第14話


「どうやら懲りずにまた見合いをしたようだな」

「えぇ、おかげさまで。今回は上手くいきそうですわ」


 ジェフさんとのお見合いの事はベロニカとマリリンにしか話をしていないのに、当然のようにアルフレッドは私が見合いをしたことを知っていた。もうこれに驚くことはない。


 私は時計を見上げる。そろそろ短い針が12時を指す……いい頃あいみたいだ。


「殿下、私は用事があるので失礼いたしますね」

「いや、俺の話はまだ終わって――おい、ティナ!」


 私はするりとアルフレッドの横をすり抜けて、駆け足で寮の廊下を進む。後ろからは「待て! 話はまだある!」とアルフレッドが叫ぶ声が聞こえてくるが、私はそれを無視して進んだ。今の私はそれどころじゃない、ヒロインとアルフレッドはちゃんと出会うことができるのか、意識はそちらに向いている。今日はチャプター1、出会いのイベントが発生する日。イヴが学園にやって来て、無事にアルフレッドと出会うことができるまで見守らないと。


 記憶では、学園にやって来たイヴはまだ制服が出来上がっていなくて、みすぼらしくよれよれな私服のまま。その姿をエントランスにいるベロニカがいびり、突き飛ばされて転んでしまう。そこで私たちの同級生であり、のちにイヴの親友となるリリアに助けられ共に医務室に向かったところで、アルフレッドに出会う……。ざっくりとそんな内容だった気がする。医務室で出会ったとき、ここでこの世界のイヴがアルフレッドに恋に落ちてくれたら、それが一番いい。


 急いでエントランスに向かおうとすると、私を追いかけるような足音が迫ってきていることに気づく。


「ちょっと! どうしてついてくるのよ!」


 鬼気迫ったような表情のアルフレッドが、徐々に私を追い詰めていた。私は捕まらないように、今度は廊下を走り始める。


「まだ話は終わっていない!」


 アルフレッドも走り出した。もう! 追いかけっこしている場合じゃないのに……! 私たちは他の学生たちの注目を浴びながら学園中を走り回り、疲れ始めた私は、目に入ってきた倉庫の中に飛び込んだ。


「……ったく、どこに消えた」


 ありがたいことに、アルフレッドは私の事を見失ったらしい。


「大事な話があるというのに……」


 こっちだって大事な用事がある。私はアルフレッドがいなくなるまで息を潜め、彼がいなくなったのを見計らって、見つからないように遠回りをしながらエントランスを目指した。



「いた……!」


 ちょうど、イヴがベロニカに出会った瞬間だった。私は近くにあった大きな花瓶で身を隠し、様子を窺う。


「あら、あなたが学園長の気の迷いで寄越された転校生ね。随分汚らしい格好じゃない……制服を買う余裕もないのに、よくもこの由緒正しい、貴族だけが通う王立学園の門をくぐれたわね」

「そうですわね、ベロニカさん」


 まるで泉のようにこんこんと溢れる嫌味を浴びせかけていくベロニカ、その横では太鼓持ちのマリリンが頷いて同意している。本来であれば、私もあそこにいたんだ。そのことに気づくと、ぞっと背筋が冷たくなっていく。見ていて、あまり気分がいい光景ではない。私の頭の中で、前世の自分の姿が蘇っていった。営業ノルマが達成できなかった時、よくあんな風に、後輩や同僚たちの前で上司から怒鳴られた。あの時の惨めで悲しかった記憶を思い出すと、気分が悪くなっていく。


イヴは恥ずかしいのか、スカートをぎゅっと握りしめ俯いていた。私は知っている、あの服はイヴの家にあった一番上等な服であるという事を。それを散々貶したベロニカは、いらだったように声を荒げた。



「あなたみたいな人はこの学園にふさわしくないわ。早くあなたのあるべき場所に戻りなさい!」


 そう言ってベロニカはイヴを突き飛ばした。イヴはよろけて尻もちをついてしまう。ここで、イヴは手のひらに傷が出来てしまい、たまたま通りかかったリリアによって医務室に連れていかれるのだけど……リリアはやってこないまま、ベロニカとマリリンは去って行き、イヴは立ち上がろうとしていた。あれ? リリアは?


