第30話
「よく言った。戦士になるには、トレーニングはもちろん食事が重要だからな。お前たち、朝飯の前に飛び出してきたんだろう? 俺とロレインと一緒に食べるか?」
ジェサミンの言葉に、三つ子が嬉しそうな顔になる。
「じゃあ行くか」
左手にシストの、右手にエイブの小さな手を握り、ジェサミンが歩き出す。ロレインの手を握ろうとしていたカルの口元が、なぜか引き締まった。
「僕はロレインの戦士だから、先に安全をたしかめなきゃ!」
小犬のようなはしゃぎぶりで、カルが駆けていく。
皇族のプライベートエリアに入ることが許されている人間は数えるほどしかいないから、危険はないに違いないのだが。それでもボディガードたらんとするカルが誇らしくて、ロレインはにっこりした。
カルが弾んだ足取りでジェサミンたちを追い抜き、建物の角を曲がる。
「お前はいったい何者だティオン! ベラ、マイ、リン、あと知らないおばさんっ!」
小さな警備主任の言葉が、状況を過不足なく教えてくれた。
(そうだった、私たち窓から抜け出したんだった……!)
ティオンはともかく、ベラたちが探しに来るのは至極当然だ。最後のひとりは恐らくばあやだろう。
ロレインたちもすぐに角を曲がり、案の定四人の使用人とばあやに出迎えられた。
「おめでとうございます! お二人が素晴らしい夜をお過ごしになったうえに、ロレイン様は弟君たちまで虜になさった。嬉しい驚きです。私の心配事が一気に解決いたしました……っ!」
ティオンが激しく興奮した口調で言った。最初から気取りがなくて親しみやすい人だったが、人間らしい喜びを爆発させているのがわかる。
(わ、私も爆発しそうなくらい恥ずかしいっ!)
女官たちとばあやの表情から推測するに、ロレインとジェサミンが心も体も結ばれたと思っていることは間違いなさそうだ。
「え、ええと。な、なんていうか、その」
感情が高ぶって声がうわずってしまう。まったく無防備な状態だったので、言葉が思いつかない。ひとりで百面相をしているロレインを、ジェサミンが面白がっているような顔で見ている。
そうこうしているうちに、ティオンの興奮が涙に取って代わられた。
「ありがとうございますロレイン様……若様方に優しくしてくださって。もちろん、悲しい仕打ちをなさる方ではないと思っておりましたが。うう、懸念が全部消えて、涙が……」
ロレインははっとした。あれこれ詮索しなくても、ティオンの言葉の意味はわかる。
(私は皇后。カルとシストとエイブの未来に影響を及ぼす判断を下せるんだ……)
後宮入りする娘の第一の野心は皇后になることで、第二の野心は自分が産んだ息子を皇帝にすること。
(彼らの幸せな未来を願うより、邪魔な人間として容赦なく排除する? 私には、そんなことできない)
ロレインの心が千々に乱れたとき、ジェサミンが大きな声で笑った。
「心配しすぎだ、ティオン。この俺が、三つ子たちから元気を奪うような女を正妃にするはずがないではないか」
「そうだよ。僕らなかよしだもん」
「僕たち、ロレインが好きになっちゃった」
「ロレインも僕らが好きだよね?」
四組の目がロレインを見ている。ロレインは「もちろん」とうなずいた。
「私も大好きよ」
「兄さまのことはもっと好きでしょ? 好きだからお嫁さんになったんだよね? 兄さまのどこが好き?」
カルがきらきら輝く目で問いかけてくる。ロレインは助けを求めるようにジェサミンを見た。
「俺も聞きたい。どこが好きだ?」
いたずらっぽい表情でジェサミンが尋ねてきた。
「ええっと……そ、それは……」
ロレインはすっかりうろたえてしまった。感情を包み隠しておくことがまったくできなくなっている。
「も、ものすごく大きいところ、かな」
自分を固く信じている三つ子をがっかりさせたくなくて、ロレインは気持ちを奮い立たせた。
「図抜けて大きな体も、器の大きさも、いつでも私を受け止めてくれる大きな心も、全部大好きよ。ジェサミン様と一緒だと、とびきりのプレゼントを貰ったときみたいにドキドキするの」
「なるほど、それは最高の気分だね」
「ジェサミン兄さまが宝物ってことだね」
「兄さまは、すてきすぎるほどすてきだもんね」
三つ子がロレインのお腹や腰に抱きつきながら、満面の笑みで言う。
「え、ええ、そうね……」
恥ずかしくて神経がどうにかなりそうだった。ティオンも女官たちも感激しているし、ばあやはハンカチで涙を拭っている。
ロレインは恨みがましい顔でジェサミンを見た。昨晩から表情を色々と変えすぎて、顔の運動不足がすっかり解消されたに違いない。
(どうせ、いつもみたいににやりと笑ってるに決まって……)
いなかった。ロレインはジェサミンの顔が、みるみるうちに赤く染まるのを見た。
「……やばいな。これまで味わったことのない、最高の気分だ」
手を口に当てて声を抑えて、間違いなく身悶えしている兄を、そっくりな顔立ちの弟たちが不思議そうに見ていた。
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