第21話

「じょ、条件でございますか。それは一体、どのような……」


 レイバーン公爵が怪訝な顔をする。ファーレン公爵が彼を押しのけ、一気にまくし立てた。


「ご安心ください陛下! 公爵令嬢のジリアンは才色兼備、その妹のライラはまだ十五歳ですが、将来とびきりの美人になることは確実でございます。侯爵令嬢のルシアは有能な上に献身的な性格で、ダニエラは知的な芸術肌。パトリシアは慈善活動に熱心で、マチルダは男並みの教育を受けております。そして何と言ってもグレースは穏やかで謙虚、その上絶世の美女でございます!」


 ファーレン公爵はどうだと言わんばかりの顔でジェサミンを見た。


「八名全員が不祥事とは無縁、もちろん婚約破棄歴もございません!」


「そういう細かいことを言いたいのではない。厳しい条件を課す必要があるなら、とっくの昔にしている」


 低い声でそう言い、ジェサミンは溜め息をついた。

 後宮入りするのに必要な条件は『結婚歴のない高位貴族の令嬢』であることのみ。婚約破棄や婚約解消などの過去は不問とされている。そうでなければ父は、ロレインに話を持ちかけてこなかっただろう。


 ヴァルブランドが身辺調査能力に絶対の自信を持っていること、ジェサミンに五年も妃が見つからなかったことも関係しているが、一番大きな理由は『後宮の特殊性』だ。

 正妃である皇后、二番目三番目の皇位の妃はともかくとして、もっとランクの低い妃や愛妾は多少の瑕疵があっても構わないとされている。

 何十年も前の、ヴァルブランドに奴隷市場があった頃の名残らしい。当時の女性は貢物扱いで、一級品の美女であればそれでよかったのだ。


(つまり私も最低条件はクリアしていたのよね。ジェサミン様には愛妾すらいないから『お前を愛することはない』のひと言で追い返されると思い込んでいただけで……)


 彼はその気になればどんな女性でも手に入れられるが、その気がないのだろうと思っていたのだ。


(マクリーシュは誰ひとりとして、私が送り返されることを疑わなかった。身分の低い妃や愛妾にすらなれないと思っていた。私やお父様も含めて……)


 しかし、ロレインは皇后の役目を言い渡された。

 サラにとってそれは、耐え難い屈辱だろう。エライアスは昼も夜も自分の妻となるサラのことばかり考えているので、何としてもロレインの代役を立てたいのだ。


(つまり、代わりのきく人間だと思われているわけで。ジェサミン様のことも、新しい女性で宥められると思っているのよね。確かにさっきファーレン公爵が名前を出した令嬢たちは、全員典型的なマクリーシュ美人だけど)


 ファーレン公爵が半分不安そうな、半分怒ったような顔で口を開いた。


「そ、それでは陛下、その条件とやらをお教えくださいませ。どのような条件でも、八名の娘たちのいずれかが合致するに違いありません!」


 ファーレン公爵の不気味なほどの勢いは、そうであってほしい、そうでなくては困るという心情の表れだろう。

 エライアスの最側近として次期宰相を目指しているのだから、上手く処理して己の価値を証明しなければならないのだ。


「いいだろう」


 ジェサミンがうなずいた。


「俺の出す条件はただひとつ。俺に見つめられて、臆することなく立っていられるかどうかだ。騒がず、恐れず、最後まで淑女らしくあること。全員が失格となった時点で、即座に帰国してもらう」


 そんなことなら、と安堵したような顔でファーレン公爵が額の汗をぬぐう。


「要するに、気骨のある娘がお好みだということですな。気概があることは、大国の妃として何より重要ですし。ご安心ください、小国とはいえ我が国の令嬢は、誇り高くあるように教育されておるのです!」


 ジェサミンがにやりと口元を歪めた。


「ほう、随分自信があるのだな。選りすぐりの娘たちを連れてきたことは確からしい。では、全員が条件に合致しなかったら──二度と候補者を出そうなどと思うなよ」


 ジェサミンが醸し出す不穏な気配に気付いたのか、レイバーン公爵がファーレン公爵の方を向く。


「ま、待てファーレン」


「もちろんでございます!」


 レイバーン公爵が止めるのより速く、ファーレン公爵が自信満々で答えた。

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