第14話

 すぐにロレインは、この四人の令嬢と友達になった。

 トフト公爵家のシェレミー、ウフトン公爵家のレーシア、ラステア公爵家のパメラ、エティエ公爵家のサビーネ。

 彼女たちは公爵令嬢であり、場合によっては『姫』と呼ばれる身分なのだそうだ。揃って先々代の皇帝の血を引いており、ジェサミンとは親戚にあたる。

 名門公爵家の娘だからこそ、いざとなったらお飾りの妃になるしかないと、全員が悲壮な覚悟を固めていたらしい。


「陛下の三人の弟君は、まだお小さいの。先代の皇帝陛下は、正妃様を失ってから長い間悲しみに沈んでいらっしゃったから」


「先代様の晩年にようやく、身分の低い妃にお手がついたのよね」


「なんと三つ子ちゃんなの。信じられないくらい可愛いわよ!」


「でも、全員小さく生まれたから体が弱くて。お母様の身分も低いし、次の後継者にするには不安があるのよね」


 四人の言葉を、ロレインは熱心に聞いた。ジェサミンは夫となった相手なのに、まだ知らないことが多すぎる。


「あ、いけない!」


 シェレミーが叫び、いきなり沈痛な面持ちになった。


「ロレイン様にちゃんとした敬語を使えって、お父様に叱られたんだった。くだけた言葉で話してるって知られたら、大変なことになっちゃう……」


「お願いだから気にしないで。私はむしろ、いまのままがいいの」


 ロレインはシェレミーの手をそっと握った。出自を考えれば、仲良くしてくれているのが信じられないくらいなのだから。

 ジェサミンと初めて会った日から六日が過ぎ、ロレインはたくさんのイベントをこなした。「まずは旅の疲れを癒せ」と言われているので、基本的には楽しいものばかりだったが。

 それでも『皇后にふさわしい衣装を揃える』ための時間は、運び込まれた上等な生地のあまりの多さに呆然となってしまった。宝石の入った箱が、部屋の端から端までずらりと並んだときは、めまいがして倒れそうになったほどだ。


「あなたたちがアドバイスをしてくれないと、私は右往左往するばかりよ。衣装選びのときは本当に助かったわ。ちょっと買いすぎかな、とは思ったけど」


 ロレインの言葉に、四人は問題ないと言わんばかりに首を横に振った。


「たくさんお金を使ったことに対する、陛下の反応を心配してるの? 断言するけど、怒るどころか大喜びしてるわよ」


「そうそう。陛下はロレイン様に綺麗なドレスと、蝶の羽のように薄い極上のシルクのガウンを着せて、宝石で飾り立てたいのよ」


「なにしろ即位してから五年も後宮が空っぽで、予算が有り余ってるわ。ティオンも仕事が出来てはりきってるし」


「ロレイン様は経済を回すことが使命なのよ。これからもどんどん買うわよ!」


 ベラが淹れてくれたお茶を飲みながら、ロレインたちは話に花を咲かせた。

 日中のジェサミンは、やはり執務で忙しい。ベラもマイもリンもいい子たちだけれど、やはり立場の壁がある。心を許せる四人の存在は、いまやなくてはならないものになっていた。


(お父様のことを考えると心が沈むから、みんなが側にいてくれて本当に助かる……)


 温かな愛でロレインを包み込んでくれた父ウェスリーは、いまごろどうしているだろう。

 ケルグが情報を持ち帰るまで二週間かかる。彼が出立してから六日目だから、もしかしたらマクリーシュに到着しているかもしれない。

 父は冷静沈着で滅多に感情的になることがなく、常に己の立場を忘れない立派な人だが、ロレインが皇后になったことを知ればきっと驚くだろう。そして、難しい立場に追い込まれる。


(ジェサミン様は『俺に任せろ』とおっしゃってくださった。だからきっと大丈夫)


 父のことを思うと、急に強い孤独感を覚えてしまう。気をしっかり持つのよ、とロレインは自分に命じた。


「それにしてもエライアスって、馬鹿な男ねえ。サラって女もひどく子どもっぽいし。無邪気な顔をして心ない言葉を吐くなんて、一番嫌いなタイプだわ」


「天真爛漫なふりをしているだけで、お腹の中は真っ黒でしょ。そんな女に引っかかるなんて馬鹿みたい」


「野心があって、狡猾で押しが強くて。婚約者がいる男に近づいて色仕掛けするなんて最低。サラが王妃になったら、国が衰えるのは目に見えてるわ」


「そんな女と結婚したら、絶対失敗するわよ。それで、ずーっと痛手に苦しむのよ」


 エライアスとサラに心を傷つけられたことを、四人にはちゃんと話してある。彼女たちは煮えたぎるような怒りを感じたらしい。

 こうしておしゃべりしていると、いまなお生々しく残る傷痕が薄れていくようだ。


「エライアスに比べたら、陛下はずっと紳士よ。俺様すぎるきらいはあるけど」


 シェイミーが言うと、残りの三人が「そうそう」とうなずいた。


「例の『お前を愛することはない』も、ちょっと誇張されすぎてるのよね」


 レーシアが肩をすくめる。


「こっちはオーラに耐えられなくて気絶しちゃうじゃない? それで『すまん、お前を愛することはできない』とか言われると『ですよね』みたいな」


 パメラが拳を握り締めた。


「そうそう、こちらこそすみませんって思うのよね。すごすごと帰っていく令嬢に対するアフターフォローは完璧なのよ、山ほどのお土産を持たせてくれたし」


 サビーネが微笑んだ。

 ロレインは目を丸くして彼女たちの話を聞いていた。やはりジェサミンは女性に対する思いやりがあり、気配りもできる人であるらしい。


「五年も待った分、陛下の愛は重そうではあるわよね。ロレイン様、がんばって」


 シェイミーの目がいたずらっぽくきらめく。

 ロレインは答えに窮してしまい、小さく微笑むことしかできなかった。

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