第11話/初めての、外

 この日、初めてジャックは王都の外へ出た。


 見慣れた石畳は街の門から少し行った所で途切れていた。

 王都を出入りする人や馬車が列をなす。

 吹き抜ける風は強く、匂いも街中とは全く違った。

「ジャック、邪魔になるから端に行こうぜ」

「ああ、うん」

 遙か先に森や集落がかろうじて見えるが、門の外は見渡す限りの青々とした草原だった。

 草しかない場所を見たことのないジャックは、ただただじっと見ていた。


 ジャックとアレクサンドロスはミルク草を草原で集めながら、アレクサンドロスの住む村へと向かう。

 そう、今日はアレクサンドロスを迎え入れる日なのだ。――ちなみに、ミルク草は乾燥させて磨り潰すと粉ミルクのようになる草のことだ。日当たりの良い場所に群生する白い草なので、草原で見つけやすい。

「でも、いいのか? おうとでへやがあいてるとはいえ、そんなねだんで」

 月に銀貨30枚。それが部屋の代金だ。表通りの宿では最低でも1泊銀貨5枚。連泊1月だと金貨1枚になる。

「うちは宿屋じゃないからな。商売じゃない。だから、宿屋連盟に登録する必要がないってことにしてる。銀貨30枚でも助かるんだぜ?」

「そりゃそうだろうけど」

「それに、朝から晩まで働けるか、昼時しか働けないかってのは全然違うんだ。アルが来るまで簡単な帳簿つけをできるのはちょっとした稼ぎにはなったけどさ」

 アレクサンドロスが入居を機会に、愛称で呼んで欲しいと照れくさそうに行ってきたのだ。今日からはアルと呼ぶことにする。ジャックもカークも愛称なんてないので新鮮である。

「王都に住んで長時間働きたいけど、宿代が高いから金も貯まらないだろ? それなら、部屋の空いてるうちに住んで、とっとと金を貯めて、ちゃちゃっと依頼を済ませて、ランクアップしてこうぜ」

「ああ! いいよなぁ! そのけん!」

 アレクサンドロスはジャックの腰にげた剣を見て目を輝かせる。

「剣だけ買っても使い物にならないんだぞ。ちゃんと研がないと鉄の塊にしかならないし、磨かないと脂で錆る。お手入れ用品が必要なんだからな」

「うへぇ。おれ、どうぐのていれってにがてだ。くわのつちをおとすのもめんどうなのに」

「戦うのに防具は必要だから、そっちも要るし。防具はそのままにしとくとすぐに臭くなるし、カビてくるし、剣よりデリケートなんだ」

「でりけぇと?」

「あー……。手がかかるんだ」

「うはぁ」

「なので、パーティの方針に、寝る前に装備の手入れ時間を設けます」

「んん。しかたねぇ。やらなきゃしぬもんな」

 冒険者として装備とは命に関わる大切なものなのだ。


 アレクサンドロスの村が見えてきた。ミルク草はすでにカゴにいっぱいになっている。

「で、手入れに慣れたらアルに読み書きを覚えてもらいたい」

「じ!?」

「そう。字の読み書きだ」

「おぉ。とうとうおれもじが」

「俺は俺で、冒険者としての勉強を始めるから、カークと練習してくれ」

「カークと? あのちっちゃいことべんきょうすんのか?」

「いや、カークはもうできるから、カールに教えてもらって」

 アレクサンドロスはさすがに嫌そうな顔した。

「わかっちゃいるが、あんなちっちゃいこでもよめんだな」

「カークは衛兵見習いでも読み書きできるからって、報告書も書かなきゃならないらしくてな。お役所に出すことになるから綺麗に手早く書けるように練習するんだと」

「ふぅん」

「今でも、俺より綺麗だけどな」

「いっ」

「冒険者選んで、良かったと思ってる」

「うん」

 読み書きできなくても兵士はできるが、出世できるのは読み書きできる兵士だし、読み書きできる兵士より報告書の書ける兵士の方が優遇される。

 ジャックはまどろっこしい話を聞いて、冒険者で良かったと思った。


 アレクサンドロスの村に着いた。とはいえ、外縁部分の田園地帯だ。村の中には入っていない。

 それでも、畑仕事をしている人をじっくりと観察してしまう。

「これは?」

「コムギだよ」

「こっちは?」

「カブだな」

「この黒いのは?」

「うしのクソ。わかっていってんだろジャック!」

 ジャックは楽しそうに笑う。

「うん。ごめん。俺、王都の外って初めてだからさ」

「まったくよぉ」

 笑い声が響く。


 一泊後、アレクサンドロスの家で引き車を借り、荷物を載せて王都へと出発する。

「こんなことなら、往き道は採取せずにまっすぐ村に行って、帰りに摘むべきだったな」

「はじめてのそとでガマンできたんか?」

「無理です。ごめんなさい」

「おう」

 家にあった荷物と二人が持っていた荷物を載せても余裕のある引き車に、帰り道でも採取しながら進む。

「あれ?」

「どうしたの?」

 車を引いていたアレクサンドロスは後ろを向いて立ち止まる。ジャックはつられて後ろをみると、馬に乗って駆けてくる姿が二つあった。

 引き車を脇に寄せておくと、彼らは颯爽と追い越していく。鎧兜をつけて武装していたが、国や貴族にお仕えする騎士や兵士の姿ではなかったので傭兵や冒険者なのだろう。

「おれらもあんなになりてぇなぁ」

「馬かぁ。いいなぁ」

「むらでうまをつかったが、にばしかやってねぇからなぁ」

「うーん。乗馬や御者の技能もゆくゆくは取りたいんだよね。やっぱり、王都以外でも冒険したいし、ランクアップにも上乗せされるし」

「だなぁ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る