第三章 追いかける者、追い詰める者

1 ストリッパーはエキゾチック・ダンサー

<モレリア・カルテル>の構成員、ダニエラ折場おりばカルヴァーリョは、管理している店のダンサーのひとりに目をとめた。

 風変わりで刺激的なヌードダンサーだった。


 女のヌードも、男のヌードも、興味はない。

 ダニエラにとってのそれらは、たんに服を着ていない人間でしかなかった。

 それが、高城ロペス・ルシアのステージには、目が釘つけになった。

 エキゾチック刺激的なダンサーだった。

 顔立ちのことだけではない。人間が裸になるというのは得てして不安になるものだ。だから拷問をするときには、相手の下着まで剥ぎ取ったりする。

 その点においてダニエラは、裸を武器にするヌードダンサーに、畏怖に近いものを感じることもあった。

 そこに加えてルシアは、ほかのエキゾチックダンサーストリッパーとは違う異種の輝きを感じさせた。

 たかがヌードショーでは終わらせない。

 細いだけではない引き締まった身体が、優美をまとったエネルギッシュさで動き回る。艶をそえた力強い瞳が客席に向けられると、その先にいた男たちから、指笛や歓声がおこることもあった。

 店でトップをあらそう人気ダンサー。その地位にいるからこそか。エンターテイナーのサービス精神を、個人への好意とカン違いする客への対応は厳しかった。

 無礼な客のチップをはねつけ、足をさわろうとした男には、ステージの上にのびてきた手を踏みつけた。

 そういった行為も、ルシアは振り付けの一部として演出してみせるから、まわりの客は即興として楽しむ。興を削ぐどころか、ステージをさらに盛り上げた。

 ダニエラは暴力の世界で生き残ろうとしていたが、ルシアには違った強さがある。

<モレリア・カルテル>のダニエラ折場ではない自分で、話してみたいと思った。



 ショーが終わった深夜零時すぎ。

 ダニエラは、仕事をおえて裏口から出てきたルシアを出迎えた。

 店の者ならダニエラがどういう人間か知っている。一緒に出てきたダンサー仲間たちは、ダニエラを見るや慌ただしく別れのあいさつを告げ、ルシアから離れていった。

「あたしの出待ちをするファンがいるとは思わなかった」

 ジョークに警戒心をにじませたルシアが近づいてくる。目線の位置が、ダニエラより少し高かった。

「ん? あんた、あたしがフレデリーコがちょっかいかけられたときに……」

<モレリア・カルテル>のボスの長男、フレデリーコ・デルガドは、その立場を利用して、店のダンサーに手を出すことに、ためらいがなかった。

 そんなフレデリーコが、ルシアに目をつけないわけがない。いつものごとく、ひつこくルシアに付きまとうフレデリーコを仕事にかこつけて引き剥がしたことがあった。

「稼ぎ頭のダンサーを潰されたくなかったからね」

「ふうん……」

 それだけではなかったが——。

「で、なんの用? 振り付けと音楽は、あたしの自由にしていいってお許し、もうもらってあるんだけど?」

「そのことじゃない。あんたのステージに興味が出たから、話をしてみたいと思って。さっきの振り付けも、自分で考えて?」

「そうだけど……」

 ルシアが当惑の表情になった。

「あたしのステージのどこがよかったっていうの?」

 ダニエラは言葉につまる。これまでダンスなどまともに観たことがなく、その評価の仕方もわからなかった。

 ステージ話は何かの口実にすぎないと解釈したルシアが背中を向ける。慌てて答えた。

「アルマーニのコピースーツ着た不作法男のチップを客席にいたとこが最高だった」

「なにそれ!」

 立ち止まったルシアが大笑いした。

「以前、フレデリーコのまえで似たようなことやったら、怒鳴りつけられたけど?」

「あんな無粋と並べないで。でもステージがよかったのは本当。ダンスを見てクールだと感じたのは初めてだった」

「でも、ストリップショーだよ? あなた、ベットの相手に女を選ぶタイプ?」

「そういう目では見てなかった。質問に答えるなら……性欲処理の意味で? それとも恋愛で?」

「うぅん……」ルシアが真剣に思案した。

「両方聞いてみたい」

「後者はわからない。したことないから」

「じゃあ、前者で。誘ってる?」

「誘ったらついてきてくれるの?」

「Noだね。今はシたくない。あと、セックスは売り物にしてない」

「いいね。そういうあんただから誘いたくなったんだと思う。気が向いたときに付き合って。奢る」

 引き揚げようとしたところで訊かれた。

「奢ってくれるのはディナー? それとも、お酒?」

「どちらでも。両方でもいいよ」

「じゃあ、いま付き合う。あたしも、あなたと話してみたくなってきた。なんか変わってて退屈しそうにないから」

 そのあと行ったのはバーでもレストランでもなく、新しくできた二十四時間営業のファミリーレストランだった。

 ヌードダンサーと犯罪カルテルの構成員。暗がりで生きているふたりが、安っぽい明かりの下で、空が白んでくるまで話し続けた。

 

     *


 空間に、路上に、看板が節操なく突き出ている。

 ダニエラは、雑然とした通りを足早にすすんだ。

 走りたいのに走れなかった。人間が多すぎるのだ。

 人の流れも遅い。狭い通りにならんだ屋台を眺めながら、左に右にふらふら。小さな子どもの手を引いたミナミの住民に、目的地を定めていない観光客。一日の終わりで、誰もがスローテンポになっている。

 そのなかを突っ切ろうと、ダニエラは焦った。

 アッシュブルーのリネンジャケットが汗を吸い込む。

 熱気のなかを急いでいる暑さと、危機感からくる精神性発汗。汗をぬぐう暇も、気持ちの余裕もなかった。

 ——高城ルシアの現在地がつかめない。地元署の警官を保護にむかわせる。

 そう言った検事補のアタマの中身を疑った。詰まっているのはマシュマロか。紹介された部屋の番地チェックを忘れていた自分も間抜けだったのだが。

 目印になりそうな診療所が近くにあったのは覚えている。が、そこからルートを追って説明するには記憶が曖昧だった。

 現地に行きさえすればわかる。だからダニエラ自身が道案内するといったのに、聞き入れてくれなかった。

 犯罪者を外に戻したくないのだろうが、その代案が地元警官とは。

 ルシアが隠れているところは、南方面分署の管区になる。あの松井田のミナミ分署だ。

 松井田が手足に使っていた部下も複数人いるかもしれない。誰が黒か白か見分けがつかないのが現状なのに。

 検事補は<モレリア・カルテル>をわかっていなかった。

 クスリに加えて武器商売に力を入れていたのは、自分たちも使うからだ。

 目的を果たすためなら手段をえらばない。罪状を証言させないために、どんな手でも使ってくる。

 そして、フレデリーコ・デルガドとの因縁浅からぬ関係——とむこうが一方的に思っている——がある。

 私怨をからませたフレデリーコが出てくるかもしれないと考えると、じっとしていることなどできなかった。

 検察側の人間を三人ほどダウンさせてきたので、罪名だか罪状だかが増えただろうが、ルシアの安全を最優先させた。あとは、どうでもよかった。

 彼女を失いたくない。

 ルシアと出会ったことで、これまで考えもしなかった将来を初めて思うようになった。

 ひとときの絵空事だったとしてもいい。不毛な破壊ばかりしてきたなかで、束の間でも夢をみせてくれたルシアだけでも生きていてほしい。

 そしてできれば、夜が明けた先を彼女と一緒に見てみたかった。

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