているような感じで、凄く不思議だ。


 魔法道具にも色んな種類があるんだね。って、ちゃんと目的地を伝えないと。


「えっと森の中にある滝にいる、リュード様の元へ連れていって」


 わたしの言葉を聞いてなのか、靴がキラリと光る。すると、光の靴は目的地に向かっていった。


「あ、あっという間についちゃった。いつもはもっと時間がかかるのに」


 時間にしたら、いつもの半分以下の時間だと思う。正確な時間は測ってないから、確かな事は言えないけど。


 ……リュード様、わたしが急にきたらビックリするかな? きっとわたしはまだテストの品を作ってると思ってそうだ。


 とりあえず、テストの結果や差し入れをくれた事、あとは……この前通話石で言いそびれた事をちゃんと伝えないと。


 それに、最近また来れなくなってたから、しっかり来れなかった分、滝に縛られてる人達を開放してあげないとだよね。


「肝心のリュード様は……あ、いたいた! おーいリュード様ー!」

「…………」


 ゆっくりとリュード様に近づきながら声をかけるが、リュード様は滝つぼをジッと見つめたまま動かない。


 最近、なぜかわからないけど、リュード様の反応が鈍いんだよね。話してる時はそんな事ないんだけど、会った時が凄く鈍い。


「釣れてますかー?」

「…………」


 やっぱり反応はない。何か考え事をしているんだろうか? わたしにはどうしようもできないけど、聞くくらいなら出来るのに。


「うーん、どうすれば気づいてもらえるかな……リュード様ー!」

「……ん?」


 滝つぼを見つめるリュード様の視界を遮るように、わたしは手を大きく振ると、ようやくリュード様は気づいてくれた。


「セレーナ? あれ、どうしてここに?」

「テストが終わったので、その報告や諸々のお礼をしに来たんです!」

「そうだったのか。それで結果は……うん、聞くまでもなさそうだ」

「え、どうしてですか?」

「だって、君の表情が喜びに満ち溢れているからね。駄目だった人間のする顔じゃないよ」


 うぅ、あっさりバレちゃった。本当は驚くリュード様が見たかったんだけど、こればかりは仕方ないよね。


「はい、無事に認めてもらえました。これもリュード様のおかげです!」

「僕は何もしていないよ。全ては君の培ってきたもののおかげさ」

「なに言ってるんですか。リュード様のアドバイスがなければ、わたしはウジウジ考えてるだけで何も出来ませんでした。それに、差し入れもしてくれたじゃないですか」

「ふふっ、何の話かな? 洞窟の近くに生る果実なんて、送った覚えは無いよ?」

「どうして洞窟の所の果実ってわかるんですか?」

「…………」


 リュード様は、気まずそうに視線を逸らす。その頬は、わたしが貰った果実のように、赤くなっていた。


 きっと、わたしに気を使わせないように、とぼけたつもりなんだろうけど、完全に自爆してしまってる。リュード様、可愛いなぁ。


「ま、まあいいじゃないか。それで、これからはまた忙しくなる感じかい?」

「はい。凄い方達がわたしの評判を広めてくれるそうです。とはいえ、ボニーさんが以前、仕事量を調整してくれるとは言ってくれているので、一人で回せる量だとは思います。運営の仕方も学ばないといけないので……また来れない日々が続くと思いますけど」

「そうか。君に会えないのは残念だ。僕としては、もう少し会える時間があったら嬉しかったが……時間もあまり無いしね」

「……?」


 時間って、何の事だろう? 確かにこうして会える時間はあまり無いけど、これから先の人生はまだ長い。会える時間は沢山あると思うんだけど……。それに、どうしてそんな悲しそうな顔をするの?


「リュード様、何か悩みがあるなら言ってください。わたしなんかが力になれるかはわかりませんけど、話せば少しはスッキリするかもしれないです」

「ありがとう。その気持ちだけいただいておくよ」

「……そうですか」


 悲しそうな顔から一転して、リュード様はいつものように、少し締まりのない笑顔を浮かべた。


 でも、わたしにはその笑顔が少し無理をしているように見えて……何とも言えない、モヤモヤした気分を抱えたのだった。





 ――あ、話してる途中で切れちゃった時の話、してなかった……どうしよう……恥ずかしいし、このまま無かった事にしようかな……。

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