2-19

 ――講堂にて。校内放送で呼び出された全校生徒たち、そして何も知らされていない教職員たちも、不可解そうな面持ちでただ待機していた。

 ――と。

『初めましテ! 白華学園の皆サン! ラジャブ・アズィームデス! ワタシのこと、知ってる人いマスか?』

 プロジェクタースクリーンに映し出されたラジャブの姿を見て、生徒達は歓声を上げた。

「バラエティでよく出てる石油王の人だ!」

「本物!? え、てかなんで !?」

「みんな、静かに!」

 教師が注意を促すも、興奮は冷めない。映像越しではあるが、突然の有名人の登場に皆興奮しきっている。

『実ハビッグニュースを持ってきマシた! なんト、今日は皆さんの学園に遊びに来てマス!』

 カメラのアングルが変わり、白華学園の校舎が映される。

「えー!?」

「ウソォ!!」

 生徒たちの興奮が最高潮になり、ざわめきが大きくなった。教員たちの声はもう届いていない。

『今からそっちに向かいマスネ! お楽しみニ~!』

「キャァ~!!!」

「うおおおお!! テンション上がるぅうう!!」

 生徒達が盛り上がる中、教師たちは冷や汗を流しながら頭を抱えていた。

「おい、どういうことだ! こんなこと聞いていないぞ!」

「わかりません! ですが、これはまずいことになりましたね……」

「万が一今の状況がマスコミにバレたら大騒ぎになる……やはり警察に通報して……」

「しかし刺激すれば爆弾が……!」

 教師たちがああでもない、こうでもないと話し合っている中、尾蝶が教師たちの方へ優雅な足取りで近づいてきた。

「先生方、落ち着いてくださいまし。皆様にはお話するお時間がありませんでしたが……わたくしとおじい様……理事長は承知しておりますので。司会、進行もわたくしにお任せください」

 にこやかに尾蝶がそう告げると、教師陣はほっとしたように肩を撫でおろした。

「……安心しろと言われても。君は理事長の娘とは言え、いち生徒だろう。どう対処するつもりだ」

 東山が尋ねると、尾蝶は微笑んだまま答えた。

「ご心配なく。対策は万全ですので。先生方は、何があっても生徒の皆さんが混乱に陥らないよう、導いてあげてくださいませ」

 尾蝶に言われて、東山は黙ってうなずいた。しかなかった。

 確かに、それくらいしか「ただの教員」である自分にはできないからだ。


 しばらくして、いつもテレビ番組で成金キャラとして扱われる所以になった高級ブランドのスーツを纏ったラジャブが壇上に上がる。

「お待たせしマシた! ワタシは日本の高校生の皆さんを応援するプロジェクトの第一弾として、白華学園にやってきたのデス! よろしくお願いしマース!」

 そうラジャブが宣言すると、講堂は悲鳴のような歓声に包まれた。言っている内容もいまいち理解していない生徒が大半だろうが、とにかく盛り上がりを見せていた。

「ワタシは惜しみなく援助を行い、この学園の施設の修繕や充実、そして、教育の充実化を進めていきたいと思いマス。そのためには、みなさんの協力が必要デス!」

 ラジャブがそう言うと、生徒たちから拍手が巻き起こった。やれ温水プールが欲しいだの、もっと購買部の商品を増やしてくれだの、様々な要望が飛び交う。

「フフフ、皆さん欲望に忠実デスねえ。良い事デス。欲望は、人を成長させマスから。おカネも欲望も、いくらあっても困ることはありマセン」

 すこし静かにしろとばかりに、ラジャブは軽く片手をあげる。そうして、再び口を開いた。

「そして、まずはその第一歩として密かに進めていたプロジェクトがありマシた。――本日のゲストを紹介しマース!どうゾ!入ってくだサイ!」

「はい」

 講堂の入り口から、ミコトと矢吹に連れられて御宅田が入ってくる。

 その姿を見た瞬間、生徒たちは一斉に静まり返った。教師たちも、生徒たちとは違う思いでだろうが――講堂が沈黙に包まれる。

「…………」

 御宅田は俯いて、顔を上げようとしない。

「あれ、誰?」

「なんか見覚えあるような」

 殆どの生徒たちが首を傾げ、ゲストと呼ばれたいち生徒を見ている。――一部の生徒は、御宅田を見てぎょっとした顔をしていたが。

「あいつ、虐められてて不登校になってた奴じゃね?」

「……そうだよな」

「何であいつが……」

 きまずい空気が流れる中、ラジャブはあくまで笑顔で続ける。

「御宅田クンは不登校デシたが、我々の説得により、勇気を振り絞って学校に来ることを決意してくれマシた!そんな彼に拍手をお願いしマース!」

 パチ、パチとまばらな拍手と気まずい空気に包まれながら、御宅田は壇上へ上がった。

「エ~――トコロで御宅田クンは何故不登校にナッタノですか?」

 ラジャブが御宅田にマイクを向ける。

 御宅田はなんどか戸惑ってから、掠れた声で答えた。

「……その……いじめが……怖くて」

 御宅田の告白に、ラジャブはオーバーに驚いた様子で、

「イジメ?! ……イジメなどこの学園にはないとワタシは訊きましたが!?コレはどういうことですか!?」

 ラジャブが言い放つと、生徒たちは不穏な空気にざわつきはじめた。

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