16.赤いネグリジェ

 翌日、私は喫茶『ユトリロ』で七海と会った。


 今日は昨日と打って変わって、初夏の日差しがさんさんと降りそそいでいる。私の前の七海の顔に木々の緑の影が揺れていた。


 まるで、私が七海に男を買うことを誘われた日のようだ。ほんの数日前なのに、あの日がなんだか遠い昔のことのように思えた。


 今日の七海はピンクの花柄ブラウスに、ミドル丈の明るいベージュのフレアースカートという服装だ。私はいつもの黒のワンピースではなく、明るいオレンジ色のワンピースを着ている。ワンピースの胸のところに白い大きなフリルがあって若々しさを強調していた。


 七海が口を開いた。笑っている。


 「私たち、散々な目に会っちゃったわねえ」


 私も笑った。


 「七海。それにしても、あなた、昨日、私を助けに来てくれるのが遅かったわねえ。私、咄嗟とっさにあの3人に『して』って言って時間を稼いだのよ」


 「ごめん。ごめん。警察に行ったんだけど、何不自由ないのに、どうして男なんかを買うようになったのかってことがなかなか理解してもらえなくて。でも、鮎美からメールがあったので、私、一旦警察を出て、ホテルユーカリの前の道路に落ちていた315号室の鍵を拾って、再び警察に行ったのよ。そしたら、警察が探してる鍵だって分かって・・それで、やっと私の話を信用してくれたのよ」


 「あの男女の警官は?」


 「警察は前から高田馬場会を調べていたのね。昨日もあの二人がホテル街を張り込んでいたのよ」


 私はフーッと大きく息を吐いた。


 「お陰で助かったわ・・でもね、七海。あなたもこれに懲りて、これからは戸田君にサービスしなきゃだめよ」


 戸田君は七海の夫だ。すると、七海が下から私を覗き込む得意のポーズで応えた。


 「鮎美もね。あなたもセックスレスですって愚痴ばかり言ってたらダメだよ。これは恭一さんと鮎美の問題なんだからね。もっと積極的に解決しないと」


 私も七海の真似をして、七海を下から覗き込んだ。


 「はい、はい。分かりました」


 私たちは何だかにらめっこをしているような形になった。しばらく、にらみ合っていたが、やがて二人で笑い出してしまった。私たちの明るい笑い声が午前中の閑散とした喫茶『ユトリロ』の中に響いた。


 そうだ。今日、恭一が会社から帰ったら、あのスケスケの赤いネグリジェで出迎えてあげよう。恭一のヤツ、きっとびっくりするだろうなあ。


 笑いながら、私の頭に恭一の驚く顔が浮かんできた。


                              了

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男を買う女たち 永嶋良一 @azuki-takuan

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