第5話 イブとその妹

「お姉ちゃん、はい、これ」

 そう言いながら妹が勉強机の上に手紙を投げ置いた。

「しやから、投げんといてって言うてるやろ」

「めんどくさ。文通してるんやったら自分で気いつけてポスト覗いたらええやん」

 その通りだが素直になれない。

「あんたな、もののついでって云うやろ。重たいもんやったらなんやけど、封筒一枚でカリカリせんとってんか」


 小さい時から何時も私の後ろをウロウロ付きまとってきた彼女は、いつの間にか私への対抗心を露わにするようになった。それは母親のせいかもしれない。

 なにかと、

「お姉ちゃんを見習い」

「お姉ちゃんはそんなこと、せえへんかったで」

が、母の口癖になっていた。

 可愛くないわけがない。

 服を借りるにしても一言頼めば良いのに黙って着て行くから、ついつい口調が荒くなってしまう。

 私にも覚えがある。後半年ぐらいで受験を控えているこの時期からは、なにかと情緒が不安定になりがちだ。気に掛けてあげたい思いと、裏腹な自分の言動が心の中で交錯する。


 てっきり、部屋を出ていったと思っていた妹が後ろで黙って立っていた。

「あー、ビックリした。あんた背後霊か」

「姉ちゃん、漫画の見過ぎやで」

 言葉では軽く受け答えたが、さっきまでと表情が変わっている。こんな憂いを帯びた彼女の顔を見ることは余りない。


「なんか、あったんか」

 小さい頃の狂おしいほど可愛かった妹を抱きしめていた自分に戻ったかのような声に、少しどぎまぎする。


「ちょっと、ええか」

「受験のことか」

「それも、まあ、気になってるけど。ちゃうねん。どうしたら、ええと思う」

「しやから、何がなん」

 同級生のことらしい。長々と文脈の整わない話の内容は、いつも当直が一緒の男子生徒がいじめられているけど、どうすれば良いのかということだった。


「他の子はどうしてんの」

「黙って見てるだけや」

「そうか、悪ふざけにしては度をこしてるんとちゃうか」

「しやから、相談してるんやろ」

 どうやら、その男子が気になる存在のようだ。新学期からの三か月に二三回は当直で同じ時間を共有したのだから、ありがちなことと云える。問題は深刻だし、妹の淡い想いも叶えてあげたい。


「あんたの担任、誰や」

「大橋先生や、知ってる」

「バスケの顧問やったから、よう知ってる。けど、あんたの話やと、女の先生やとちょっと手におえんかもな」

 妹は当ての外れた顔をしている。頼りにならない姉だと思われたくない。


「何処まで出来るか分からんけど、明日か明後日に部活に顔出して、それとなく聞いてみるから、あんたは何もしたらあかんで。いじめって云うもんは飛び火するから、ええな、なんもしいなや」

「うん、でも、大丈夫か」

「こういうことは外堀から攻めて行かなあかん。いきなり本丸に向かうのは危ない」

「なんのこっちゃ。なんや分からんけど、後で先生との話、聞かせてな」


 気が晴れないまま彼女は部屋から重い足どりで出て行った。

 暫らくは物思いにふけっていたが、ふと、机の上の手紙に目がいくと、アダムの意見も聞いてみたくなった。取り敢えず封筒を開けてみる。

 へぇ、新聞配達してるんや。偉いな。うちはバイトもしたこともないし、家の用事を頼まれても(めんどくさっ)て、思ってしまうことがある。


 そやな、期末試験が終わったら直ぐに夏休みに入る。中学の時より少し長い。部活に出る日数も増えるわけだ。体育館でも陽ざしは強いから、また、焼けてしまう。今度、屋上に行ったら、アダムの街の方を見てみよ。アダムの文字は上手とは言えないけど、文章での描写は私なんかより凄いと思う。

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