第29話
「くっつきすぎだぞ、カル」
ジェサミンが唇の端に笑みを浮かべながら、ロレインに真正面から抱きついていた子を抱き上げた。
「ロレイン。こいつが三つ子の一番上の、カルだ。三人の中で最も運動神経がいい」
「大きくなったら、兄さまの戦士になるんだ」
カルが見せたとびきりの笑顔が愛らしすぎて、ロレインは頭がくらくらした。
ジェサミンがカルに頬ずりする。カルはきゃっきゃと歓声を上げた。兄弟の仲の良い姿に、胸がきゅんとしてしまう。
「兄さま、僕も抱っこ」
ロレインのドレスをしっかり握り締めていた子が、ジェサミンのスラックスを引っ張った。
「おう。こいつが二番目のシストだ」
ジェサミンがカルを下ろして、シストを抱き上げる。
「石集めに夢中になっている。学者肌だな」
「国一番のコレクターなんだよ。大人になったら、世界中に石を集めに行くんだ」
シストの誇らしげな顔があまりにも愛くるしいので、ロレインは頬が熱くなるのを感じた。
シストを右腕に抱えたまま、ジェサミンは左腕だけで最後のひとりを抱き上げた。彼の長い脚にカルがしがみつく。どうやらよじ登ろうとしているようだ。
「三番目のエイブは、想像力が豊かな子だ。芸術の才能がある」
「絵も粘土も好きなの。お姉さんもいっしょに作ろ?」
エイブの話し方は少し舌足らずで、身悶えするほど可愛らしい。
「ひとりが何かの病気にかかれば、すぐに残りの二人もやられてしまう。ロレインに会わせたいと思っていたが、風邪をこじらせていてな」
ジェサミンはそう言って、問いかけるようなまなざしを守り役たちに向けた。
「人手が足りないようだが」
「は、はい。今朝になって急に……。若様方の風邪が、ミセス・ラドリーにうつってしまって。ミセス・ネーピアは転んで足を挫いて、ミセス・イエーツはおめでたを理由に退職したいと……」
「残った私たち二人で、若様方をお守りしようとしたのですが……」
「到底無理だな」
三人まとめて抱っこしながら、ジェサミンが溜め息をついた。
「新しい守り役を雇うまで、誰かに三つ子たちの面倒を見てもらうしかないな。雇うにしても、愛情深いベテランがすぐに見つかるかどうか。五歳児を追いかけられる若者も必要だ」
「すぐに決まればいいのですけれど……」
「責任感と落ち着きのある方が必要ですわ……」
「あ、あの。私にお手伝いさせてもらえませんか?」
気が付いたら口に出していた。そうせずにはいられなかったのだ。
ロレインはずっと弟妹が欲しかった。五歳で母を失ったし、父に再婚の意思がなかったので、夢想するだけだったけれど。
「私……子どもが大好きなんです。マクリーシュでは、子どものための慈善活動をしていました。私はカルとシストとエイブの姉になったわけですし、三人の世話をするのは『家族』の仕事だと思うんです」
三つ子が好奇心に満ちた目でロレインを見た。
「そ、その。皇后としての仕事がある日は無理かもしれないけれど、それ以外の時間は喜んで手伝いますから……」
「やった!」
カルが嬉しそうに拳を突き上げる。
「ロレインならいいよ」
シストが紳士らしくうなずく。
「家族かあ……」
エイブが恥ずかしそうに体をもじもじさせた。
ジェサミンが三人を芝生に立たせる。ロレインも膝をつき、近づいてきた三人をしっかりと抱き寄せた。
三つ子の母親は、彼らの一歳の誕生日まで生きることができなかったと聞いている。父親である先代皇帝も亡くなっているし、三つ子には愛してくれる両親がいないのだ。
ジェサミンが弟たちを心から愛し、兄として全身全霊で守りたいと思っていることがわかる。ならばロレインにも姉として、三つ子に愛情に満ちた幸福な子ども時代を送らせる責任があるはずだ。
ロレインは決意に満ちた目でジェサミンを見上げた。彼はこれまでで一番優しい顔になって、片膝をつく姿勢を取った。
「カル、シスト、エイブ。お前たちに仕事を与える。それはロレインを守ることだ」
「戦士になるの?」
わくわくした声でカルが聞く。
「そうだ。お前たちはロレインの弟であり、家族であり、信頼できる仲間でなければならない。戦士はどんな状況下でも大切な人を守る。お前たちが突っ走って怪我をしたり、無茶をして病気になったりしたら、元も子もない」
三つ子が神妙な顔をしてうなずく。
「イタズラは慎まなければならない。できるか?」
「わかった。もう戸棚のお菓子を勝手に食べたりしない」
「水たまりで泥んこ遊びするのもがまんする」
「ベッドの上でジャンプするのもやめるよ」
ジェサミンは微笑んだが、すぐに真顔に戻って続けた。
「少しくらいは許す。だが、やりすぎは駄目だ」
「やりすぎはだめ、わかった」
「心配いらないよ。ロレインをはらはらさせたりしない」
「ロレインのことは、僕たちが守るから」
戦士任命が大きな効果をもたらしたらしく、三つ子は途端に聞き分けがよくなった。大人びた口をきく彼らが可愛くて、ロレインも思わず微笑んだ。
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