第13話

 そして祝宴が始まった。

 宮殿の使用人たちは、短時間で見事な仕事ぶりを発揮していた。立食式で、どのテーブルにも料理人が腕によりをかけた料理が並んでいる。

 着飾った人々が笑いさざめきながら、グラスを手に歩き回っていた。ロレインとジェサミンのところへは入れ代わり立ち代わり人が訪れて、儀礼的ではない挨拶をしてくれた。


 女性たちはドレスの上に色とりどりのガウンを着ていて、まるで蝶さながらの美しさだ。男性は伝統衣装の人もいれば、糊のきいたシャツにジャケットとスラックス姿の人もいる。

 どうやら高官の家族が参加しているらしい。いかにも高価そうな装いの娘たちを見ながら、ロレインは大きく身震いした。


(ど、どうしよう。よく考えなくても、私は彼女たちから皇后の座を奪ってしまったのよね)


 なりたくてもなれなかったのかもしれないが、だからと言って歓迎されるとは限らない。ついに蝶のような四人組がこちらの向かってきた。ロレインは極度の緊張で脈が速くなるのを感じた。


「ほら、友人作りにいそしんでこい」


 ジェサミンに背中を押され、ロレインは前に押し出された。マクリーシュでは知人は多かったが、友人となるとひどく限られていて──婚約破棄でゼロになった。


「おめでとうございます、皇帝陛下。お初にお目にかかります、ロレイン様。私はトフト公爵家のシェレミーです。皆を代表してお祝い申し上げます」


 令嬢たちが一斉に頭を下げる。ジェサミンが軽くうなずくと、彼女たちはロレインを取り囲んだ。自己紹介が済んだ後、彼女たちは堰を切ったように話し始めた。


「すごいわロレイン様、陛下の射るようなまなざしにすくみ上らないなんて!」


「見つめられると息苦しくなって、皆倒れてしまうのに。冗談抜きで『全女性が足元にひれ伏す陛下』の前で立っていられるなんて、尊敬しちゃうっ!」


「よかった、これでお父様にぐちぐち言われることが無くなるわ。いつまでも未練がましくて困ってたの」


「私なんて滝行に行かされたのよ。心身を鍛錬すれば、陛下のオーラにも耐えられるかもしれないって。その後も普通に気絶したけど!」


 令嬢たちからは敵意はまったく見当たらない。それどころか顔を輝かせて大喜びしている。反比例するように、ジェサミンの顔が渋くなった。


「陛下には、女性を夢中にさせる要素がすべて備わっているわ。頭もいいし逞しいし、誰よりも強いし。でもオーラがねえ……」


「この国では神も同然の存在で、最高の花婿候補と言われているわ。でもオーラがねえ……」


「陛下のおかげで、すごく国が繁栄しているの。世界で最も力のある君主と言われることもあるくらいよ。でもオーラがねえ……」


「陛下のためなら火の中水の中っていう腹心の部下がたくさんいて、とっても人望が厚いの。でもオーラがねえ……」


 四人の令嬢が口々に言う。ジェサミンの顔がますます渋くなった。


「この国の令嬢に、ロレイン様と立場を交換したいと思う子はいないから安心してね。みんな陛下のオーラで散々な目に遭っているの。好みが並外れて厳しくて、オーラで女を追い払っちゃうんだもの。陛下のお眼鏡にかなった女性が現れて、本当に良かった!」


「すっかりロレイン様のとりこになったみたいで安心したわ。私もこれでようやく嫁に行ける!」


「私たち、陛下に尊敬の心を持っているわ。ロレイン様、どうか陛下を幸せにしてさしあげて」


「あなたにこの国の命運がかかってるの。ロレイン様を支えるためならなんだってするからっ!」


 どうやら盛大に祝われているらしい。明るい令嬢たちに囲まれ、ロレインは「ありがとう」と微笑んだ。

 ジェサミンも笑った。明らかに苦笑ではあったが。

 極上の料理や飲み物を味わいながら、皆で笑い合う。やがて楽団の演奏が始まった。組み上げた薪で火が燃え盛り、人々が輪になり始めている。


「行きましょうロレイン様、ヴァルブランドの踊りを教えてあげる!」


 シェレミーがロレインの腕を引っ張る。みんなで笑いながら踊り、歌い、燃え盛る炎の周りを跳ねまわった。


「ジェサミン様。私、とても楽しいです!」


 ロレインは大きな声で言った。そして、明るく大きな声で笑う。こんなに楽しい気分になったのは、十年以上ぶりだった。

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