第10話 ハイツェルンに帰還しました

我が始祖、戦神エルザベートは蛮族共を退治しつくしたあと、政治は面倒くさいとオーバードルフ家に王国を任されて、南国ゲフマンとの国境の地にハインツェルの街を作られたという建国秘話が我が辺境伯家にはある。

我家には、オーバードルフが泣いて、頼んできたので仕方なく王位を譲ってやったという一文まで残っていた。これは我が家秘伝の口述だ。しかし、秘伝の口述と言いつつも、今では何故か街の本屋で書籍として売られていた。

すなわち、わが街の者は全てその話を知っているわけで、基本王家など、初代様に譲って頂いた家来くらいの認識しか持っていない。

その顕著なのが父であり、兄であり、姉なのだ。

はっきり言って、我が家の家系図では一番上に我が家があり、次にオーバードルフ王家、その下に公爵家以下が続くのだ。


彼らから見たら我が家はたかだか辺境伯なのだが、我が家から見たら侯爵家など家来のそのまた家来なのだ。

だから、私は侯爵軍を見てもびくりともしなかった。

日頃は譲ってやった手前、王家をたてはするが、ただそれだけだ。

本来ならば国家反逆とは我が家に反することなのだ。


時代とともにそれが風化されて、王国の連中は覚えていないのかもしれないが。


王家としては当然そんな王家にとって不名誉なことは事は反故にしたいだろう。


王家としてはそんな事実は無いと公言したい。しかし、我が領地ではその話は街の小さな本屋にまで本として売られており、お年寄りは当然、街の子供までも知っているのだ。当然反故には出来ない。何でも他の領地ではその建国秘話は発禁だそうだが。


だからこその今回の婚約破棄かとも思ったが、あのベルンハルトらの感じでは、どう考えても自分の好き勝手したいがために、ゲフマンに乗せられての行動だったとしか、思えなかった。そもそも、あの馬鹿のことだから建国秘話も知らなかったのだろう。



そもそも、辺境伯と言いつつ、ゲフマンの侵攻が大変だからと言う言い訳のもと、我が家は一切税金を国には収めていない。まあ、元々は畏れ多くて王家が税金を取れなかったというのが実態らしいが。

だから領民の税金は取れ高の3割とどこよりも安い。食いっパグれたら辺境伯領に行けばいいと言われているゆえんだ。中には取れ高の5割を税金として取る領主もおり、我が領地は税金の安さで周りから白い目で見られていた。


しかし、我軍は我が国最強を誇り、他の領主が文句を言えるような状況ではなかったのだ。

そして、他領との境目には砦を儲けており、日夜警備もしていた。まあ、我が領地は独立国のようなものだで、国境も兼ねているのだが・・・・


「姫様!」

「よくご無事で」

その砦の一つに私が到着した時、皆心から出迎えてくれた。そう、この地では姫なのだ。私は。


「エル!」

そして、そこにはお姉様までいた。

「お姉さま!」

私はお姉さまの大きな胸に飛び込んだ。そう、私にはあまりない胸がお姉様にはあったのだ。


「エル、大丈夫だった? あの糞王太子、次に見た時には私が焼き鳥にしてやるからね」

お姉さまは怒りまくっていた。いや、お姉様、すでに焼き鳥にはしてしまったんですけど・・・・


「王国の奴らも我が宗主国に敵対するとは良い根性をしている。目にもの見せてやらねばなるまい」

うーん、お姉さまが本気を出すと王国は滅んでしまうしか無いと思うんだけど。


「すぐに城に帰ろう。皆、会議室に集合している」

姉はそう言うと私と家宰を連れて転移した。


次の瞬間には館というか城のホールにいた。


そう、エルザベート様がハインツェルの地に建てたのは、館というか城だった。それも王国の本城よりも遥かに立派だった。湖畔に立つ城は白鳥城とか言われていた。


だいたい他領から来た人間はこの城を見て度肝を抜かれるのだ。そして、王国建国記を読んで納得するのだ。そうか、辺境伯の方が国王より偉かったのかと。


私達はそのまま会議室に入った。


「エル!」

慌てて立ち上がった母が私に駆け寄ってきて私を抱きしめた。

母の胸は温かい・・・・。そう母も豊満な胸をしているのだ。我が家で胸が小さいのは私だけなのだ。なんでも戦神も小さかったそうだが、そんな昔の人の話されても慰めにならないし、そんな慰めいらない!


「ごめんなさいね。王家の奴らを信じてあなたを王国に出して。ひどい目に合わせてしまったわね」

母は、謝ってくれた。母にとっては王国は違う国らしい。


「いえ、こちらこそ、婚約破棄されてしまって申し訳ありません」

私は母の言葉に謝った。


「エルは気にしなくても良いの。本当に辛い目にあったわね」

母は再度私を抱きしめてくれた。


「で、エル、どうなったのか、お前から詳細を聞きたいのだが」

父の言葉に私は慌てて席についた。


ここには我が家の家族5人と各騎士団長5名。内務、外務、財務、商務、農務等10部署の責任者が集まっていた。


私の話を聞くと一同いきり立った。


「我が家に対してそのような暴挙に出るとは、王家は気でも狂ったのですかな」

騎士団長の一人が言う。

「鉄槌を下す必要があるのでは」

「エルヴィーラ様に対する侯爵家の態度は到底看過に耐えませんな。すぐにお取り潰しを王家に申し渡しましょう」

「いや、それはそうだが、それ以前に王国の奴ら、勘違いが甚だしいのではないか。王家の偽の建国記に毒されすぎておる。ここは事実を公表しては」

「いやそれ以前に、こうなったら秘密条約第一項を発効し、お館様が国王に成り代わられるのが最適なのではありませんか」

皆どんどん過激になっていく。


そう、王国では国王が第一なのだが、我が領地では我が父が一番なのだ。皆が我が主こそ国王の上だと認識している。初代様が譲ってやったから、仕方無しにたててやっているだけで。


秘密条約第一項とは、『我が主がその必要ありと認める時には、国王を交代する』という項目が王家との間に結ばれている秘密条約のことなのだ。


我が家の領地は国の10分の1しか無いが、人口は半分を占め、内務から外務まで、国の機能は全て揃っていた。いつでも取って代わろうと思えば、代われるのだ。そして、おそらく、国の人間よりも優秀だ。なにしろトップは出身の家ではなくて能力で選んでいるのだから。


元々我が家は武力重視、当然家来も武力偏重主義で、出来ないことは皆人任せだった。基本デキる人をいかにうまく使いこなせるか、これが我が領主に求められることであった。その点、父はとても優秀だった。部下をうまく使いこなしていた。


「皆の意見もよく判った。とりあえず、国には厳重抗議、これは外務が中心に行ってくれ」

「はっ、すでに原文は完成しております」

外務の責任者が答えた。


「後で確認させてくれ。その出方次第によって皆が言うように第一項を発動しようと思う」

皆、改めて父を見た。うーん、本当にあれを発動するのか?


「まあ、あの国王のことだ。今頃は必死に帰国の途についているとは思うが」

父の笑いに一同笑う。


「判りました」

一同頷いた。


「申し上げます。ゲフマンの大軍が国境地帯に迫っているとの報告が来ました」

そこへ兵士が駆け込んできたのだ。


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