2 死体ではなく怪我人を

 ラミロ・デルガドは、兄のフレデリーコを尊敬していた。

<モレリア・カルテル>をつくった男の長兄らしく、銃口に取り囲まれても動じない度胸がフレデリーコにある。

 反面、血の気が多すぎるきらいがあり、冷静な判断に欠くときがあった。女をめぐって配下のひとりといさかいをおこしていたのは、つい最近のことだ。

 今夜の仕事は、その当事者たちが関係していた。

 ダニエラ折場が取引資料を盗み出した。顧客の信用にも関わってくる仕事にフレデリーコが名乗りをあげたのは、そのせいでもある。

 高城ルシアとかいうヌードダンサーを道連れにしたダニエラの魂胆がよめなかったが、瑣末なこととした。裏切った者は例外なくバラすだけである。刑務所に入ろうが南極に逃げようが追い詰める。

 ラミロの危惧は、ルシアがからんでいるせいで、フレデリーコが感情的に動くことだった。

 そのためにもフレデリーコのことを理解している自分がついていきたかった。しかし、一蹴された。

 ——おまえは、おまえの仕事をしろ。

 ラミロが受けた役目は、別行動でのバックアップだった。

 これはこれで投げ出せない。早く自分の分担をおわらせて、フレデリーコに合流するのがいいと考えた。フレデリーコの仕事を確実にするために。

 そうして、証人と証拠品の捕獲を成功させ、跡目争いで一歩先んじるのだ。

 次のボスは、フレデリーコしかいない。



 かき入れどきを迎えて活況を呈する通りを歩きながら、ラミロは視線だけを忙しく動かした。

 仕掛ける場を物色する。

 屋台が集まっている通りは、平日休日を問わず、多くの人間が押し寄せてきた。平日なら周囲の地区から、仕事帰りの足をのばして呑みにくる人間も多いし、休日になると観光客が増える。

 このミナミの一等地を手中におさめている組織があると聞いていた。

 戦後の闇市から続いている秘密結社で、正体はわからない。ミナミという猥雑な街にとけこみ、地元警察にまで通じているというが、<唐和幇タンフォバン>という名をチラ見せするだけで、姿を見せないのなら、どうとでもいえる。

 たかがファントム。気にもしていなかった。

 だが、<モレリア・カルテル>が成長するにつれ、そうもいかなくなってきた。

 なにかと横槍を入れ、存在を主張してくるのだ。これ以上、大きな顔をするなというように。

 ラミロが割り当てられた役目は、フレデリーコへの間接的援護であるのと同時に、<唐和幇>に一泡ふかせる意味もあった。

 交差点の手前で、ラミロはあたりをつけた。

 慌ただしく下準備をしている屋台がある。開店前なので客の視線が集まっていないし、交差点近くにあるから、そばを通る人間も多い。

 目標にむかって歩き出したラミロの歩調は乱れることがなかった。

 百九十に近い身長に、百キロを軽く超える巨躯。くわえて威圧的な強面が、そばを歩く人間にそれとはなしに距離をとらせ、歩きやすい空間をつくりだしてくれる。

 目立たないよう離れてついてきている手下に目配せした。

 ショルダーバッグを斜めがけにして、観光客をよそおった手下が、下準備中の屋台へと近づいていく。屋台の主人に、道を聞くふりをして話しかけた。気さくな主人が、行くべき方向を指し示しながら屋台から離れた。

 入れ替わるように、ラミロは屋台に近づく。主人の目が通りの向こうを見ているすきに、ガスボンベにつながれているホースに手をのばした。

 目的は殺すためではない。

 警察に手間をとらせるための策だ。


     *


 薄い藍鼠色のジャケットの胸元には、ビジターカードがついている。

 その来客は、署員のような自然さで副分署長室にはいってきた。

 百六十そこそこしかない身長でも、がっしりした体つきが力強さを感じさせる。ウエスト周りはスリムだが、刈り上げた七三分けにちらほら混じる白が、彼の年齢をあらわしていた。

 リリエンタールは、迎え入れてすぐ訊いた。

「外に出ましょうか? 劉さん」

「ミナミ分署なら慣れた場所です。大丈夫です」

 どうやら日常的に出入りしているらしい。

「誤解せんとってくださいよ」

 わずかに浮かべてしまった怪訝な面持ちを察した劉立誠(リウ・リーチョン)から言ってきた。

「慣れてるいうても、留置所にもトラ箱にも世話になったことありまへん。<ミナミ飲食業福利厚生会>での申請とか相談で、よくおじゃましとるんです。まずは、これを」

 手にしていた紙袋を両手でさしだした。

鳳梨酥オンライソーです。みなさんで——」

 最後まで聞くことなく、リリエンタールはストップをかけた。

「受けとれません。心苦しいのですが、お持ち帰りください」

「焼き菓子以外の何ものでもないパイナップルケーキです——っていう説明もさせてくれへんのですな」

 苦笑をうかべ、あっさり紙袋をひっこめた。リリエンタールの反応が最初からわかっていたようにも思える。

「けど……」いたずらを仕掛けるような表情になった。

「こっちの土産には興味ありますやろ?」

 紙袋にいれた手が取り出したのは、厚みのある茶封筒だった。

「うちの会員さんの持ち込みです。初めて取り付けた防犯カメラの調子を見ていて気づいたそうで」

「『続報』……ですか?」

 立誠がうなずく。

 解決のヒントが見つかるのか、さらに問題が大きくなるのか——。

 リリエンタールにとっては、もうどちらでも構わなかった。根こそぎ掃除してやることに変わりない。

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