南部連合 その2

 それにしても屈強な男達があっさりと昏倒させた。泡を吹いている男達は自分では立ち上がる事が出来ないので看守官らに引きずられて隅っこに寄せられた。木の桶に入った水を顔にかけられて無理やり起こされる。


 どうやら今日の稽古が終わったようだ。複数の看守官が黒髪の少女の方へ緊張気味でやってきた。彼女は一人の看守に自ら細い腕を差し出す。そのまま手かせを付けられた。


(――――――――あんなに強いのにどうして、彼女は逃げようと思わないのだろうか……?)


 チャンスならいくらでもあるはずだ。看守官を人質に取って逃げても、剣を奪って倒してもいい。看守官という役職は武装はしてはいるが正規兵ではない。訓練も並だ。どちらかと言えば、剣闘士の方が正規兵並に強いだろう。


 それなのに彼女は冷たい手かせをはめられることに嫌がる表情を見せない。ヨハンネにはそれが不思議で仕方がなかった。ヨハンネを横目にダマスがニヤッとしながら言う。


「ここまで来たんだ。話してみるか?」


 不意に聞かれたヨハンネは少し戸惑いたが少し考えて、彼は頷く。


「僕……彼女と話してみたい」

「よし、待ってろ。あ――看守官、ちょっといいか?」


 とダマスが地下牢の責任者と彼女と会えるように交渉を始めた。





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 数分経たないうちに、ダマスが笑顔で帰ってくる。その笑顔にヨハンネは勘付いた。でも自分からは言わなかった。結果を待ってみたかったからだ。


「話しても良いらしいぜ。警備も外してもらった。地下牢の右から3番目に彼女が居る。行って来い」


 とヨハンネの後ろに回り込み背中を少し強引に押した。


「ダマスは行かないの?」


 いつも行動する時は二人だった。どちらかが誘い、どちらかが誘われる、そんな仲だった。階級的にヨハンネの方へ一つ下になるが家が隣りである事と幼少期からの仲なのでそれを気にしない。ヨハンネは一人ではどうしたら良いのかわからないでいた。


(――――――何を話せば良いんだろうか……最初の言葉が見つからない……)


 本当の兄弟のようにダマスが兄的存在でヨハンネは弟的な立ち位置が自然に定着していた。ヨハンネが心細い顔でダマスを見つめる。その困り顔にあきれてしまうような、かわいそうなような、複雑な気持ちになりながらもダマスは言う。


「俺は、だな、その、あれだ。これから用事が、あるんだ……」


 と鼻のてっぺんを掻いた。ダマスにはそんな用事などまったくなかった。ヨハンネにもそれが嘘というのが直ぐにわかった。なぜならダマスが嘘をつく時は必ず、人差し指で鼻をかく癖があるからだ。


「へー、そうなんだ」


 ヨハンネが目を細め訝る。ダマスは彼から目をそらして、誤魔化そうとした。視線の先にヨハンネは移動して再び睨む。


「……な、なんだよ。あっ何か? お前の母ちゃんに秘密をバラしちゃうぞ」

「え?」


 と普段より大きく、後ろに仰け反るリアクションをした。秘密とは例えば今いる場所のこと。親に黙って闘技場に通っていた。ましてや、これから剣闘士と会いにいくとなると、どんな反応をするか。


 グレイゴスはいつも自分の息子に耳にタコが出来るほど、賭け事に関するものは絶対にしてはいけない!、と言っていた。また、奴隷に一人で接触することも駄目だと強く言われている。よくある話しだが闘技場で賭けをした者が大負けしてしまうと、下手すれば自分が剣闘士になり下がるか、鉱山で強制労働させられる。この前も、隣街のエボンズという農夫が賭に大負けし、負け金の返済の為に強制労働として鉱山に送られた。グレイゴスの友人らには商売も賭けだろうと問われる事があるが、首を横に振って、商売を賭けと一緒にするな、と冗談が通用しない生真面目な部分を見せている。


「あぁグレイゴスのおっちゃんに言おうかなぁ?」


 悪戯っ子のようにヨハンネを追い込む。


「うぅ……それはだめだよ。そんな事したら……」


 今度はダマスがヨハンネを攻める目で見る。彼は喉を唸らせ決断する。


「わ、わかったよ! 僕だけで行って来るから、また明日ねっ」


 捨て台詞のような言葉を残して、ダマスに背中を向けて地下牢に向かって行った。


(――――――――ダマスのバカ!酷いなぁもぉ―――ッ!!!)


 ヨハンネは心の中で文句を言いながら廊下を小走りした。

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魔王と呼ばれた女剣闘士を買った少年の物語 飯塚ヒロアキ @iiduka21

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