2-18

 二人と別れたミコトは、御宅田が立てこもっている職員室へ向かう。

 皆講堂に向かっているから、という理由もあるが、不気味なほど廊下も、職員室の前も静謐につつまれている。

「……準備は出来ましたか」

 尾蝶が来たと思ったのか、あきらかな敵意のこもる御宅田の声が扉から聞こえてきた。

「……御宅田、俺だ」

「……天原氏!?どうしてここに」

 扉の奥から御宅田の動揺した声が聞こえる。だがすぐ、また警戒するような声音に変わった。

「警察への通報は未だだ。尾蝶会長の手腕により、生徒たちへ今の事態は知られていない。だから……」

「せ……説得でもするつもりですか」

 言葉を詰まらせながらも、御宅田は続ける。

「きれいごとなら結構です。矢吹先生から耳がタコになるくらい聞いたんで……でも、天原氏には恩あるし、今すぐ学校から逃げて欲しいです。爆発範囲、せいぜい敷地内なんで、巻き込まれる心配ないと思います」

 声こそ震えていたが、御宅田の口調に迷いはなかった。

「拙者、マジでやります。それこそ、昨日天原氏に背中押してもらったんで。クズに遠慮なんてする必要ないって。ただ息をしているだけでも唾をかけてくる人間に、まともに対応するなど、あまりにも誠実が過ぎるって言ってくれたの、天原氏じゃないですか」

 ミコトは表情にこそ出ていなかったが、御宅田の言葉に激しく動揺した。

(彼は……本気だ。俺の言葉で御宅田の心に火をつけてしまった)

 背中を押したつもりだった。けれど、それは最悪な形でだった。

(今、彼を制圧することは容易だろう。でも……それでいいのか?)

 ミコトは懐の拳銃を意識する。

 引き金を引くだけで、御宅田を止めることは出来る。

 素人一人を撃てないほど、自分の腕は錆びついては居ないだろう。

 爆薬のスペックについても、ラジャブから聞いている。対処の方法も、ミコトになら経験則と知識から可能だ。

 ――それでも。

「……俺は、F.H.A.Tというトレジャーハンターを統括する組織の一員で、この学園にあるという遺跡の調査のために、生徒として潜入している」

「……はい?」

 唐突に、そして突拍子もないことを言い出すミコトの言葉に御宅田が困惑する気配が伝わってくる。

「トレジャーハンターになる前は、武装グループに所属していたり、傭兵として戦場に出た事もある。そして、人を殺した事も――ある」

 ミコトの話には嘘はひとつもなかったが――それでも、御宅田からすれば荒唐無稽な話だった。けれども、やけに真面目くさった声音でミコトが話し続けるので、口をはさむ隙もなかった。

「爆殺された人々の死体も、何度も見た事がある。無残に四肢を吹き飛ばされたものや、腹に穴が開き内臓が飛び出たものもあった。――――当時は、何も思わなかった。それが日常だったからだ。……だが、俺は、それを君がすると言う事に、非常に動揺している」

「……そ、んな説得、今更意味ないですよ」

 ようやくドアの向こうから聞こえてきたのは、そんな弱弱しい声だった。

「意味――。それなら、俺はその報復に、意味はないとよく知っている。残るのは、死体と罪だけだ。君を虐めた人間も、三原という生徒を追い詰めた人間を殺しても、何も解決しない」

「じゃあどうしろって言うんですか! あいつら全員殺さなきゃ気が済まないんですよ!」

 冷たく突き放すような言い方をするミコトに、ドアの向こうから御宅田の怒声が響く。

「この報復では、君は社会にとって危険人物になるだけだ」

 ミコトが言い切ると同時に、何かを叩きつけるような音が聞こえてきた。

「……だからどうした! あんたが言ったんだろ! 理不尽にまともに対応するなって! だから、だからボクはこうやって、復讐してんだよ!」

「――君のせいで、三原が生きていたことが本当に無かったことになる。それは、本当に君の望む結末なのか」

「……え?」

 御宅田の声が一瞬だけ止まる。

「三原を死に追い詰めた人間が、君の手で殺されれば、加害者ではなく、その連中は被害者に変わる。君を虐め、三原を追い詰めたが、社会からは『可哀想な子供が気の狂った同級生に殺された』と同情される事になる」

「……」

「いじめの事実が露呈したところで、君が殺人犯だと言う事は変わらない。――君の部屋を捜索した結果、モデルガンや銃に関する漫画・アニメのフィギュアや関連の物が出てくればすぐに『もともとそういう芽があった』『人を殺してみたいという願望を持っていた』と決めつけられる」

「……ッ」

「君が短絡的な考えで連中を殺害すれば、三原の死は闇に葬られ、君を苦しめた者たちは同情の目を向けられ、声を上げても何も、誰にも響くことのなくなる君は一生後悔し続けることになる。それでもいいのか」

「うるさ――」

 御宅田の悲鳴じみた声が響く前に、ミコトは目の前の扉に思い切り拳を叩きつけた。

 その鈍い音がもたらした静寂をぶち破るように、ミコトが目を見開いて口を開く。

「理不尽にまともに対応するなと言ったはずだ! ――君や三原が受けた痛みは、ただ一度命を奪うだけで済む程度の痛みなのか!」

 言ってから、ミコトは我に返った。こんな声量で怒鳴り散らす必要もないのに、と自分で自分に呆れる。

 御宅田の息を飲む気配を感じながら、ミコトは小さく息をついた。

「被害が多大に出れば虐めた連中と、その家族が後悔するとでも思うか?――その程度の倫理観を持ち合わせていたら、そもそもいじめなど起きない。彼らの良心など、最初から期待するべきではない」

「天原氏……」

 ミコトには、聞こえてくる声の大きさから徐々に扉の方へ御宅田が近づいてきているのがわかった。心の距離が縮まっていることも、実感していた。

「……御宅田。爆破よりもより苦しむ報復の方法を俺は知っている。君が望むなら、手を貸す。そのために、俺は此処に来た。説得に来たわけでは無い」

「……」

「決めるのは、君だ。――覚悟が決まれば、扉を開けて、爆弾を俺に渡してくれ」

 ミコトの言葉に、御宅田はしばらく沈黙した。

 一瞬とも、永遠とも取れる時間。動きがあるまで、ミコトはじっとその場で待っていた。

「天原氏、お願いします。……拙者、もう、あいつらの事殺しちゃいたくて仕方ないんです。でも、それだとミカちゃんのこと、なかったことにボクがすることになっちゃう」

 震える声が響くとともに、がちゃりと鍵が開く音が響く。

「……ボクをもう一度助けてください、天原氏……!」

 涙でぐしゃぐしゃになった顔の友人の姿を見て、ミコトはかすかに口角を上げた。

「……まって、ください」

職員室の奥から、小さな女性の声が聞こえて、ミコトはそちらにすぐさま駆け寄った。

「矢吹先生。ご無事で何よりです、申し訳ありませんが――」

「……わたしも、そのっ……その報復に、協力させてください!」

 いつも頼りなさげな矢吹のその力強い声に、ミコトも御宅田も面食らった。

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