「そういえば、聞いた? リリアのこと」


 背後から聞こえた同級生の声に、私は意識をそちらに向ける。


「ううん、知らない。何かあったの」

「なんか、家の都合で今日学園に戻って来れないんだって」


 え!? 私は心の中で叫び声をあげた。リリアが学園にいないなら、来たばかりのイヴを誰が医務室まで連れていくの? 戸惑っている内に、イヴはスカートについた砂埃を払い、医務室とは反対方向に歩き出そうとしている。


 私は一瞬だけ迷い、イヴに向かって歩き出していた。仕方ない、今日だけは私がリリアの代わりをするしかない。


「あの、大丈夫だった?」


 私がイヴに声をかけると、彼女はびっくりしたようで「きゃっ!」と可愛らしい悲鳴を上げた。目を大きく丸めて、うるうるとした小動物みたいな黒目が私を見ている。


「転んでいたでしょう? 怪我していない?」


 そう聞くと、イヴは手のひらを見た。そこには小さな傷がある。


「大丈夫? 医務室に行きましょう?」

「え? いや、大丈夫です! ツバつけておけば治りますから」

「いえ、行くのよ」


 私はイヴの手首を掴み、そのまま引きずるように医務室へ連れて行った。


 医務室の先生は不在だったため、私は戸棚から適当に消毒液や絆創膏を出していく。椅子に座ったイヴの手のひらの傷に消毒液を塗り、絆創膏を貼った。


「あの、ありがとうございます」

「いいの、気にしないで。……もし、何か困ったことがあれば相談してね。同級生だし」

「はい、あの、お名前は……?」


 慌てすぎて、自己紹介すらしていなかったらしい。私が名乗ろうとした瞬間、医務室のドアがバンッと大きな音を立てて開いた。


「ここにいたか、ティナ」


 そこには、汗をだらだら流し息を荒げたアルフレッドがいた。どうやら、ずっと私の事を探して走り回っていたらしい。驚くと同時に、私は安心する。大分形は変わってしまったけれど、これで【イヴとアルフレッドの出会い】のイベントは発生できた。……みんな憧れの王子様というには少し怖い形相だけれど。


「ティナ、話はまだ……」

「アルフレッド様、いい所に! こちら、転校してきたイヴ・ホールさん!」

「……え?」


 不思議そうな声を漏らし、イヴは私を見た。


「イヴさん、こちらはこのローズニア帝国の皇太子・アルフレッド様よ。同じ学年だから、どんどん頼ってね。それじゃ、私は用事があるからもう行くわ! 殿下、イヴがなんか困っているみたいだから学園を案内して差し上げてください! それでは!」


 私は一気にそう言って、医務室から目にもとまらぬ速さで走り去っていく。スタミナ切れしているアルフレッドは、もう私を追いかけてくる気力もないだろう。二人の時間を過ごしてくれるといいのだけど……私はイヴとアルフレッドが学園の中を歩く姿を思い描く。


 その瞬間、足がピタリと動かなくなった。胸がずきりと痛むのを感じる。


「なによ、コレ」


 私は雑念を振り払い、寮の自室に戻った。まだ気持ちはもやもやしていて、気分転換のために便箋セットを取り出した。ジェフさんに新学期が始まったという手紙でも書こう、そう思った時、ドアがノックされた。またアルフレッド!? と少し怯えながらドアを開く。幸いなことに、そこにいたのはアルフレッドではなく寮母さんだった。


「ティナ、ご実家から電報が来ています」


 かつての経験が私に教えてくれる、これは良い知らせではない。私が急いで電報を開けると、そこには以前と同じようにすぐに戻ってこいという父からの指令があった。私は大急ぎで実家に戻る準備をし、馬車に飛び乗った。今度は何があったのか、不安で胸が押しつぶされそうになる。


 実家に着き、私は執事に案内されるまま父の書斎に向かっていた。私が飛び込む様に書斎に入ると、まっさきに気づいたのはお母様だった。


「ティナ!」


 お母様はソファでぐったりと寝込んでしまっているお父様の額を手拭いで拭いていた。


「お父様! どうしたの? 何があったの!」


 お父様は唸ってばかりで答えない。私はすがる様にお母様を見ると、お母様は「落ち着いて聞いて」と声を低くした。


「アーノルドさんのお見合いは、もうおしまいです」

「どうして!?」

「今日の昼に、これが届いたの」


 お母様は私にやたらと厚い封筒を差し出した。私はそれを開ける、中に入っていたのは写真ばかりだった。


「なにこれ……」


 そこにあったのは、ジェフさんの姿だった。でも、私が知っている姿とは違う。優しくて学業に熱心だったはずなのに……写真には、夜な夜な怪しいクラブに出入りしていたり、数人の女性を侍らせてお酒を飲んでいるジェフさん。そんなものばかりだった。

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