南部連合 

 ヨハンネは難しい顔をしながら闘技場の出口に向かって歩いていた。そんな彼の姿にダマスが気にかける。


(―――――――難しい顔をしやがって。何か悩みでもあるのか?)


「なぁ? どうした」

「あっ、うん。何でも無いよ……」


 一言だけ返事が返って来る。ダマスは彼が考えていることがわかり、指をパチリと鳴らした。ヨハンネの肩を叩く。


「なぁ見に行くか?」

「え? 何を」

「決まってるだろ。彼女にさ」


 それにヨハンネは笑みを見せ、嬉しそうにうなずいた。


「丁度、ここの通路から地下牢に行く階段があるんだ」


 とダマスが親指を立てる。二人はその方角に向きを変えて歩き始めた。目の前から鎖につながれてた奴隷が見えてきて、そのまま彼らの横を横切った。彼らも人狩りで捕まったのだろう。身体を震わせもう諦めたかのように絶望したような表情のまま猫背で歩いている。


 ヨハンネは奴隷と目が合わないように下を向いた。ふと思ったのは可哀想という感情だ。そして自分があんな風になりたくないという感情もあった。恐怖心が襲ったのだ。


 自分自身、奴隷にされて、こき使われるとしたら――――奴隷の仕事は複数に分かれる。


 重労働である鉱山採掘の作業。貴族の使用人。地主の農奴。そして剣闘士。鉱山採掘は危険で落盤や地下から噴出す硫黄などの猛毒で肺をやられ長生きは出来ない。貴族の使用人は大半が女性で、美人でなければ買取ってもらえない。


 最終的に生きながらえたとしても、未来は暗い。暗黒の闇よりも。歳を取り動けなくなると汚れた布切れのように棄てられるからだ。


 次に地主の農奴は案外長生きは出来る。しかし、死ぬまで永遠に畑と向き合う事になる。でも、多少の自由が許されているのが唯一の救いだろう。土地を持つ地主は商品を傷つける事はあまりしない。理由は生産性を落としてしまうからである。しっかりと食事を与え寝床も用意する。誰もが行きたがり誰もが買ってもらいたがる。だが、自分で選べないのが奴隷なのだ。


 剣闘士もチャンスでもあり地獄でもある。長生きは出来ないかもしれないが、勝ち続ければ有名になり、何処かの国の騎士や傭兵として雇われる事がある。そうなれば、ほぼ自由の身だ。


 以前、ゲルマンと言う大男が闘技で連戦連勝し彼の噂が少し離れたメソドリア国に伝わり、傭兵として雇われ、この地獄から堂々と出る事が叶っている。


 ヨハンネとダマスは地下牢に続く薄暗い階段を降りて行った。風が通り抜ける音がし靴音が壁を伝って響く。ダマスが壁に掛かった蝋燭台を手に取った。地下に行くにつれ埃っぽくて初めて嗅いだ異臭がしてくる。


(―――――――なんだろう……この臭い……)


 ヨハンネはたまらず鼻を押えた。蝋燭の明かりで見えてきたのは無数の冷たい鉄製の牢屋だった。少し歳を取った衛兵がヨハンネとダマスの姿に気付くとニコニコしながら歩み寄る。


「これは、これはダマスのお坊ちゃん。今日はこんな所へどうされましたかな?」


 ゴマをするような仕草をした。この衛兵は腕に黒い腕章からして看守官という役職のようだ。看守官とは牢に入れられた者、ここでは奴隷を監視し食事を与える係りである。


「――――極東の魔王を見物に来た」

「おぉ~そうでしたか。ではこちらに。ちょうど良いタイミングでしたよ。極東の魔王は今、練習場で稽古中なんです」


 剣闘士は闘技が無い時には闘う為の訓練をさせられる。なにしろここに送られて来る奴隷の大半が武器を扱えないど素人ばかりだからだ。武器が使えなければ話にならない。観客も呆れて帰ってしまうだろう。彼らが求めるのはどちらが勝つかわからない手に汗握る緊迫感と躍動感なのである。


 長い通路を抜けた所に練習場が設備されていた。そして、一人の娘と六人の男たちが対峙して稽古していた。黒髪の娘は、麻織りの服に革の靴。服装は簡易な露出度の高い服だった。


 年ごろの少女にしては、羞恥するのだろうが彼女は無表情の顔を崩さず、なんとも思っていないようだ。お構いなしに大胆にも大股を開いて動き回る。


 持っている武器は研がれていない模造品だ。とても雑で本当に戦うために鍛えられたのか、と疑ってしまうほどだ。刃もまったく研がれておらず、鉛色をしている。


 その理由は単純だった。反乱を起こさせない為である。殺傷能力の高い武器は持たせるのを最小限に抑えているのだ。


 ヨハンネの見つめる先で黒髪の少女は相手の槍を弾き返し剣を受け流す。足技を巧みに使って、相手のバランスを奪う。脚力も凄い。相手が面白いほど転がるのだ。


 暇な看守官らがそれを見て拍手する。最強の戦士の稽古を目の前でしかもタダで観戦できるのだから、最高の職と思う者もいるかもしれない。


 数人かかりで、娘を壁まで追い込もうとすれば、壁に向かって走り、相手の頭上を飛び越えて背後に回る。それは、まるでサーカスだ。彼女が振り下ろした剣が後頭部にのめり込み、昏倒させる。着地を狙った相手には裏蹴りをくらわせた。彼女はどうやら格闘技術が高いように見える。


 ヨハンネは無言のままで鉄格子越しで見える彼女の姿を吸い込まれるように見入ってしまった。


(――――――――彼女はどうしてあんなに無表情で闘えるのだろうか?)


 闘うとき、一体、何を思っているのか?怖くはないのか?辛くはないのか?悲しくはないのか?、とヨハンネは口にせずに視線の先にいる彼女へ無言のまま返って来るはずのない答えを求め、質問をし続けた。そんな想いが届いたのかその彼女がヨハンネに気が付いた。


 先程まで機敏な動きで相手していた少女だったが、急に動きが鈍くなり、闘いながらヨハンネの方へを視線をチラチラと向けてくる。


(―――――――なんかさっきから目が合う様な気がするけど……)

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