第48話

(マクリーシュを立ち直らせるために、私にもすべきことが……できることがたくさんある)


 ロレインの心に、頑張ろうという気持ちが強烈に湧き上がってきた。

 マクリーシュの国王夫妻、そして王太子夫妻は玉座に別れを告げなくてはならなくなった。

 表面的な部分だけ見れば、ジェサミンは慈悲の心などまったく持ち合わせていないように思えるだろう。

 幽閉という厳しい処分を下し、引導を渡したのだと、人々は震え上がるに違いない。


(でも医療施設のある島は、国王にとっては身を隠して療養するのに最適な場所……)


 第三国に追放したり、修道院に送るという選択肢もあった。しかしその場合、元からそこで暮らしている人たちによけいな重荷を背負わせることになる。


(それにサラの心は……人として重要な部分が欠けている。他人の悲しみや苦しみに対する感受性が乏しい。自らの愚かな行為によって失ったものの大きさを知るために、精神的に成長してほしい。心のお医者様が、真の反省に導いて下さればいいのだけれど)


 大変な道のりであることは確かだし、決して容易ではないだろう──それでもヴァルブランドの医学に、ロレインは一縷の希望を見出していた。


「ジェサミン様、マクリーシュへの出発はいつですか?」


 ジェサミンに尋ねると、彼は声をあげて笑った。


「さっき『早速』と言っただろうが。すぐに、大急ぎで、大至急出発せねばならん。俺たちの新婚生活を完璧なものにするためにな!」


 ロレインはどきりとし、心臓がおかしな具合に飛び跳ねるのを感じた。


『お前に手を出すのは、筋を通してからと決めている』


 いつかのジェサミンの言葉を思い出し、顔が熱くなってしまう。


「約束通り仕事に精力を注ぎまくって、まとまった時間を捻出したのだ。女官たちに荷造りするように指示してある。あとは俺たちが、即座に行動に移すだけだ」


「ジェサミン様……!」


 ロレインの心は舞い上がった。生まれ育った国、忘れられない我が家、かけがえのない父のいる場所。本当は帰りたくてたまらなかった。

 きっとジェサミンは凄まじい意志の力で大量の仕事をこなし、長期の休みを手に入れてくれたのだろう。

 ロレインが感謝を捧げようとしたとき、謁見室の扉がわずかに開いた。三つの小さな顔が部屋の中を覗いている。

 可愛い宝物である三人が扉を押し開き、こちらに走り寄ってきた。

 ロレインは玉座のある壇から降り、屈んで両手を広げた。三つ子がしっかとしがみついてくる。


「姉さま、お国に帰るって本当?」


「兄さまも行くんだよね?」


「僕たちも行きたい!」


「みんな……」


 三つ子にせがまれて、ロレインはどう答えたらいいかわからなかった。

 もちろん彼らを連れていくのがベストだ。置き去りにしたら罪悪感にさいなまれるだろう。しかしヴァルブランドの皇子である彼らを、おいそれと国外に連れ出すことはできない。


「ごめんね。マクリーシュはとても遠い上に、不安定な状態なの。この埋め合わせはきっとするから……」


「「「やだ! 一緒に行きたいいいい!!」」」


 三つ子はかぶりを振り、躍起になってロレインの周囲を飛び回った。ロレインは一番近くにいたカルの小さな体を両手で包み込んで、なんとかなだめようとした。

 ジェサミンが右手でシストを、左手でエイブを抱き上げる。


「カル、シスト、エイブ。我儘を言うんじゃない。今度の旅は、楽しむ余裕はほとんどないんだ。俺たちが留守の間、お前たちが国を守らないとならんのだぞ」


 なだめすかすような言葉にも、三つ子は納得してくれなかった。ロレインが困り果てた次の瞬間、守り役のひとりが室内に飛び込んできた。


「こ、こちらにいらっしゃいましたか……っ!」


 守り役は肩で息をしていて、疲れ果てたような顔をしている。どうやら三つ子は、周囲を仰天させるいたずらっ子ぶりを発揮したらしい。

 少し遅れてばあやと、なぜかティオンも入ってきた。


「おやおや若様方。大好きなお兄様とお姉様が旅立つと聞いて、じっとしていられなくなったのですね」


 近づいてきたティオンの目がきらりと光った。


「カル様、シスト様、エイブ様。お利口にお留守番をしていたら、スペシャルなお土産があるかもしれませんよ?」


 カルが目をしばたたく。シストとエイブも目をぱちくりさせた。


「「「おみやげ?」」」


「ええ。最高に可愛らしい『甥』か『姪』というお土産です。若様方は『叔父様』になれる『かもしれない』のです。これは若様方がなりたがっていた『お兄様』と、ほとんど同じ立場と言っていい。つまり『妹』か『弟』のようなものができる『かもしれない』ということ……っ!」


 ティオンの言葉に、ロレインはさすがに息を呑まずにはいられなかった。ジェサミンも同じようだ。一応『かもしれない』の部分を強調してくれていたけれど。


「いもうと、おとうと!」


 カルがはしゃいだ声を上げた。


「僕、おみやげそれがいい」


 シストがにっこりする。


「がまんしてお留守番する!」


 エイブがうきうきした声で言った。


(よ、ようやく得心してくれたのはよかったけど……っ!)


 どうやら後宮の管理人たるティオンには、ロレインたちが本当の意味で結ばれていないことがバレていたらしい。

 ロレインがかろうじてうめき声を呑み込んだとき、ばあやが微笑みかけてきた。


「若様方のことはお任せくださいませ。お三方とも『叔父様』という新しい役割がお気に召したご様子。きっといい子でお留守番してくださるでしょう。とはいえ、コウノトリのご機嫌次第であることもお教えしておきます」


「あ、ありがとうばあや……」


 すでに三つ子と家族同様の温かい関係を築いたばあやは、ヴァルブランドに骨を埋める覚悟だ。

 かつてのロレインがそうだったように、三つ子は愛されていると実感しながら成長することができるだろう。本当に感謝しかない。


「じゃ、じゃあジェサミン様。私たちは行きましょうか……」


 ロレインはジェサミンを見上げた。ジェサミンが「おう」と答える。

 その力強い口調とは裏腹に、彼の顔はかつて見たことがないほど真っ赤に染まっていた。



──────

ラストが近づいて参りました。(あと2話くらいです)

次回更新は27日の予定です。少しお待ちくださいませ。

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