第22話

「すぐに呼んでこい」


 ジェサミンの言葉にファーレン公爵が「はい!」と答え、慌ただしい足取りで謁見室を出て行った。レイバーン公爵がしぶしぶ後に続く。


「俺は女どもとはひと事も口をきかん。こんなくだらないことをしても無駄なだけだが、マクリーシュの連中は他にたいした戦略もあるまい。俺の意向に従うしか道はないことを思い知らせてやる」


 ジェサミンが隣の玉座から手を伸ばしてきて、ロレインの手を強く握った。


「ファーレンとやらが八人の娘たちの長所を、自慢気に並べ立てていたが。お前ひとりで完璧に満たしているな」


「ジェサミン様……」


「しかし、皇后に求めるものは他にもある。一緒にいて心が浮き立つ女がいい。恐れ知らずで、俺を尻に敷くくらいの気概が欲しい。見るだけなら美しい花はいくらでもある。だが、手に取ろうとは思わん」


 ロレインは頬が熱くなるのを感じた。感情を顔に出さない教育を受けているけれど、ジェサミンの前では制御ができなくなってきている。


「いくら選択肢が多かろうが、結果は同じだ。皇の狂戦士の集団に怯える程度の娘たちでは、三十秒と持たん」


 ジェサミンが鼻息を荒くする。彼がここまで迷いがなく、自信に満ちているのは、やはり理由があってのことなのだ。


「皇の狂戦士は、尋常ならざる力を持った戦士たちだ。見る者を不安にする危険な雰囲気、威圧感は主である俺に似ている。集団になると特にな。戦士たちの前で落ち着いた物腰や冷静さを保てた女は、ひとりもいなかったらしい」


「確かに皇の狂戦士の皆さんは、野性的で力強いオーラがありますものね……」


 ロレインはため息をついた。

 ジェサミンのそれは生まれながらに持っていた資質で、戦士たちは訓練によって身に着けたという違いはあるが、確かに彼らの雰囲気は似通っている。


(皇の狂戦士は、護衛や補佐で四六時中ジェサミン様の側にいるものね。彼の感情がどんなに高ぶっても、全員涼しい顔をしているし。オーラ耐性が高い人は、自分もオーラを纏うことができるようになる? ということは、いつか私も……)


 いやいやいや、とロレインは首を横に振った。まさか、それはないだろう。戦士たちのように特殊な訓練を受けているわけではないのだから。

 ジェサミンの事だから、マクリーシュが代わりの娘を差し出してくることは予測していたはず。

 ケルグは二名の公爵と八名の令嬢たちと一緒に戻ってきた。一週間弱でヴァルブランドへ行くための最短ルートを使わせてやったわけだ。


(時間短縮や監視の意味もあったでしょうけれど、真の狙いは令嬢たちの選別だったのね……)


 ロレインのオーラ耐性が『マクリーシュ人だから』ではなく、ロレイン独自のものであるのか確認する意味もあったのだろう。

 必要なことはなんでもやる、そういうところはいかにもジェサミンらしい。


(ケルグさんの前で盛大に取り乱したサラは、当然失格ということになる……のかな? まさかあの子が、ジェサミン様の後宮に入りたがるはずがないけれど)


 ロレインは自分の考えの馬鹿馬鹿しさに苦笑した。


「ジェサミン様、ふと思ったのですが。皇の狂戦士の皆さんを各国に派遣すれば、妃としての資質を持っている娘を探せたのではないですか?」


「現実的ではないな。いくら皇の狂戦士でも、ひとりひとりに俺ほど破壊力のあるオーラがあるわけではない。マクリーシュには集団で送り込んだが、そうやすやすとできることではないのだ。精鋭というのは、簡単に増やせるものではないからな」 


 そんな貴重な戦士たちを三十名も父のために残してくれたのかと思うと、ありがたさで心が温かくなる。

 ロレインがお礼を言おうとしたとき、扉の向こうが騒がしくなった。


「来たな」


 ジェサミンの手が離れていく。ロレインは深呼吸をして姿勢を正した。

 八人の令嬢たちも、いまごろ深呼吸をして心を落ち着かせているのではないだろうか。扉が開いたら何が待ち受けているのかも知らずに。


(私も後宮の鐘の広場で、何も知らずにジェサミン様に会ったんだった……)


 玉座は踏み段を備えた高台にあるので、令嬢たちは離れた位置からジェサミンを見ることになる。鐘の広場で真正面からジェサミンと向き合ったロレインとは違って。

 ついに扉が開き、令嬢たちが姿を現した。

 遠目に見ても美女揃いだ。そこに議論の余地はなかった。

 染みひとつない白い肌、淡い色の髪、色素の薄い瞳。全員が美しいドレスを身にまとい、宝石で全身を飾っている。他の候補者に見劣りしたくないという気持ちの表れだろう。

 高台の前に敷かれた絨毯の上が、花のように美しい娘たちで埋め尽くされた。彼女たちは深々と膝を折って挨拶をした。

 ジェサミンがすっと立ち上がる。次の瞬間、彼は一気にオーラを迸らせた。

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